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二面性

「…………………。」

ハルは絶望していた。例えるなら、絶体絶命的環境下、それを打破する手段が見つからないのと同じくらいのそれだ。

『ハル…どうするのだ……?』

「…………どうしよう……。」

『…何か……方法は……。』

ハルは必死に頭をフル回転させ、どうにか手段が無いかを模索する。どうしても1つの答えしか思い付かず、さらに頭を悩ませた。しかし逆に言えば、打破する手段はそれひとつしかなく、そして確実にそうできるということだろう。

フカフカのソファに腰かけていた彼は、立ち上がって覚悟を決めた。


翌日、ハルの部屋にて。

「はぁ!? バイトを考えてる!?」

シュンスケの声が驚きのせいで自然と大きくなった。

「な、なんだって急にんなことすんだよ…!?」

ユウもテンも、そして新しくTHE SHADOWに入ったサツキもいる。彼女の要望で、今日は集まって勉強会をしていた。

ついでに彼女のコードネームも決めた。彼女のコードネームは、“コネッサ”だ。

勉強会……そんなものが彼女に必要なのか…いや、違う。2年生の復習がてら、勉強を見てくれるとのことだ。ユウ、テン、ハルはともかく、シュンスケの成績の悪さはずば抜けているため、彼女は心配していてくれたようだ。

今はその休憩で、ハルが先ほどの相談を持ちかけた。

「ここの家賃とか…払わなきゃだし…。」

ハルがシュンスケに応えた。

「ハルさんの叔父様が払われていたのでは…?」

「3ヶ月の間だけ…。今月の分を払ったら終わり…。」

この間の時間を使って、皆で案を出し合うことになった。

しかし話は一向に解決に進まない。

「というか…ハル。お前のご両親は?」

ユウがきいてきた。

「そういえば、あなたの転校してきた理由は? 転校なんてそうそうするものじゃないと思うわよ?」

サツキも質問してきた。

「……。」

彼は回答をするかしないか少し考えたが、今後のことも考慮し、この場で答えることにした。

「…両親はどっちも仕事が忙しくて_ 」

ハルの両親は有名企業に務めており、かといって目立つほどの地位にはいない。まだ若いから当然ではあるが…。

ハルが5歳になるまで、両親はどちらとも彼とまともに向き合ったことはない。育児放棄というわけではない。何故なら、彼らが働くのはハルのためだからだ。

だが、それでも他の人から見れば、半育児放棄と言えるだろう。見かねた祖父母が一旦ハルを預かり、15歳になるまで一緒に暮らした。

13になり、なんとなく進路を視野に入れるようになった頃だ。

彼の成績は優れていた。そのため、更なる挑戦として、マエニカのヴィフィール魔法専門学園校を目指した。学費やら寮費は、全て祖父母が海外送金で負担してくれると言ってくれた。

こうしてハルは、ヴィフィール学園の非魔法使い(ノーウィザード)クラスへの入学が果たされた__ 。

「……思ったより暗い話だな…。」

シュンスケが一言言った。

「…ハルのご両親は…結局なにもしてくれなかったのか…?」

と、ユウ。

「うーん…僕の見えないところで何かしらはしてたかも知れないけど…。少なくとも僕はそれを知らないし……。」

ハルが答えた。

「それで…?」

サツキが続きを促す。

「うん…それで__ 。」


_ ノーウィザードクラスとウィザードクラスは当然分かれているが、放課後になったらその壁は関係ない。

いつものように中庭で本を読んでいた時だ。“彼女”がいた。

人見知りだったこともあり、あまり友人を持たない彼だったが、その“彼女”が読んでいた本に引っ掛かった。

_ あれって…。

それは、彼も読んでいたシリーズものの小説だった。少し親近感がわいたが、話しかける勇気もなく、少し離れ、できるだけ彼女の目につかないところで自分も読書を始めた。

何故ここがいいのか。シンプルな答えだ。涼しい風が心地よく、そして木が揺れる音が更にリラックスさせてくれる。そんな環境で、自販機で買ったカフェオレを飲みながら本を読むと、まさにその世界に入り込むことができるのだ。

「あ、それ!」

彼女だ。

ハルはビックリして、飲んでいたカフェオレを変なところに入れてむせた。

「あ、ごめん…。驚かせちゃった…?」

緑色のロングの髪で、美しいというよりかは可愛い方に寄った顔立ちだ。“アイドル”のようなかわいさを持っている彼女が、その世界とは離れた世界にいるハルに声をかけてきた。

「う、ううん…だ、だいじょうぶ…。」

目を合わせたくなくて視線を外す。一目惚れではない。他人が怖いからだ。コミュニケーション障害ではない…と思いたい。

「…わたし、レイス・ドラン。君は?」

「…僕は…深海(ふかみ) 波瑠(はる)…。」

「そか! ハル、よろしくね!」

レイス…聞いたことがあった。彼女は同学年中のアイドル的存在だ。知らない人はいないだろう。

「ねぇどうして顔を見ないの?」

「…い、いや…。そ、そういえば…なにか…?」

「あ、そうそう…! その本、君も好きなの?」

彼女はその場でしゃがみ、下からうつむいているハルの顔を覗いた。

「う、うん…。」

「良かった…! わたしもなんだ!」

彼女がニコッと笑った。ハルは視線を合わせまいと、また顔をそっぽに向かせた。

「友達にも本が好きな子はいるけど…わたしの趣味をわかってくれる子というかさぁ…。みーんなホラーとかミステリーとかに寄っちゃうんだよねぇ…。」

彼女は諦めず、色んな方向に顔を向けるハルに合わせて動きまくり、覗き込む。

「恋愛もいいと思うの! 特にミレイアさんの! 『愛のある殺し』シリーズの第2章の『月浮かぶ海に私は叫ぶ』は良いよね!!」

ハルの動きがピタリと止まった。

「…『君を離しはしない』…?」

作中の一文だ。

“愛のある殺し”の第一章は、主人公のメルカードという女性が転落し、哀れな人生を送るなか、様々な異性と出会い、別れ、そしてやがて自分を滅ぼすことになるという、なかなか鬱な物語だ。

“月浮かぶ海に私は叫ぶ”の章は、とある男性との出会いをきっかけに、徐々に更正していくものとなっている。しかし最後にその男は、とある事件に巻き込まれて殺害されてしまうのだ。ハルが言ったのは、その男性が、最期にメルカードを抱き締めたときにいった台詞だ。

「『私もあなたから離れない。』…。」

「…ほんとに好きなんだね…。」

ハルが驚いた表情で彼女の目を見た。

「じゃあじゃあ…!…月の光が私を嘲笑うように照らす。さながらそれは……?」

「…オペラで悲劇のヒロインにあたるスポットライトのようである…。」

「正解!!」


「レイス…?」

テンの目付きが変わった。それに気付いたのはサツキだけだ。

「え、お前モテんの…?」

シュンスケが目を丸くして言った。

「え?」

きょとんとした様子で彼は言った。

「…このメガネも…レイスちゃんにもらった物なんだ。度数とかサイズとか、全部当時に使っていた物をメモして、買ってきたらしい。」

「…え、そういう関係なの…?」

シュンスケの反応を無視して、ハルは続けた__ 。


あの日からレイスとハルは話すようになり、いつしか本以外のことでも盛り上がるようになった。

これを友人と言うのだろう。

しかし関係が深まってきたある日のことだ。当時ヴィフィールでは、仲の良い2人の関係を引き裂く“遊び”が裏で流行っていた。スクールカーストとかいう、ガキの分際で上下関係を築くアレだ。

そのターゲットとして、ハルとレイスが選ばれてしまったのだ。もちろん最初はその事に気付くわけもなく、そいつらの目論見通り、2人の仲の良さは疑うものになっていった。…というのは、レイスがハルに持ち掛けた作戦で、本当は裏で変わらず関わりを持っていた。しかしそれもいつしか勘づかれてしまった。

そしてついにヤツらは実力を行使してきた。スクールカーストの上位にいる男の親は金持ちで、保護者団体のリーダーもしている。それなりの権力を持っているのをいいことに、知名度も何もなく、弱そうなハルに暴行を加えてきたのだ。

「痛いっしょ。痛いっしょー?」

地面に倒れ、何人がかりで彼をいたぶった。メガネも地面に転がり、若干ヒビが入っている。

「生意気なんだよ…お前…。」

ハルは抵抗することは無かった。いや、そんな勇気が無いから…というのが正直なところだ。

「…リーダー、メール来てますよ。」

「…ほんとだ。…クアナじゃん。」

携帯の画面をつけ、男はメールを確認する。すると、彼はニヤリと笑った。

「お前さ、レイスって子と付き合ってんの?」

彼はしゃがみ、上から傷だらけになっているハルを見下しながら言った。

「お前のレイス…今こーなってるよ。」

見せられたのは、メールに添付されていた動画だ。それにはレイスが髪を掴まれ、ひどい暴行を受けられていた。この男と同じく立場の女子だろう。

「レイス…ちゃん…!?」

「ほらほら、彼氏なら助けに行かないと。行かせねーけどな。」

ハルは、最後に一撃腹に喰らった。しかしこの時から先の記憶がない。


「え、なにそれ怖ぇ。気が付いたら辺り血まみれパターンか?」

シュンスケが茶化してきた。

「そ、そんな物騒なこと…!」

ハルが必死になって否定した。

『やはりハルは覚えていないか。』

会話を聞いていたアストラが口を開く。

「…知ってるの…?」

『あぁ、当然だ。』

そう答えたアストラに、シュンスケが更に質問をぶつけようとしたが、ソティが他のギャングの気配を感じ取った。この周辺にいるようで、どうもこそこそと不審な動きをしているようだ。

『ねね、お金が欲しいんだよね?』

ソティがハルに聞いた。

『働いてお金を稼ぐなんてギャングらしくないじゃない? 私の魔法で、偽神を倒したときに出てくるものの一部をお金に変えることができるよ?』

少し間が空いたと思ったが、全員立ち上がって現場へ向かうことにした。

とはいっても連中はこの周辺だ。一度ここから離れ、変身してから集合した方が良いだろう。といっても、こちらの正体は知られていないはずだ。

『この周辺にいる…? 何故だ…?』

アグトが言った。

『ここらには偽神どもはおらぬはずじゃろ、ソティ?』

アシュロも困惑しているようだ。確かに言われてみればおかしいことではある。

偽神もわいていないハズのこの場所に、何故ギャングたちがいる? 仮にたまたまだとして、アストラが周辺にいる偽神の気配を読み取れないわけでもないはずだ。

「妙だな…。」

レウスが呟いた。

「何かの罠かもしれないわね…。」

コネッサがぼやく。

「か、考えすぎじゃねぇの…?」

ヴィーテは彼女の考察を聞き、少しだが、嫌な予感がした。


いざ現場に到着したが、見た感じでは誰もいない。

「警戒するんだ…。」

グロースが皆に言う。

ヴィーテとレウスは武器を構えて辺りを見渡す。コネッサはソティの能力で中距離索敵し、レジナは耳を済まして索敵の支援をしていた。レジナの聴力は今、アシュロの能力で研ぎ澄まされている。ソティの能力、レーダーは確かに優れている。しかし、“生物であれば何であれそれに引っ掛かってしまう”という欠点がある。

だから、足音の大きさや呼吸の音など、いるという確たる証拠から、“人”を探す。

「…反応はあるわ…。レジナ、どう…?」

「…はい、確かに…。これは…人で違いありません…。緊張しているようです…。…3…4人…いえ、5人います…。」

グロースらは、彼女たちの索敵結果を聞いて改めて身構えた。

『この様子じゃと、妾たちを狙っておるのぅ。ダーリン、丁度良い機会じゃ。シマとやらを拡大させようぞ?』

そう言ったのはレジナが宿す化神、アシュロだ。

『……待て…。それにしたって何故彼らがここにいるのか…。余たちの正体を知られたのではないか…??』

ウルグラが続いた。

『いやはや…どっちにしろ、連中を倒さぬと我輩たちが危ないことに変わりはなかろう…。アストラ、どうする…?』

アグトが言った。アストラはどうしようか悩んでいる。正体がバレることほど面倒なことはない。もしかしたら学校になにかされるかもしれないし、通報されることだってあり得る。

『アストラさま、わたしから提案があるの。』

ソティが口を開いた。

『わたしたちにとって脅威であることに変わりはない…。だったら今こそ、“分裂”を試すのがいいと思う…!』

分裂…。偽神は何かしらで力を暴走させてしまった化神が元だという。だから、使い手からそれを別けさせ、偽神になることを未然に防ぐというやり方だ。

『…どうやってやるのだ…?』

『あれからさらに詳しく調べてみたんだけど…やり方は2つのパターン。1つは以前も言ったように、化神を召喚させた瞬間に攻撃する。2つ目は、アストラさまのプライムの力で無理矢理引き剥がす…。けど後者は、失敗すれば偽神にしてしまう可能性が出ちゃうの…。』

プライムの方が楽にできるかもしれないが、しかしそれは一か八、ということか…。グロースは仮面に触れ、プライム・ダガーを取り出した。

『お、おい! やれるのか!?』

ウルグラがそんな彼を止めようとした。

「…迷ってる暇はない。こちらが狙われているんだ。敵対している以上、構えないと。」

『相手を偽神にするかもしれないと聞いたろう!?』

アグトもそれに入ってきた。

「分裂させようとすれば…ね。敵対するなら、それが脅威なら、迷うことはない。“冷静に話し”ができるまで叩くだけさ。」

彼はニヤリと笑みを浮かべ、そう言った。そしてプライム・グロースに変身すると、フフッと笑った。

『…考えていては始まらないか。いこう、グロース!』

アストラも乗り気だ。

「隠れてないで出てこい! お前たちが潜んでいる所まで俺たちは把握してる! 無駄だ!」

グロースが大声で言った。コネッサとレジナがいるため、これはハッタリではない。その事を知らしめるように、コネッサが視線で指し示した場所に普通の銃で威嚇射撃を行った。

相手が焦りだしたのか、急いでその場から離れる。

「フッ…。行くぞ!」

リーダーの一声で、全員に闘志が宿った。




化神 #18 二面性

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