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第9話 ヒカリ

とりあえず名前が長いので略称は異世砂漠(いせさば)にしようかと思います!

 名前も知らない男の人が、戦っている。

 それもミノスというこの砂漠では中域を生息地とする大型の魔物とたった一人。

 どんな得になるかも、どんな利益を得られるかもわからないのに、追われていた子供2人を逃がして1人戦っている。


 道具を使って、相手の動きを制限したり。

 薬剤を使って、相手の感覚を奪ったり。

 決して近づいてはいかない。

 あの人は自分では倒せないことを知っている。近づいてしまえばたった一発でも喰らったらもう終わりなのを理解している。


 普通なら戦いに行かない。

 戦いに行く前にも死にたくないと震えていた。

 なのに、彼は戦いに行った。

 子供なんて見殺しにしていくと思ったのに、見殺しにせずむしろ囮になって子供を逃がした。


 わたしは、それを見ている。

 わたしは、ただそれを見ている。

 わたしは、考えていた。


 彼は、なぜあんな無謀なことをしたのだろうか、と。


 わたしは大きな力を持っていた。

 それを使うために多くの制約を受けて、宣誓を交わした。

 そのおかげでわたしは誰かを守れるだけの力を手に入れた。


 おかげで世界は平和になった。

 でも平和になったあとも争いはなくならなかった。

 今度は魔族相手ではなく、人間同士で戦いを始めた。


 世界を平和にしたかったのに。

 涙を流す誰かのためにわたしは立ち上がったのに。


 その果てにわたしが得たのは血まみれの手だった。

 同じ人間の血で汚れたわたしの手。

 どうして、こんなことになっちゃたんだろう。


 わからなくなって、もうやりたくなくて、逃げて。

 それでもわたしの罪深さはわたしを逃がしてはくれなかった。

 だから死のうとしたのに、世界はわたしが死ぬことを赦してはくれなかった。


「…………」


 彼はミノスから視覚、嗅覚、聴覚を奪い、触覚に障害を与え、その足元を崩し身動きを取れなくしている。

 大暴れすればするほど砂に埋もれていくミノス。

 なによりもはや自分がどこにいて、何をしているのかも正確にミノスは理解できていないだろう。


 だってあれだけ感覚を奪われているのだから。


 彼はそう考えている。


「――」


 彼の動きが変わる。

 剣を抜いた。

 攻めにいくのだ。


 小ぶりの剣だ。

 古ぼけていて、とても名品とは思えない。時代を経たとしても数打ちの一つとしていずれ歴史に埋もれて朽ち果てるだけの剣だろう。

 使用者が偉業を打ち立てれば別なのかもしれないけれど、それも望めない。


 彼は腕を避けて、小さくミノスを切りつける。

 あれでは殺せない。

 それでも彼は諦めず、何度でも切りつける。

 塵も積もれば山となるとでも言わんばかりに何度も、何度も。


「…………」


 けれど……けれど……。


 塵も積もれば山となる。

 けれど、積もる山が天に届くほどだったらどうだろう。

 一体、どれほどの時間をかければいいのだろう。


 時間をかけられるなら良い。

 だけど、そんな時間は戦闘中にありはしない。

 戦闘を長く続ければ続けるほど集中力が切れるし、ミスも増える。


「ぐ――」


 彼の身体が宙を舞う。

 ミノスが乱雑に振り上げた棍棒によって巻き上げられた砂の波が彼の身体をさらったのだ。

 それは刃にも等しい。


 ミノスにとってはただの児戯に等しい一撃でも彼にとっては致命的だった。

 一瞬で全身をずたずたにされる。


「ぐぁ――」


 そのまま、わたしの近くに落ちてきた。

 全身血まみれでもう戦えないだろう。


「まだ、だ……」


 なのに彼はまだ立ち上がろうとする。

 たった一撃でそこまでやられておいて、まだやる気なのだ。


「どう、して……」

「なん、だ……まだ逃げてなかったのか……絶好のチャンスだってのに……」

「どうして……そこまで、やるんですか」


 わたしは気が付いたら問いかけていた。

 一体どんな答えをわたしは望んでいるというのだろう。

 この期に及んで、人に何を期待しているというのだろう。


 人は醜い。

 誰もが己の利益だけを求めている。

 この人だって死にかけたら考えも変わるはず。

 誰だって正しいだけではいられないのだと、輝かしいだけではいられないのだとわたしは、悟ってしまったのだ。


「なぜ、ってそりゃ……ちやほやされたいからだ……」

「……」


 この人はなにを言っているんだろう。

 ちやほやされたいがために、命をかけるの?


「おかしい、って顔だな。まあ、おかしいんだろうけど……俺は、ちやほやされたかったんだよ……褒めてほしかった。認めてほしかった」


 彼は、血反吐を吐きながらも立ち上がる。

 ミノスは砂から脱出して立ち上がっていて、先ほどよりも強大になっているというのに。

 彼は立ち上がった。向かっていく気は失せていない。


「俺は……世界を救いたかった……だって、そうしたらみんなが褒めてくれて、幸せな生活ってやつを送れるだろ」

「なに、を……」

「いっちまえばその程度だ、よ。俺は褒められたいから人に優しくするんだよ。それしか関わり方を知らねえんだよ」


 ――だから、助けるの?


「…………」

「それに、助けたいから助ける。それだけだよ……」

「…………」


 彼はふらふらのまま立ち向かっていく。

 何度も吹き飛ばされて、もう死にそうになっているのに。それでも立ち上がる。

 怖いだろうに、死にたくないだろうに。


「…………あんな人、いるんだ……」


 ミノスの攻撃に正確性が増していく。

 ミノスは魔力で知覚することを選んだのだろう。

 魔物にとって感覚はおまけみたいなものでこれが本命。今まで遊んでいて使っていなかったものを使い始めた。

 もう無理だ。彼では勝てない。


 もう逃げてもいいのに、彼はどうして逃げないのだろう。


「……ここで逃げたら、あいつは街までいくだろ……」


 ああ、街の人の為に…………。


「褒められるかわからないですよ……?」

「それでも、誰かが死ぬのは見たくない……誰かが泣いているよりは笑っている方がいいだろ……」

「それで死んだら意味がないですよ……」

「そうだよ、だから必死になってるんだろ…………てか、おまえもさっさと逃げろよ……こっちはもう限界なんだよ……」

「…………わたしに、頼らないんですか……」


 神に愛されていると見抜いた彼なら、わたしがどんな力をもっているか察しているはず。

 だったらわたしに頼れば、ミノスを簡単に倒せることなんてわかるはず。


「頼ってほしいのかよ? あんたは、もうしたくないんだろ。そういってたじゃねえか。だったら、頼らねえよ。殺してはやれないけど、おまえのやりたくないことを押し付けるほど俺は残酷にはなれん。わかったのならさっさと逃げろ」

「…………ああ」


 なんてすごい人なのだろう。

 なんて眩しい人なんだろう。


「わかりました」


 なら、わたしはもう一度だけ、信じてみようと思います。

 人の輝きを――。


「わたしと契約してください」


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