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第1話 柚木月冴 ――始まり――

 俺は転生して、オーガに顔面を潰された。

 人間の骨を組み合わせて作られた棍棒が俺の骨を砕く。

 衝撃に吹き飛ばされ、城壁に叩きつけられ全身の骨が砕ける。

 死んだ方がマシな激痛の中で、俺はなぜか生きていた。

 幸運なんてもので片づけられないし、片づけたくない。まったくの不運だ。

 即死しておけばこの先の苦痛なんてものを感じることも苦労することもなかったというのに。


 痛みを感じた瞬間、これは夢だと思った。この光景はかつて体験したものだからだ。

 力を失った俺を嘲笑った凶相。吐き気を催すような息。薄汚れた肉体に血に染まった棍棒。

 今思い出しただけでも身の毛がよだつほどだ。それほどの恐怖が眼前に存在していた。


 ああ、夢だ。

 俺の姿は6年前のもので、俺は地面に這いつくばってオーガを痛みに呻きながら見上げている。

 オーガがそんな俺にとどめを刺すべく棍棒を振り下ろし――。


「――ッ!!」


 その瞬間、痛みに目が覚める。

 目に入ったのは見慣れた天井。


「……またあの夢か」


 だが、潰された左目は、つい先ほど棍棒で殴られたかのように鈍痛を訴えてきている。

 だだの幻痛だが、今でも身体はあの痛みを覚えているし傷痕はいつまでも残り続ける。

 俺は傷痕のある顔の左半分を手で押さえて荒い息を吐いた。朝から気分は最悪だった。


「……あれからもう6年か……」


 ――異世界転生、あるいは異世界転移。

 今の若い世代なら大抵は知っていたり、やってみてーなどと思うもの。


 俺はある日、事故に遭い神々からチートをもらって異世界へ行くことになった。

 ライトノベルでよくあるような展開そのままで、当時の俺は酷く興奮していたし、調子に乗っていたのを覚えている。


 世界を救ってちやほやされて、幸せで楽な生活を送れるだなんてあの時は本気で考えていたのだ。

 今思えば滑稽だ。なにせ、実際はそんなことにはならなかった。


「世界は俺じゃない誰かに救われて、俺はチートを剥奪されて、異世界に取り残された」


 もう6年も経つというのに、思い出せば自嘲とため息が同時に出る。

 チートを剥奪されたおかげで、俺の左目はオーガに潰されて、そのまま生死の境をさまよう羽目になった。


 部屋に備え付けられた鏡に視線を向ければ、映るのはぼさぼさの黒髪をした俺の姿と無惨な傷痕が見て取れる。

 顔の左側には大きな傷が残っている。これがオーガに受けた傷痕だ。


 良く生きてたものだ。その後の治療のおかげで、左目は潰れたままだが何とか人前に出られる程度には治ってくれた。

 ただそれが良かったかはわからない。もはや生きる理由もないし、チートもない。それでも助かってしまったからには次は死にたくない。

 だから、生きていくしかない。


 いや、生きる理由はあるか。それも生きる理由というにはあまりにもアレな理由なのだが。


「はぁ……最悪だ」


 すっかりと癖になってしまった溜息を吐きながら、ベッドから体を起こす。

 あの夢を見た日には大抵嫌なことが起こる。


「入るわよ」


 そこで部屋の扉がノックされ許可を待たず、俺にとっての大恩人の女が入ってきた。


 朝の寝起きで死にかけのような俺とは対照的に、整えられたオレンジブラウンの髪は優雅に流れ、勝気なエメラルドの瞳は命の輝きに溢れている。

 エプロンを身に着け、完全に準備万端な姿で現れた彼女はステラ・エルフォード。

 大恩人であり俺にこの部屋を貸してくれている人でもある。


「いつまで寝ているのかしら」

「いや、起きてる」

「全然準備が出来ていないじゃない。なら、今まで寝てたでしょ」

「おっしゃる通りで」

「今日も砂漠に探砂に行くのなら、きちんと朝ご飯食べなきゃいけないし、必要なものの準備は入念にする必要があるはずじゃないのかしら?」

「まったくその通りで」


 実際はいつもよりも早く起きている。なんならいつもよりもステラの方が早く俺を起こしにきている。

 つまりこんなことを言われる筋合いはないわけだが俺は彼女に強く出れない。


 なにせ、俺は彼女に多額の借金がある。

 より正確に言えば、王国に吹っ掛けられた莫大すぎる治療費を肩代わりしてくれたのが彼女なのである。

 その上、このはラーシャナの街にまでついてきてくれてこうやって部屋まで貸してくれている。


 もう優しすぎて足を向けて眠れない。

 彼女がいなかったら俺はこうしてこの世界でまだ生活なんてしていなかっただろう。

 どこかで野垂れ死んでいたはずだ。


 こうやって入ってきたのも、俺がうなされていたのでも聞きつけてきたのだろう。


「またあの時の夢でも見た?」


 労わるような言葉の優しさが身に染みる。表情は厳しいが、声色はどこまでも優しい。


「…………いや」

「隠さなくて良いわよ。うなされてたし。あの時は、酷かったものね……」

「あぁ……」

「でももう6年よ」

「そうだな……もう6年だ。色々あった」


 異世界で生きるのは大変だった。チートもなく、自分の力で生きるのは本当に大変だった。小説の主人公たちは良くやると思ったものだ。

 ステラは隣でそれを支えてくれた。彼女にとってはこの6年はどうだったのだろうか。

 窓から入る陽光に目を細めたステラが、何を思っているのか俺にはわからない。

 俺に向き直った時には、すっかりといつも通りの表情の薄い顔で――。


「それなのにまだまだ借金はほとんど減ってないわね」

「うぐ」


 俺の急所を的確についてくる。


「キリキリ働かないとね」

「へーい」

「返事は、はいでしょ」

「はい、わかりましたよ、ステラお嬢様」

「よろしい。さあ、着替えたら朝食にしましょう。あなたが来る頃にはできているわ」

「わかった」


 クローゼットから数少ない仕事着を取り出す。

 特別丈夫な昆虫型魔物の糸から縫製された衣服を身に纏う。昔は気持ち悪いと思ったものだが、今では普通に着れるようになってしまった。

 これが大人になったということだろうか。


 防具類もあるが朝食には不釣り合いなのでここでは着ない。

 着替えたら家の外に出る。


「ふぅ」


 強い日差しに思わず息を吐いた。

 青空は曇りなく日差しは強い。からっとした空気は砂にまみれている。

 乾燥した熱気が風にのって街を吹き抜けていく。

 汲み上げた井戸水は冷たく、顔を洗えばさっぱりと気分がもすっきりするし、風も気持ちよい。


「今日も頑張るか」


 あとは家に戻ってステラと朝食をとり、俺は仕事の時間だ。

 出発前には、ステラの荷物チェックがある。母親かよ。


「携帯食料は?」

「三週間分は持ってる。水は高い水袋を買ってるから1ヶ月分の飲料水を確保してある」

「装備品の手入れ」

「きちんと隅々まで。手入れ用の油と布も余裕をもって持って行ってる」

「他の道具」

「ロープや薬品類は常にカバンとポーチの中に分けてある」

「大事なことは?」

「生き残ること」

「よろしい」

「いつも確認いるか、これ」


 昨晩も寝る前にこのやり取りをしているし、毎朝、こんなに確認しなくてもいいと思う。


「あなたに死なれたら困るの。おわかり? あなたが死んだら誰が借金を返すのかしら。このやりとりもいつもやるわよね。少しは学習したら?」


 都合が悪くなった俺は、肩をすくめてやり過ごす。


「……行ってくる」

「ええ、いってらっしゃい。我らが主の御加護がありますように」

「…………」


 そんな加護があるのなら俺はとっくの昔に元の世界に戻っているか、もっと良い生活を送っているところだろう。

 6年前、世界が救われてから俺にチートを授けた神々はうんともすんとも言わない。

 本当に勝手なもので、正直、そんな神様の加護を祈られたところで俺はまったくこれっぽっちも嬉しくない。


 ただステラの見送りは良い。美女に送り出されるというのはいい気分であることは確かだ。

 このことが原因で色々と言われたこともあるが、それでも女の子にいってらっしゃいと言われると気が引き締まる。


 まだ早い時間であるが大通りの人通りは多い。そのほとんどが俺と同じく完全に武装した屈強な男や女たちだ。

 彼らも俺と同じ仕事をしている。あの城壁の向こう側へ向かう仕事だ。


 どこまでも続く巨大な城壁の向こう側に在るのは砂漠。

 そして、この連中は探砂師だ。


 魔王との戦いの後、世界に残ったのは魔王城を中心として人類の生存圏にまで広がる巨大な砂漠だった。

 砂漠には魔王の眷属たる怪物が跋扈している。


 誰もがその砂漠を疎みながらも復興に力を注いでいた時、その砂漠から莫大な財宝が発見された。

 その砂漠に入った探検家が見つけたそれは、民衆を大いに沸き立たせた。

 魔物がいるが、そんなのとの戦いを長年続けてきた。

 だからこそ宝の話だけが大きく取り立たされ、戦争が終わって職を失った兵士たちがこぞって砂漠へと挑んだ。


 そのうちに出来上がったのが、砂漠を探索する仕事――探砂師である。

 それは俺の仕事でもある。俺はこの6年間、砂漠を歩き回っては砂を掘り返している。


 リスクは高いがうまくやれば稼げる仕事だ。

 魔物を倒せば素材は高値で売れるし、宝を見つければ一攫千金だ。


 莫大な借金を返すにはちまちまとやっているわけにはいかない。

 なにより不思議な力を持った宝物が見つかるとあれば砂漠に行かない理由はなかった。

 元の世界に帰る効果を持った神々の秘宝が見つかるかもしれない。

 そんな希望もあったから、俺はわざわざ危険な仕事に就いたのだ。


 城門の前に建てられた酒場兼宿屋、市役所のような建物は探砂師ギルドだ。

 そこに入れば既に掲示板に張り出された新しい依頼を求めて、多くの探砂師が群がっている。


 俺のパーティーの面々は珍しくそこには参加せずに隅の方に集まっていた。

 見知らぬ少女もいるが、依頼人だろうか。

 いや、違うな。武装している。

 視線の動かし方から斥候役をやってきたのだろう。

 なによりそんな雰囲気がある。


 いやな予感がする。

 ライトノベルで良く見た展開が来る気がした。


「ああ、ツカサ、来たな。今日は話がある」

「……なんだ? リーダー」

「おまえ、今すぐこのパーティーを抜けろ」


 リーダーのライは、俺にそう告げた――。


下の方に在る評価ボタンを押してくれ!


感想は燃料。

燃料がないと書けないからくれ!


レビューくれたら死にます


と私は常にくれと叫んでいく所存。

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