結果と損得
THE SHADOWは着実にシマを拡大させている。とはいっても、人気度、期待度の両方のランキングに名前がないようなチームを倒してしてシマを乗っ取っているだけだ。
もちろんアナザーエリア上のシマ争いだ。そのため、旗でも何でもそこに立てようが現実世界にはお構い無しになっている。シマとして治めた土地での出来事は、アストラたち化神を通じても把握できない。なので、こまめに立ち寄って自分で確かめるしかない。
現在は、3ヶ所ほど制圧している。
「どこも駅から遠いな…。」
ユウが言った。
「だから人気ねぇのかもな……。」
シュンスケが返した。
こまめに立ち寄って確認はできそうにない。とりあえず、今はギャング戦に慣れるしか無さそうだ。
「なんか装置とかさ、無くても第六感的なのってねぇわけ…?」
シュンスケがアグトに問う。
『…贅沢言うな……それこそソティが居なければならない…。』
「またソティ……。…仲間になる気無ぇんなら仕方ねぇだろ…。」
『…ああ…その通りだ…。…全く以てその通りだ……。』
ガックリしたのはシュンスケだけでなく、ハルもテンも同じだった。ユウはと言うと、スマホで何かを確認していて話を聞いてすら居なかったようだ。
「つか、何見てんだよ?」
「ギャング情報が載っているネット掲示板だ。偽神の発見情報でも載っていないかと思ってな。」
何食わぬ顔でスマホの画面をみんなにも見せる。新しい書き込みが随時更新され、流れていくせいで全文をしっかり読むことなく流し見してしまう。
「…情報見つけてもこれじゃ見逃しちまうだろ……。」
「……そうだな。」
その日、4人は結局解散した。
翌日の放課後。
授業の無いその時間は、図書室などの教室以外、いわゆる活動室のみエアコンの使用が認められている。担任のクサカが壁に取り付けてある操作盤を使って教室の冷房を切った。
「気を付けて下校しなねー。部活の子はファイトー。」
テキトーな棒読みで生徒たちに声をかける。運動部の野太い返事は聞こえたが、それ以外が返すことはなかった。
『ハル、今日は集合の予定はない。これからどうするんだ?』
アストラが聞いてきた。
「たまには休んだ方が良いかな?」
『うむ。英気を養うのは戦士の心構えにもある。無くしては戦えんからな。』
2人の会話を聞いていたらしいユウとテンは、了解してくれた。
『だが待てアストラ。それでは邪神が現れた時どうするのだ?』
ウルグラが聞いてきた。それもそうだった。しかしアストラは
『ハル、お前の家に何か暇潰しできるものはないのか?』
と、本人の家に皆を集める気になったようだ。
「暇潰し…。」
ハルは顎に手を当て、考え始める。
「…む…? そういえばもうじきテストがあるな。丁度良いんじゃないか?」
ユウがそんな彼に提案してきた。
「テストか…。うん、そうしよう。」
ハルの家。
「だぁー……わかんねぇ! もう無理!!」
ノートや教科書、ワークを机の上に広げ、各々が自分の課題を進めている。そんななか、先程のような弱音をシュンスケが吐いた。
ハルもユウもテンも、優秀なだけあって彼にとってここがとても窮屈に感じている。頑張ってはみるが、やはり分からないものは分からない。
「お前、ここの計算を間違えている。」
ユウがシャーペンでミスを指摘する。シュンスケの顔は嫌そうだ。
「そしてここ。“can”は可能かどうかを聞いている。それは『実行可能か』ではなく、『能力があるか』を聞いているんだ。この文では『do』を使うのが適切だ。」
「マエニカ語とかいつ使うんだよ! ここはルアフ! スラフ州だぜ!? 」
「歴史の授業を受けていないのか? マエニカとスラフ州は平和条約を結び、交流も盛んだ。マエニカの技術者たちがスラフ州……特にルアフに来て技術提供もしているんだぞ。」
「つっても共通言語はスラフじゃねぇか! やる必要あっかよ…?」
「これだからバカは…。」
「あぁ!?」
「ハルも何か言ってやれ。」
ハルはユウに言われて問題を解いていた手を止めた。シュンスケの顔を見るに、もうやる気は無いようだ。
「…そういや聞いたぜ…? おまえ、ここ来る前はマエニカの学校だったんだってな……?」
彼は表情を変えず、ハルの目を見て言った。
「あ、うん…。」
彼は少し困惑気味に答えると、シュンスケは持っていたシャーペンを手離して続けた。
「なぁ、やっぱマエニカ語って学んだ方が良いの…?」
「…学んで損はしないよ。通訳も必要としないから、現地の人と話すのも楽だったし…。」
「はぁー。いいな…外国語を喋れるのってよ…。」
彼は再びペンを握り、ユウに指摘された部分を直し始めた。
「…少し休憩にしましょう? 集中力が切れてきたようですし。」
三人の話を聞いていたテンもペンを手離してのびをひとつした。
「はいはーい! 俺、マエニカにいた頃の話を聞いてみてー!」
シュンスケだ。
「…確かに興味がある。」
「私も気になります!」
「…え、えぇ……?」
困惑した。皆の興味、期待に添えられるような話しができるようなものは1つもない。弱ったぞ。少しピンチだ。
……。
「どんな話を聞きたいの…?」
「あー。じゃあそうだな…。向こうにいた頃の学校生活を聞いてみてぇ!」
「…わかったよ…。」
しかし、彼が話をしようとした瞬間、アストラが何かに反応した。
『誰だ!?』
彼の様子から、ソイツはこの家のなかにいるようだ。シュンスケたちも立ち上がって周りを警戒する。
『うぅ…。さすがアストラさま…。』
聞き覚えのある声がした。
『その声は…。』
物陰から姿を現したのは、幼い子供…いや、ソティだ。彼女が本を片手に現れた。
「…お前、なにしに来たんだよ…?」
シュンスケが問う。
『わ、私も皆の力になりたいなって…。』
本を抱き抱えて答えた。
しかしそんな彼女を
「悪いが、仲間じゃ無い奴のことを信用する気になれん。それが例え化神であってもだ。」
と、ユウがきっぱり言い捨てた。
『…………。』
「…待て。“化神であっても”…??」
ふと自分の発言に違和感を覚えた。化神自身がここにいるのか? そんなわけがない。ユウはベランダの窓を開け、下を見下ろしてみる。しかしトウジョウインはいない。
『ここに来たのは私だけだよ?』
彼女の発言に一同は驚いた。そんなわけがない、とソティの発言を否定しようとしたが、確かに宿主の姿が見られない。
「…そ、それじゃあ…ソティさんは…なぜここに…?」
テンは冷静に問う。
『ああ、そうだったそうだった…。アストラさま、離れたところではあるけど、邪神が来ました!』
ソティが出した情報を耳にした途端、全員の表情が変わった。さっきまでの学生らしいそれではなく、ソティの中でかつて反逆者と戦ったアストラたちと重なった。
『…確かに…言われたところに邪神の気配を感じる…。非常に微かだが…それほど離れているようだ…。…他にも複数の化神の気配…? まさか……戦っている…のか…!?』
「ハル…ソティの言うことを信じるのか?」
ユウが冷静に警戒を促す。しかし
「…けどよ、本当だったら偽神以上の被害が出るぜ…?」
と、シュンスケの言うことも一理ある。
「……行こう…!」
リーダーのハルの一言で全員が頷く。外に出て人気の無いところで変身し、ソティの案内に従って目的地へ向かった。
変身すると、通常よりも身体能力の向上がされる。
建物の屋上から隣の屋上へ、遠距離ならば線路を走る電車や公道を走る自動車の屋根に乗っかることもできる。もっとも、バレたら確かに面倒ではあるが。
『…近いぞ!』
アストラがみんなに言った。5階建てのビルの上に全員が集まり、辺りを警戒する。ここで他の化神使いたち…もといギャングたちと戦っているはずだが、姿はどこにもない。
「………! 来るぞ!!」
グロースの声で全員が四方へ、一斉に散った。
さっきまで皆が居たところに偽神が襲ってきた。
『邪神に気を付けろ!』
ウルグラが言った。
「いや…どうやら俺たちは…ソティにはめられちまったのかもな…。」
気が付けば、THE SHADOWの皆を偽神たちが囲んでいた。パッと見でも、10体ほどいる。3~5メートルほどあるこいつらを1体倒すだけでも全員でとる連携が必要なのに、そんなに居るのでは諦めるしか…。
『ソティがこんなことをするはずが…! それにアストラ! 邪神の気配を感じたと言ったではないか!』
アグトから混乱している色がうかがえた。
『ソティ…!!』
彼女の姿はいつの間にか消えていた。
「慌てても仕方ない…! グロース、ここは一旦__ 。」
「おっと、逃がしはしないぞ!」
レウスの言葉を遮ったのは、邪神・メガナーダだ。
「あっはっは! 気付かないのか? ここはお前らのナワバリだろ?」
「…!」
言われてみればここはTHE SHADOWが別のギャングから奪った場所だ。しかしそれが何の意味を…?
「あれぇ? おかしいな、その反応…。あのソティとか言う女から聞かされなかったのかァ? …まぁいい。」
メガナーダが大勢の偽神たちにGOサインを出した。奴らは一斉にグロースたちに迫る。
「…プライム・ダガー!」
グロースは、強化形態になって戦闘に応じる。
「皆、戦おうとはするな…! 逃げることを考えるんだ!」
皆は親指を立てて『了解』し、再び散る。
グロースは強化されているため、ある程度は戦える。しかし、やはりどうしても敵わない。
_ 周辺に未確認の生物が大量発生。
駅の電光掲示板にそう書かれていた。私は、青い髪の少女と眼鏡の少年を思い出した。彼らも戦っているのだろうか? 私には確かに彼らと同じ力がある。しかし、私はそんなのに費やす時間はない。
『サツキちゃん!!』
幼女のような見た目をしたソティが、真っ青な表現をして駆けてきた。
「ソティ、どうしたのよ?」
『大変なの! 皆が…! 皆が…!!』
「…私には関係ないわ。」
『サツキちゃん!! 私戦いたいの! 皆が…私の…“仲間”が…!!』
「……。」
仲間…か。
私はこの時、あることが脳裏を過った。
_ 成績こそ全てだ。
東条院はエリートの家系だ。親戚のほとんどは教授、警視長、大学校長、一流企業の代表取締役などを務めている。しかし、私の両親は、私が物心つく頃に離婚し、母親が一人で私の世話をしていた。
__ あんな男のようにはならないよう、精一杯勉強して、のしあがるのよ。
母は私にそう言った。
母は“男”に引っ掛かり、転落した。
負け犬に、“居場所”なんて無いんだ…。
「負けたら終わり。それでいいのよ。」
『よくない!!』
ソティが怒鳴り付けてきた。
「……!!」
初めて彼女が怒った様子に、サツキはビックリした。
『サツキちゃん、負けないように勉強してるのは…何でなの…? 勝ち組になった先に何があるって言うの……?』
「それは……。」
『すぐに答えられない…? そんなんじゃさ……やってることに“意味あるの”…?』
頭痛がした。あまりの痛みに両手で頭をおさえ、うずくまる。
「…彼らが戦うのも同じよ…! 意味なんて__ !」
『違う…。皆は……いえ…私たちはこの世界を守るために戦ってる…。』
「その先に何が_ …!?」
『サツキちゃんが必死に勉強した結果が表れる…そんな世界ができる…。』
「あなたに得なんて…無いじゃない…。」
『…サツキちゃん…。 助けること…守ることは…“損得”じゃないよ…? 』
_分かっていた。
勉強して結果が良くても、そのあと求められるのは別の能力だ。外国語の検定に合格した資格を持っていたとしても、実際に使えないのでは意味がない。そんなのは飾りでしかなくなってしまう。
勉強とはあくまでも土台に過ぎず、だからこそしっかりしなければならないものだ。だけどその土台が完成したあと、私は…。
『人が生きるのに絶対的に必要なのは学力なんかじゃない…。“繋がる力”なの…。』
_ 負け犬に居場所はない。
私は自分を保つため、自分から他人に関わることを否定していた。
人と関わると、成績が落ちるかもしれないから…?
違う。先程にもあったように、母は男に引っ掛かり、転落した。
成績は関係ない。自分が何をしようが、どれだけの名誉を得られようが、その時々で状況は変わる。
『それにさ…サツキちゃん。勉強は皆でやった方が楽しいみたいだよ?』
ソティがにこっと笑った。
勉強…そうか、私に足りなかったのは……。
「…………。」
サツキは顔を上げ、鞄を持ってどこかへと走っていった。
化神 #16 結果と損得