第11話 葬列の雷雲
ここで一旦、視点はライたちの方へ――。
今回の探索は失敗するとルーは確信している。
意気揚々と砂上船に乗り込んでいくリーダーのライとおずおずと言った様子でついていくリネア、影に入り込んでいるロウ、レストはいつものように自信しかないよう。
誰も失敗するなんて考えていない、ルー以外には。
今まではロウと呼ばれる少女のかわりにツカサがいた。
でも、今、ツカサはいない。
ツカサはつい先ほどライがパーティーから追放してしまった。
ルーはとめなかった。ルーはツカサを見捨てた。
だって、ツカサの価値はルーだけが知っていればいいから。
こいつらはツカサの価値をわかっていない。彼が何をしていたのかも、彼がどんな役割をこなしていたのかも。
晴れ渡った空の下、砂漠を進む砂上船の道行きは順調で、この先に暗雲が立ち込めていることなど誰も気が付いていないようだった。
「…………」
「なにやら不満そうですね」
レストがルーに話かけてきた。
あっちで砂上船の船員の手伝いでもしていればいいのに。
ルーはひとりでいたいというのに、まったく気が利かない。
別にさぼっているわけでもない。
船首に立って防御している。
砂漠はどんな場所でも危険地帯であることに変わりはない。それは砂上船の上であろうともさほど違いはない。
砂上船で進めば様々なものに行きあたる。
砂に埋まっている巨岩はまだいい方だ。それは避ければいい。それすら避けられないのであれば、船長の腕が悪いということで、速攻で探砂師との契約を打ち切られて職を失う。
そんな船長は噂になるのも早いからすぐにこの世界から去ることになる。
問題なのは魔物や砂賊。
魔物は砂上船だろうが何だろうが関係なく襲ってくる。かつて世界を滅ぼしかけた魔王の置き土産。
余計なものを置いてくれると老人たちは言うけれど若い世代からしたら、これほど喜ばしいものはない。
特にかつての大戦未経験者。19歳以下の若者たちは、砂漠で名を上げることに熱意を上げる。
かつての戦争に参加できず、名を上げ力を振るう機会を失った若者たちは水を得た魚のように歓喜し、砂漠へと飛び込んだ。
ルーたちもその類。ツカサはどうかは知らないけれど、知識とか経験が違うからきっと大戦経験者なのだろう。
その点からもルーたちとは違うということがわかる。
だけど、誰もそれについてはわかっていなかった。ルーだけがわかっていた。
砂賊は、砂漠の盗賊。これも避けないと船が汚れるし、襲われでもしたら無駄な体力を使うことになる。
だから、持ち回りで船首に立って警戒し迎撃する。
魔導王のルーには楽な仕事。
今日に限って言えば、特に魔物もいない。
近域だからかもしれないけれど、ここまで出ないことはまれ。
「ルー殿?」
ああ、考えていたらレストが来ていたのを忘れていた。
とりあえずてきとうに答える。
「…………普通」
「おや、そうですかな?
「…………」
「ルー殿はツカサ殿と大変、仲がよろしかったですからね」
「…………別に」
「そうですかな? 私には実に仲睦まじく見えました」
「…………節穴」
良く見ている。
だけど、こいつもツカサの価値をわからなかった人間なのだとルーは少しだけ優越感に浸れる。
その点は、話しかけてきても良い。
でも暑苦しいからやっぱり来ないでほしい。
ここに来たということは交代の時間のはず。
さっさと交代して船室で休もう。
「……交代」
「承りました」
ルーはさっさと離れて船室の方へ行く。
外に出ていても日差しで熱いだけ。それに砂がついて鬱陶しい。
「お、ルーじゃねえか」
船室に戻る時、ライとすれ違う。
女の匂いがする。
ロウを早速、食ったのかもしれない。砂漠の勇者とすら言われるような男がこんな調子。
ツカサを追い出したのもツカサがいると大っぴらにできないのもあったのかもしれない。不愉快。
「…………」
「いつも通り暗いな、おまえは」
「…………何か用?」
「別に。用がなけりゃ話しかけたらダメなのか?」
「…………別に」
本当は話かけてほしくはないけれど、ルーは大人なので別にと言ってやる。
ただあからさまに女の匂いをさせておいて、不機嫌になるなというのは無理な話。そもそもまだ街の近域とは言え、女と寝るとは馬鹿なのか。
これは今回の探索の後が楽しみ。
きっと無様に喚いてくれることだろう。
「……レストに交代したから寝る」
「お、そうか。一緒に寝るか?」
「…………冗談を言う暇があるなら外で手伝ってくれば良い」
「冗談じゃねえっての」
「…………なお性質が悪い」
おっと、つい本音が。
「ルーの魔力が必要な時になくなっていいのならどうぞ」
「そいつは確かにまずいな。やめとくわ」
こういう判断が出来るのに、なんで砂漠で女と寝れるのか、それがわからない。
まあ、どうでもいい。
ルーには興味がない。ルーが興味あるのは、砂漠でとれる品とお金。稼げなくなればさっさと出ていく約束。どうなるか見もの。
●
――さて。
そんなこんなでルーたちは砂漠の中域へと入った。
周囲の光景はまったく変わらないどこまでも続く砂漠だ。時折、荒野も混じるが、すぐに砂に埋もれて消えてしまう。
だけど、わかる。
ルーは特に魔力に敏感だから眠っていても感知できる。
中域は街の近域と違って魔力の質が変わる。砂漠に滞留する大量の魔力の質がルーたち側から魔族側へと大きく傾く。
ここではルーたちが巧く動けなくなり、魔物たちが活性化していく。
中域はまだ、ルーたち側と魔族側の魔力が半々で混沌としている場所。だからまだここなら問題になることは少ない。
けれど、深域はほとんど魔界と言っていい場所らしい。らしいというのはそこに至った者たちがごく少数、ギルドでもトップランクの探砂師たちだけで情報が少ないからだ。
とにかく危険で、人間が歩けるような場所ではないとのこと。専用のマスクがなければすぐに魔に落ちるとすら言われている。
ともあれ中域を踏破すれば晴れてルーたちもトップパーティーの仲間入り。ルーたちが踏破すべき関所はもうすぐそこ。
その事実に、ライやリネアたちは興奮を隠せない様子。
これから中域でも深域に近い場所を探索する。安全を確保した場所に砂上船を停泊させ、船を降りて進むことになる。
晴れ渡っているというのに、魔力が腐れているかのような気配。
否が応でも深域と呼ばれる場所の危険さを感じてしまう。
「良し、んじゃあ、いつも通り斥候役が色々見てから進むってことで良いか?」
「はい」
斥候役として新しく入ったらロウは、それで問題ないと進む。
「さーて、どんなお宝が出てくるかねぇ」
ライはそう期待したようにつぶやく。
ルーたちのパーティーではツカサが斥候役だった。彼は斥候に出れば必ずと言っていいほどお宝を持って帰ってきた。
ルーは知っている。
この後の展開がどうなるかなんて。
「――この先にはなにもいない、です。すすめ、ます」
「おう、お宝は?」
「? なにもありません、よ」
「はあ!? 斥候役だろ? なんでお宝見つけてないんだよ!」
ルーは予測した通りの展開に思わず笑ってしまった。
ライたち、すぐさまざまぁ! ということにはなりませんが、苦労してもらいます。
ルーは、非常に厄介かつクソ女度が高いですが、まあ、それもまた愛です、きっと。
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