覚悟と絆
「やべぇぞ…もう…!」
THE SHADOWがいよいよ追い詰められている。10体もの偽神たちが彼らを囲い、それを楽しむように邪神・メガナーダは上空から眺め下ろしていた。
ヴィーテの吐いた弱音に、皆も気が滅入ってきた。しかし彼がそういう前からそんなことは薄々感じていた。
「すみません…私…もう……魔…力…が……。」
レジナが気を失い、建物の屋上から落ちていく。
「レジナーーーッ!!」
グロースが急いで彼女の救出のために身を投じる。
『間に合わない…一旦プライムを解除する!』
「頼む、アストラッ!!!」
強化をわ解除したのと同時に、人の形をした猫が現れ、レジナを両腕で受け止める。どうやらアシュロの気配が薄くなっているようだ。
『…プライムになったことで…我らの力も…!』
「……!」
ヴィーテとレウスも息を切らしている。全滅も時間の問題だ。
『…ここまでか…。 すまない…メイテス殿…!!』
アストラすらも諦めかけたその瞬間だった。
紫色の炎が辺りの偽神を焼き払った。
『アストラさまーッ!』
ソティだ。
『…! お、お前…!』
そしてもう一人…トウジョウインがこちらに走ってきていた。
「…まだ終わってないわよね…!!」
キッとした顔つきの彼女がグロースにきいてきた。
「…前言撤回…いいわよ……私も戦ってあげる…その代わり…。」
「…?」
グロースが彼女の言葉の続きを待つ。
「…私の勉強に付き合ってもらうから…。皆で…!」
「……あぁ…!」
彼女はフッと笑った。
「なに!? キサマ…!」
「言っておくけど…私は“無駄なこと”が嫌いなの…。あなたみたいな、他人の時間を無駄に奪うような存在もね…!」
彼女は強気だ。
メガナーダは分かりやすく怒り出し、
「…図に乗るな…人間のクソガキが!!」
と言って無数の光線を出した。赤色のそれは、変身した状態でも非常に強い痛みを覚え、後で残る。
グロースは急いで彼女を庇いにいくが_。
「…来て…ソティ!!」
『はいはーーい!! まっかせてー!!』
ソティが召喚した本棚がそれをブロックした。
そして目をつむり、呼吸を整えて軽く瞑想する。光の粒子が現れ、それらが胸の中心に集まり、そして次の瞬間、紫色の炎が彼女の身体を包んだ。
『一緒に戦おう! 皆の未来を踏みにじる、忌々しい邪悪をこの世界から滅ぼすために!』
青色の文字列が現れ、炎の中に吸収されると、その炎が弾けた。
「私のために…皆のために…。綺麗事でも何でもいい…私はやると決めたのよ…!!」
炎が弾け飛び、中に包まれていた彼女の姿が露になった。
ノースリーブの青いコートを、オレンジ色のセーターの上から着こなし、そのセーターは少しぶかっとしている。顔を隠す仮面はモノクルになっており、ほとんど素顔を晒す形になってしまっいる。
「…ほう…悪くないかもしれないわね…。」
自分の格好を見て少し笑みを浮かべた。ピンク色のカチューシャも非常に良く似合っている。
「くそ…また一人…!!」
メガナーダが悔しがったが、すぐに偽神たちにGOサインをだして始末を命令した。
「…何か技名があった方が格好いいかしら?」
彼女がグロースにきいた。
「…何かあるなら早く出してほしいんだけど…。」
敵は目前だ。なのに彼女はいたって冷静にしている。少しは怖じ気付いてもいいと思うが…。
「……分かった。あいつらのことはとっく閲覧したわ。少しやってみたかったのよ。」
「……?」
現れた本棚から数札程の本が現れた。
「…“天国の扉”(ヘブンズ ドアー)ッ!」
黄色の本が数冊現れると、それが光となってグロースに当たった。痛みはない。だが…だからと言ってなにかがあったわけでは…。
「奴等の防御は確かに頑丈…。けど、一点集中の力には弱い! つまりは銃よ!」
彼女はきょとんとしているグロースに言った。
「…わかった…!」
彼は仮面に触れ、言われたものを取り出した。そして引き金を引くと、黄色の光の弾が現れた。それは8つに分裂し、それぞれの方向へ散ると、襲ってきた偽神のうちの8体を貫いた。
「…!」
「私の能力は味方の能力強化と、変化球の攻撃をすることができるようになる…ってところかしら?」
『攻撃魔法もあるし、場合によっては色んなサポートができるよ!』
ソティの声がした。
「それとも、新しい仲間にしては地味だったかしら?」
彼女がニヤッとしてきいてきた。
「いや…助かる…!」
グロースはそれに、同じくニヤッとして応えた。
「あなたがリーダーよね? 私は他の皆を助ける。少し時間稼ぎをお願い。」
「頼んだ…!」
「任せて。能力強化はしておいたわよ。それじゃ!」
彼女は冷静に判断し、自分なりに行動をした。グロースは身体から力がわいてくるのを感じていた。
『新たなる武器を使おう…!』
再びプライム・グロースに変身する。
そしてマスクに触れると、赤色の炎が銃の形として現れた。
_ プライム・ガン。
ダガーと同じく、プライム状態でないと本領を発揮できない特殊な武器だ。
「くらえ!」
先程の弾丸分裂が更に強化され、倍、つまりは16発の弾丸が同じ威力で偽神のもとへ飛んでいく。弾丸によって身体を貫かれ、動きがぎこちなくなったようだ。
『元々これは高い火力を持っている。その分、反動が大きい。だから今まで使用しないでおいたのだ。だが…それもなしに使えるのは、一重に彼女のお陰だろう。』
アストラはグロースに言った。
「とっとと片付けよう…。」
『あぁ。それに、まだそれを完全に扱えるわけではないからな…。我に代わってくれ!』
グロースの身体がアストラの意識と代わると、ダガーをしまい、その代わりに通常の銃を召喚した。
『…ふふ…。我も銃術は久し振りでね…。悪いが…動かないで貰おう…!』
彼はそう言っているが、走りながら2丁拳銃で的確に急所を当てている。
他の個体も、先程の戦闘で疲労しているのか、動きを鈍らせている。お陰で各個撃破を狙えるので、アストラはそれをすることにした。
もちろん偽神は黙っているわけもなく、アストラ・グロースに襲い掛かるわけだが、軽やかにそれをかわして背後にまわる。
『後ろががら空きだぞ!』
タァンと渇いた音が3発鳴った。3体の偽神を瀕死に追いやると、今度は銃を捨ててダガーを取り出した。
『朽ちろ!!』
彼は偽神の肩に二本のダガーをブッ刺し、そして偽神の仮面を剥ぎ取ると、現れたコアを一瞬で貫き潰す。それを先程の攻撃で瀕死になった3体にしてやった。
『よし…。そろそろ代わるか?』
「ああ…!」
グロースは偽神からダガーを抜き、そのまま地面に降りた。
背後から偽神が襲ってきたが、
「おらよっとー!!」
と、ヴィーテでその大きなアックスで頭をかち割った。しかしそれで倒せたわけではない。起き上がってくるタイミングで、続いてレウスがその偽神を叩き斬ってやった。
「詰めが甘いんだ、お前は。」
「う、うるせぇ…!」
レウスとヴィーテがまたいがみ合っている。
「二人とも、行くよ!」
二人の肩に手を置き、リーダーが言った。
「わかった…!」
「おうよォ!!」
グロースはダガーを手の上で踊らせ、構える。ヴィーテとレウスはそれぞれアグトとウルグラを召喚し、攻撃に入った。
3人の行動は目にも止まらず、一瞬にして偽神を倒す。そのさまは、それぞれを肉眼で識別するには難しく、そこを動いたという“軌跡”のみが見えた。まさに“影(shadow)”だ。これも“彼女”のお陰だろう。
弱った8体のうちの4体を撃破したが、さっきの分裂した弾丸から逃れ、まだ2体はピンピンしている。
「不利な状況に変わりはない! 死ね!!」
メガナーダも直々にグロースと剣を交えた。
「くっ…!」
「キサマが新たな力を使おうと、ワガハイには勝てんのだ!」
以前のようにはいかず、むしろこちらが押されている。“疾風迅雷”、伊達ではないということか。
「終わりだァァァアッ!!」
メガナーダが剣を振りかざした瞬間、彼の手からそれが落ちた。いや、落とされた。
「なにッ!?」
「もう一人、お忘れではないですか!?」
レジナの鞭だ。鞭の先端は、瞬間で音速を越えることがある。そんなもので手を弾かれた彼は、痛そうにその手を押さえている。
「お前ら、何ボサッとしてんだ! 殺れ!!」
メガナーダが合図を出した。
「…まぁいい…調査は終わった……。」
彼は再び姿を消してここから去っていった。
“調査”…? 一体何のことを言っていたのだろう?
グロースは少しの間考えると、レウスたちの加勢に入った。
「分が悪いことに変わりはないわ…! ここは一旦退きましょう!」
“彼女”が提案した。
確かに回復したからといって、強化されたからといって勝てる訳ではない。どうやらメガナーダがいなくなったことで、偽神たちも弱体化したようなので、今回は撤退することを選んだ。
「あぁぁあ!! キッツかったぁぁあ!!」
シュンスケが大きなため息混じりに言う。
戦闘を終えた皆は、近くの公園で休憩していた。
いつもクールなはずのユウも、今回は疲労を隠しきれない様子だ。
「キツイと言うな……。」
彼は息を切らしながらそう言った。
「それにしても良かったのでしょうか…? 私たちが撤退して…。」
乱れた青い髪を整えながら、テンはみんなに言った。
「問題ない。あれはこの街に影響を及ぼさないからな。」
サツキがそれに応える。何か根拠があるのかとハルが返すと、彼女はこくりと頷いた。
『偽神たちがこの街に影響を出しているのは、力が増しているからという理由の他に、邪神の存在があるの。』
答えたのはソティだった。
『邪神が意図して奴等を実体化させ、街で暴れさせたんだよ。』
「その邪神ってやつが途中で逃げたことで、あいつらが弱まったのは分かったわよね? つまりはそういうことよ。」
_ なるほど。
確かに一度、偽神たちがアナザーエリアに留まらず、現実世界で影響を与えていることについて考えたことがある。その時に出した予想とおおよそ合っていた。
「そういえばソティ…。」
ユウが口を開いた。
「お前は俺たちに邪神の居場所を教えたな。それと戦う化神使いの存在も…。」
『う、うん…。』
「実際に居たのはたくさんの偽神だった…。化神使いは“どこにもいなかった”…。」
_ ……!
皆がハッとした。そういえばそうだ。確かにユウが言ったとおりだ。しかしそれを確信に変えさせたのは紛れもない_
『…我の責任か…。』
…そう、アストラだ。
「アストラ…?」
『…言い訳をするつもりはないが…確かに“あの時”、化神使いの気配を多数感じたのだ…。』
彼の声からは、いつもはあるはずの自信や威厳といったものが感じられない。
『違うの…。アストラさま、そして皆に聞いてほしい…。偽神の本当の正体を…。』
「本当の正体…?」
ハルたちがソティ…を宿しているサツキに身体を向け、改めて話を聞く。
ハルがアストラから聞いたのは、一般人が偽神に襲われると、感染のように、その人も偽神になってしまう…。といったものだ。
『偽神の本当の正体は…。』
アストラをはじめとした化神たちも、ソティの言葉に注目する。
『……“死んだ化神に取り憑かれた人間”…。』
彼女の言葉にいくつか引っ掛かる点がある。まずひとつめ。
「死んだ…化神…?」
ハルが返す。
『…ギャングの抗争…偽神や虚神、邪神との戦い…未覚醒自滅…過剰強化による自滅…。理由は様々だけど、死亡した化神の力が暴走して、宿主の身体を乗っ取ったのが偽神…。虚神は、元宿主の願望や欲望と、他者の生霊が同じで、惹き付けられて取り憑いたもの…。』
場の雰囲気が静まった。
突然シュンスケが立ち上がり、頭をかきむしった。
「…くそ…何言ってるのか全然分かんねぇ…!」
彼は至って真面目だ。
しかしどうしても理解できないようで、地団駄した。
「要するに…偽神は…“私たちのような”力を持った人たち…ということでしょうか…?」
テンの表情が青くなっている。
「…待てよ…それじゃあ俺たちもあんなバケモンになるかもしれねぇってのかよ!?」
やっとソティの言っていたことを理解したシュンスケが大声で怒鳴るように言った。
『否定できない…。』
ソティの答えは、サツキ以外の全員を絶望させた。
ハルはかけている眼鏡をくいっと持ち上げて位置を調節し、考え込む。
「化神が死ねば偽神になってしまうのよ。けど、それを阻止する方法もあるわ。偽神にさせないようにするには、化神と本体を剥離させるのよ。」
サツキが口を開く。
「化神を出した瞬間…その一瞬のうちに弾丸か斬撃を食らわせるのよ。」
彼女は続けた。しかし皆が知りたいのはそれじゃない。
「俺たちも…偽神になる可能性がある…なんて…ハハ……笑えねぇぜ…。」
シュンスケはボソッと言うと、しゃがんで地面を見つめた。
…………。
「……待て…。」
ハルが一言声を出す。
「“未覚醒自滅”…?」
ソティが言った、化神の死因のひとつだ。
『未覚醒自滅はその名の通り、結局最後まで覚醒しないことで起きる自滅だよ。』
「…それは防ぎようがないんじゃ…?」
ハルが返した。シュンスケはそれを、信じられないとでも言い出しそうな目で見る。
「他人の心配してる場合かよ…!? てめーがバケモンになるかもしれねぇってのに…!?」
「…だからだよ。」
ハルは立ち上がり、みんなの顔を見渡した。
「僕たちは化神使いのなかで、唯一偽神の秘密を知ってるし、邪神と対抗もできる。確かに、自分達が偽神になることは怖いと思うかもしれない。でもだからこそ……“対抗できるのが僕たちしかいないから”こそ、“僕たちが止めなきゃならない”んじゃないかな…?」
ハルの目と言葉は、みんなに“戦う意味”を問う。
「バケモンになるの…怖くねぇのか…?」
シュンスケが顔をあげて彼に問う。
「怖いよ…。けど、僕らにはアストラが、アグトが、ウルグラが、アシュロが、ソティがいる。そして…僕には、シュンスケとテン、ユウとサツキ先輩がいる。背中を預けられる仲間がいる。そう考えると…怖くもないんだ。」
「仲間を信じる…か…。」
沈黙がつづくと、シュンスケは立ち上がって
「…へへっ…そうだよな…。俺らにもお前っていうリーダーがいる…。怖いなんて言ってる場合じゃねぇよな…!」
と言った。
「ああ…。ギャングをやっている以上、命もかかる…。…少し怖じ気付くのが早かったな……。」
ユウも立ち上がってそう言う。ハルの目を見て、彼の瞳にある正義を信じた。
「…リーダーが確かな勇気を持っていると…私もそれが持てます…。私だって、あなたに着いていきますよ!」
テンも立ち上がり、そう言った。
「…どうやら私にできそうなことはたくさんあるみたいね。私とソティの頭脳、あなたたちのために役立ててちょうだい。」
サツキもやる気に満ちた表情をした。
THE SHADOWの絆がより一層強くなったのを感じた。
『アストラ。』
声をかけたのはウルグラだ。彼はアストラとの付き合いが一番長い。
『どうかしたか、ウルグラ?』
『…彼らのやり取り…懐かしかったな。』
アストラはフッと笑った。
そう、彼らからすればあれは2回目の光景だった。
『ああ…。そうだな…。我らの絆…誓い…。』
『…アストラ、未覚醒自滅をしないうちに全員を目覚めさせよう。』
『分かっているさ…!』
アストラのかつてと変わらない自信有りげなその声は、ウルグラにとって頼れる男である理由を示すものとなっていた。
化神 #17 覚悟と絆