第16話 家の前に鬼がいる
テトとツェルから一杯奢ってもらったあと、俺とリリアはステラの待つ家へ向かっていた。
大通りは朝から昼にかけての時間で、探砂師たちの姿はなく主婦や職人たちの姿が多く見られる。さらには商人たちの多くが呼び声をあげているから活気で溢れている。
「人が少ないですね?」
というのにリリアはこんなことを言っていた。
「おまえ、今までどこにいたんだよ」
これで少ないと言えるのはもっと多いところを知っているやつくらいだろう。
「王都です!」
「そりゃそうか。王都はこの国で一番大きな都市だ。砂漠前の前線都市なんてそこまで人が多いわけない」
「なるほど!」
あそこは国の中心でモノも人も集まるのだから、住民は多い。
ラーシャナだって砂漠に向かう都市としてはかなり大きい部類なのだが、この街に永住しようってやつはいない。
基本的には旅人が立ち寄るくらいだし、住んでいるのはほとんど探砂師で日中は砂漠に出ていることが多いから昼間は人が少なくなる。
職人連中だって工房に籠っているから、活気があったって王都などの大都市と比べると何段かは落ちる。
「しかし、王都か……懐かしいな」
「ツカサ様も王都に?」
「ああ、6年前にはそこに住んでたからな。今は、どうなってるんだ?」
王都にもなじみの店はあった。
よく行く酒場で、食事は安いがおいしくて量もあって育ちざかりだった俺には本当に良い店だった。
あそこの看板娘には色々良くしてもらった。
別れる暇もなく逃げ出したんだが、今どうなっているやらだ。
「ええと。あまり王都に良い思い出はないので、できれば聞かないでいただけると……あ、あ、でも! ツカサ様が聞きたいというのなら……」
「良いよ。別に聞く気はないから安心しろ。っと、こっちだ」
大通りから一つ二つ通りを入ったところに俺の家はある。
「アクセサリー屋さんですか?」
「ああ、ちょっと同居人にお詫びをな」
探砂師は、何日も帰らないことはざらだからそこまで気にしていないかもだが、カノンさんのことだステラに行方不明やら情報を流している可能性がある。
そのお詫びとして一応、何かしらの誠意を形にしておく必要があるだろう。
ミノスを売った金はあるから、少しは良いモノを買ってやるとしよう。
「親父、いるかー」
「ん、なんだツカサじゃねえか。死んだって聞いたぞ」
「死んでねえよ。行方不明ってやつだろ」
「はは、そうだったか? まあ、無事で何よりだ」
店主が手を差し出してくるから腰を曲げて手を掴む。
アクセサリー屋の親父はドワーフだ。想像通り、髭が濃い背の低い種族だが、土と火と金属の扱いにかけては他の種族の追随を赦さない。
彼らに対抗できる鍛冶師はエルフくらいだろう。ただエルフは魔法鍛造した刀をか魔剣やら武具が専門でドワーフらは彫金や細工、大工仕事が主だ。
昔からドワーフとエルフは互いに要塞を築き、武具を作って強敵と戦ってきた種族だ。
仲が悪いという印象があった俺はまさかの仲が良いどころか相性が良すぎてヤベエ組み合わせになってるエルフとドワーフ族なんて初めてみたから驚いてしまった。
「で、そっちの嬢ちゃんは? えらいべっぴんさんだな」
「リリアです!」
「はは。元気でなによりだ。で?」
「砂漠で拾った。それ以上は、あんま聞かないでくれ」
「なるほどねぇ。ま、詳しいことは聞かないさ。で、今日は何の用だ? おまえがアクセサリーを買うってのは珍しいが」
「ステラに詫びで渡すのに何か良い品はないか」
「結婚指輪」
「なんでそうなる」
「いやぁ、絶対これが良いぜぇ」
「渡せるわけねえだろ」
――何を言っているんだこの親父は、まったく。
ステラに結婚指輪なんて渡した日には絶対零度の視線を向けられるに違いない。
「そうかぁ?」
「そうだよ」
「ま、それならこの辺のネックレスだろ」
「やっぱ良い値段するな」
「当然だな。良い細工に良い宝石、使っている金属も良質にしてんだ。ドワーフ製ってことを引いてもうちはまだ安い方だぜ」
「わかってるよ。じゃあ、その蒼のをくれ」
ステラの瞳の色と同じものだ。
綺麗な瞳だから、良く似合うはずだ、たぶん。俺にセンスはないから直感で選ぶしかない。
「高いけど良いのか?」
「ミノスを倒して売ったからな。まあ、倒したのはリリアだが」
「ツカサ様がいないと倒せませんでしたから、ツカサ様の手柄ですよ!」
「へぇ、この嬢ちゃんがねぇ……。まあいい。ほれ、リボン包装しておいた」
小器用にドワーフの親父がネックレスを包装してくれる。
その見た目でこんなかわいらしい包装が出来ることが驚きだ。
「うっせぇ、かあちゃんに覚えさせられたんだよ。アクセサリー屋すんなら覚えろってな」
「評判は?」
「滅茶苦茶よくて不満だ。そら、もってけ」
「はは。ありがとうよ」
代金を支払う。
結構、痛手の出費であるがミノスを倒して手にいれた報酬で買える範囲内だ。ここから借金の月払い払い分を引いてもまだ残る。
そこはステラに生活費として献上することにしよう。
「それじゃあ、リリア行くぞ」
「はい!」
「また来い、嬢ちゃんも何かほしいものがあったら来な」
「はい、また来ます!」
後ろ手に手を振ってやってアクセサリー屋を出る。
あとはまっすぐに家に帰るだけ。
似たような建物が多い街路を抜ける。
あとからあとから建築されたおかげでこの辺りの路地は複雑だ。さらに走ってくる子供がいたりして下手をすればスリにもあう。
ここに来た時は何度もスラれた。今では、すっかりと防衛できるようになった。思えば良い訓練だったな、気配を探るのに。
「ここだ」
小さな一軒家。
そして、その前に鬼がいた――。
さあ、家の前に鬼がいたツカサ君の明日はどっちだ!
この世界、エルフとドワーフは結構仲がいいです。
なお大陸エルフと極東エルフとエルフは実は二種類いまして極東エルフは控えめに言って島津。
受付のオカマエルフのカノンさんは大陸エルフです。
よくある金髪碧眼のエルフはこっちですね。
大陸人の血が混じっているためです。
まあ、それはさておき、感想、レビュー、評価をよろしくお願いします。