第12話 あの時見た、輝き
白雷が爆ぜあがり、天を貫く閃光が闇を切り裂く。
それはまぎれもない6年前と同じ光景で。
まるで忘れさせはしないのだというかのように、あるいはまた始まるのだと言わんばかりに、再び俺の前に現れた。
「――ッ!」
俺は思わず飛び起きる。
場所は昨夜、休息場所と選んだ野営地だった。
「夢……」
いや、夢ではない。
あの白雷を夢と見間違うはずがない。
なによりミノスと戦って減った薬剤などは消費されたままだし、敗れた服装や損傷した武具などもミノスと戦う前ではあり得ない状態だ。
俺はミノスと戦った。それは間違いない。
そして倒したのはリリアだ。
「傷とかは、治ってるな……」
リリアが治したのか?
そもそもすべての元凶とまでは言わないが、あの事態を動かしたリリアはどこだ?
周囲を見渡すがどこにもいない。
「ん?」
そこで気が付いた。
俺の片腕に何かがまとわりついている。
毛布替わりに掛けられていた外套を剥ぐ。
「……すぅ……すぅ……」
「…………」
気持ちよさそうに俺の腕を掴んで眠るリリアがそこにいた。
さて、昨日の記憶は因縁の雷を見たところで終わっている。あの後なにやら柔らかいものに頭を埋めたことは何となく知覚しているがそれ以降は覚えがない。
何かしたとしても不可抗力だ。つまり俺は無実。OK、何の問題もない。モーマンタイ。
良し自己正当化終了。これで例え何かしたとしても――たぶんしてないだろうが――問題なし――問題大ありだろうが――だ。
「起きろ、そして説明しろ」
「ん……あ、おはようございます!」
「…………」
目覚めたリリアを見た時、俺が感じたことを率直に言えば、『誰だ、こいつ』であった。
――いや、マジで誰だこいつ?
「大丈夫ですか? 傷は治しましたから問題はないと思います!」
リリアは別人かと思えるほどに雰囲気が変わっている。
いや、もしかするとこちらが本当の彼女の姿なのかもしれない。あれは、鬱状態みたいなものだったのだろう。
それにしたって、少し前まで自分のことを殺してくださいと言っていた少女が、次の瞬間にはこちらににこにこと希望にあふれた笑顔を向けているのはどういうことだ。
「あの……? なにかわたしは間違ってしまいました? 何かツカサ様の粗相になるようなことをしてしまいましたか……?」
俺が考えて黙っていたら、涙目になっておろおろしだす。
表情が絶望一色だった彼女とは本当に思えないが、良いことなのだろう。
「あ、いや、大丈夫だ」
「よかったぁ」
ころころと表情が変わる様は、ほほえましい。それだけに彼女を絶望させていたという事実があったということが重くのしかかる。
契約とやらで関係者になってしまった以上、もう2度とあのような顔を彼女にさせてはいけないだろう。俺は誰かが泣いているよりも笑っている方が良い。
それで俺をちやほや褒めたり、健気に色々してくれた方が良い。
「で、色々聞いて良いか?」
「はい! なんでも聞いてください!」
ふんすと腰を手にどうぞ! と胸を張るリリアから思わず視線を逸らす。
一部分の戦闘能力が本当に高い。それが子供みたいに無邪気なものだから、これまた破壊力がヤバイ。無防備というバフは強すぎる。
こほんと咳払い一つ。
俺の精神のリセットとちょっと俺のせいで弛緩しかけた雰囲気を引き締め直す。
「それで、ミノスは?」
「倒しました!」
びしっと学校の生徒のように答えるリリア。
「そのあとはどうなった?」
「ツカサ様の治療をして寝てました!」
「様……?」
「いけませんか? ツカサ様は、わたしの主となられたので様をつけましたが……それとも別の呼び名の方が……」
「いや、それでいい」
美少女から様付けで慕われるは気分がいい。仰々しいが、そういってくる相手に悪意がなく無邪気に読んでくれるなら素晴らしい響きになる。
いや、どうせ呼んでくれるなら、いっそマスターとか呼ばせてみるのもロマンがあるのでは……?
「……ちょっとマスターって呼んでみてくれないか?」
「ますたー?」
「…………ありがとう」
危うく嬉しさで膝をつくところだった。少し良い慣れていない感じがぐっとくる。
それが俺のことを主としている少女の口から出てくるのだから、男としては興奮しないわけにはいかないだろう。
「なんだかわかりませんが、ツカサ様が嬉しいのならわたしも嬉しいです!」
――…………良い子かよ……
本当にあの絶望しきってた子と同じかよと思ってしまうが、ともあれ、とりあえず状況把握の続きをしよう。
「それでー、どれくらい経った?」
「1日です!」
「結構だな……」
これはステラに怒られるやつだ。
しかも今の時間に街に帰れば女連れて、朝方の帰還とかになる。
マズイ。なにがまずいとは言わないが非常にマズイ。
そっちは埋め合わせを何とか考えよう。ミノスの素材とか全部売ればそれなりの金になる。借金の月払い分支払ってもおつりがくるから、それでアクセサリーでも買って機嫌を取ろう。
いや、アクセサリーよりも香水の方が良いか? カノンさんが確か最新のが出たとかなんか言っていたような気がする。
とりあえず、店で決めようそういうのは。
「大体状況は分かった。身体もリリアのおかげで治ってるし」
「はい、治療と殺すことには自信があります」
殺すってところで露骨にしゅんってなるの、言わなければいいのにとなるが、そりゃそうだろうさ。
「……魔王を倒したんだもんな」
「なぜそれを?! わたし誰にも言っていないのに!」
「あの城門前で戦ってたからな。あと一歩で踏み込めるってときに魔王が倒されたんだよ」
「ん、すみません……。当時は幼かったものでよく覚えてません……」
「今、何歳だ……?」
「今年で16です!」
今も十分子供では……? と思うが待て、10歳で魔王を倒したのか……?
「…………」
それで俺はチートを剥奪されてここにいるのに、こいつは今も力を持ち続けていると……。
――いかん、一瞬、殴りたくなってしまった。
いやいや、このニコニコ笑顔を殴るわけない。ないったら。
「?」
「あー、色々あってな」
「ツカサ様は何歳なのですか?」
「俺か? 21歳だな……」
13歳で異世界に召喚されて、1年魔王と戦って6年、ずっと異世界で過ごしている。
日本だともう成人だな、こっちでは14歳で成人だから、とっくの昔に成人していることになるのだが。
大人になっているのかは正直わからないな。
「21歳!」
「年齢を知って何が楽しいんだよ」
「ツカサ様のことが知れて楽しいです!」
「…………」
慕われるのは嬉しい。嬉しくないやつはいないだろう。それが美少女ならなおさらだ。
クセは多いが、綺麗な金髪にくりくりと輝きを取り戻したサファイアの如き瞳。
ぼんきゅっぼんな身体とすらりとした手足。
笑顔が似合うかわいらしい娘である。
こんな子に慕われてうれしくないはずがない。
――ああ、だが。
忸怩たる思いがないとは言えなかった。
だって俺が帰れなくなった元凶が目の前にいるんだ。
助けられたのにこんな想いを抱いてしまう俺はなんて塵なんだろう。
そう思わずにはいられなかった。
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もう全部欲しいと常々言っていく所存。