目的
転校してから3ヵ月が経った。季節は半袖の夏服を着ることを薦められる頃になっていた。
ハルが通っている学校では、指定された温度に達したらエアコンをつけることが許されているため、快適に授業を受けることができるのである。
中庭の桜の木にはセミが止まり、窓越しでも聞こえるくらいミンミンとうるさく鳴いている。
昼休み…。
「見ろよこれ!」
シュンスケが生き生きとした表情でスマホの画面をハルたちに見せる。
「…『ギャング情報局』……?」
メガネをくいっと持ち上げ、そこに表示されている文字をぼそっと読んだ。
「『巷で話題のギャングたち。そんな彼らを“人気度ランキングトップ5”で掲載! 結果は随時更新中!』…だと……?」
ユウが続いて読み上げると、シュンスケは画面を上へスクロールさせた。
5位 レッドウォーズ (RED WARS)
4位 エターナルエンズ (ETERNAL ENDS)
3位 ブラッドレイク (BLOOD LAKE)
2位 ゴールドペイン (GOLD PAIN)
1位 ファントムX (PHANTOM-X)
そのランキングに我らTHE SHADOWの名前は無かったが、そのつぎにあった運営者の独自主観で決めた「期待度ランキングトップ3」には名前があった。
3位 ブラックマンバ(BLACK MAMBA)
2位 ジョブアルバム (JOB ALBUM)
1位 ザ・シャドウ (THE SHADOW)
ブラックマンバとは1度遭遇したことがある。今思えばあれが始めてのギャング同士の対峙だった。あの時はファントムXに助けてもらえたから良かったものの…そうでなかったらと思うとゾッとする。
「俺らこのまま上手くいったらよ、マジで天下取れんじゃねぇの!?」
と興奮気味に話すシュンスケを、ユウが冷たい視線で突き刺し、
「下らん。」
と吐き捨てるようにして言った。
言われた彼は怯むわけでもなく、ユウにダメならテン、テンもダメならハルに似たようなことを言う。意外とハルは、そうかもしれないな、と微笑んでくれた。
…とはいえ、やはりハルたちも注目されていることが嬉しくないわけがない。注目されているということは、応援してくれる人だって少なからずいるはずだ。
「なぁなぁ、まずは俺らのシマを作って拡げていこうぜ!」
「シマ…?」
「俺たちの名前を効かした場所ってことだ! つまり“縄張り”だな! 広ければ広いほど知名度が上がるってもんだぜ!」
『シュンスケの意見には我も賛成だ。』
アストラが口を挟んだ。
『我らの領地を増やせば、他のギャングたちと邪神が会う確率は減るだろう。奴らは我らでなければ倒せん。犠牲者が増える前に我らがやらねばならんのだ。それに、我らの知名度が上がれば、奴らの耳にも届き、ある程度の抑止力にもなるだろう。』
どうやらアストラはしっかりと真面目な意見のもとでシマとやらの拡大を薦める。
「どうしますか、リーダー?」
テンは彼の顔を覗くように言う。シュンスケはもちろん、ユウもリーダーの回答に注目する。
「…ああ、やろう…!」
彼の答えは、THE SHADOWの今後の活動目標になった。しかしそれは同時に、偽神や虚神、邪神たちたけが敵になるのではなく、他のギャングたちも改めて敵になるということだ。これまで以上に頑張らなければならない。
気持ちを新たにした時点で昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
放課後、時間を決めて集まり、早速ミーティングをすることにした。
下校の時刻。
「ハルさん、ちょっといいですか…?」
そう声をかけてきたのは、少し緊張した様子のテンだった。
彼は、どうかした? と一言だけ言う。
「…あの、集合まで時間あると思うので…街の図書館に…と…。」
「…? 構わないよ…?」
「…え、えと…その…ハルさんも…ご一緒していただけたら嬉しいのですが…。」
「…僕…?」
彼女はコクりと頷いた。ハルは少し考えた。確かに時間まで暇があるし、集合場所の近くに図書館があったのを思い出し、誘いに乗ることにした。彼女は嬉しそうに笑みを浮かべ、そうと決まればと彼の手を引っ張り、駆けていった。
彼女が言っていた“街にある図書館”は、先程にもあったように集合場所を周辺にある。そこは同時に公民館にもなっており、生涯学習センターと呼ばれている。そこから徒歩15分ほどに、彼らが集合場所にしているまぁまぁ広い公園があり、そこも生涯学習センターが保有している土地だ。
学習センターは3階建てで、1階が案内所や体育館がある。目的の図書“室”は2階だ。
ちなみに3階は防音室になっている。楽器をレンタルして練習もできるようになっているのだ。
「ハルさんはどういった本を読まれるのですか?」
声を殺し、囁くようにして質問する。“図書室でお静かに。”だ。
「僕は……。」
ハルが手に取ったのは、とある作家が書いた恋愛小説だ。
「…意外…です……。」
「…引いた…?」
「いえ…なんというか…。」
この時彼女が感じたのは、男の癖に、だとかの文句ではない。テンからすれば、ハルは成績優秀でスポーツもできる(後者はアストラのお陰でもあるが…)という、まさに文武両道な生徒だ。彼が好きそうな本は、もっと小難しいものかと思っていた。そんな彼が手にした本が恋愛小説…意外と乙女なのかもしれない、と、彼を少し可愛く感じたのだ。
「前の学校で上手く馴染めなくて…。一人でこの本を読んでたらあの子に声かけられて…それで…。」
ハルが珍しくよく話している気がした。途中で自分もハッとして口を閉じ、テンの瞳に視線を移した。
「…? どうかしましたか?」
「……ううん…なんでもない。」
ハルは本を棚に戻した。
ふと、彼女が奥の方に視線を集中していることに気付いた。振り向くと、そこには
綺麗な茶髪の女性がなにやら小難しい本を立ち読みしている姿だった。
学生服…しかもハルたちと同じ学校のものだ。
「知り合い…?」
「いえ…あの方は東条院 紗月先輩です。うちの学校の図書委員委員長ですから、図書室を利用する場合は…………。」
テンは言葉を止めた。ハルの様子を見ると、自分と同じことを感じたようだと分かった。
「…気付いた…?」
「……はい…。私自身、あまりお会いしたことがなかったので…気付きませんでした…。」
トウジョウインという女子から、懐かしさを感じる。それはハルが、初めてシュンスケ、ユウ、テンたちから感じたものと同一のものだ。
『ハル、彼女から感じるものはホンモノだ…!』
「………。」
『テン、お主の出番じゃぞ。』
ハルの無言から察したアシュロが彼女に言った。
「そ、そんな…先程にも言いましたように、私は彼女と話したこと…。」
『男が行くよりマシじゃ。』
「だ、第一なんと声をかけたら…?」
『同じ学校なのじゃろ? なに読んでるの、とでも言って近付けば良かろう。』
ハルはテンの肩を叩き、任せたぞ、とアイコンタクトで伝えると、彼女は覚悟を決めてトウジョウインの元へ向かった。
「あ、あの…。」
テンは勇気を出してトウジョウインに声をかける。すると、対して驚く訳でもなく、本を閉じて彼女はテンを見つめた。
「…あなたね…?」
困惑するテンにトウジョウインがそう言う。
「外に出ましょ。そこの彼も連れてきて。」
彼女は本棚に先程持っていた本を戻すと、さっさと図書室を出た。テンはきょとんとした後に急いでハルを連れて彼女の後を追った。
人気のない裏路地。
「あなたたち、ギャングってやつじゃない?」
トウジョウインがそう切り出す。それを聞いたハルとテンはギクリとした。
「その反応…。やっぱりね…。」
「な、何故分かったのですか…!?」
「…今は仲間探しで…私を丁度良いタイミングで見つけた…というわけね…。」
テンの質問に答えず、彼女は続けた。しかし彼女は、
「何で知ってる…そう聞いたわね。いいわ、質問に答える。」
トウジョウインは目をつむり、呼吸を整えて軽く瞑想した。すると、彼女の周りにキラキラと光の粒子が現れ、それらが胸の中心に集まっていく。
そして次の瞬間、爆発したかのように紫色の炎が現れ、すぐに彼女の身体を包んだ。
『るんるんるーん♪』
幼い少女の声が聞こえた。ごうごうと燃え続ける炎は彼女から離れ、人の形を成したまま、未だに燃えている。
『らーららー♪』
青色の文字列が現れ、炎の中に吸収されると、その炎が弾けた。その中から幼い女の子が現れ、かわいらしい笑顔で笑っている。
『私はソティ! “知”の神様だよ!』
紫色のセーターに、水色のスカート…ソティは誰がどう見ても普通の人間の子供と相違無い。
「な、なに………!?」
「既に覚醒されていたのですか…!?」
2人が驚きのあまりに目を丸くしてソティを見つめる。
『ソティ!』
アストラとアシュロがハルとテンの中から飛び出て来た。
『アストラさま! アシュロおねーちゃん!』
『久しいのぅ♪』
やはり三人は仲間だったようだ。
「ソティの能力は地獄耳、それと情報を司る…らしいわ。あなたたちは変身するのに私はしないけどね。」
トウジョウインの言う通り、彼女の姿は変わらない。
『うーむ…恐らくきちんとした形で覚醒していないのだろう…。用心深いソティらしいが…。』
『アストラさまたちと会ってからじゃないと…私すぐにやられちゃうから…。』
ソティが申し訳なさそうにしながら言う。
「それで、あなたたちの仲間にならなきゃならないなのよね?」
と、ソティの主が言った。
「は、はい! 是非東条院先輩に__ !」
「悪いけど私は遠慮するわ。」
「………え…?」
『えェェェェェェェェェェえ!?』
アストラとアシュロも目をまん丸にしてトウジョウイン本人を見た。ソティは申し訳なさそうにしていた。
「だって私に得が無いじゃない。それに、ギャングなんてやってたって世間にバレたら、大学に行けなくなっちゃうもの。」
『な、なんと!? ソティ…!?』
『えへへ……ごめんなさい…。』
「じゃ、そういうことだから。君たちのことは黙っててあげるわ。それじゃあね。」
トウジョウインはソティを中に戻し、そして図書室へと戻っていった。
「……どうしましょう……?」
『どうするもない…。…ダーリン……ソティにいてもらわねば妾たちの戦いも不利になってしまうぞ…?』
『あぁ…。ソティが真っ先に狙われたのは、彼女が我らの頭脳担当であったからだ…。参ったぞ…。』
「……とりあえず、シュンスケたちにも話しておこう…。」
「はい…。」
丁度今から行けば五分前には到着する。彼らは集合場所へと向かっていった。
「はァ!? 仲間になることを拒否されたァ!?」
シュンスケが大声でハルの言ったことを復唱した。
「困ったぞ…。頭脳担当がいないのは痛い…。」
ユウが難しそうな色を表情で表した。
『余やアストラですらソティの頭脳には敵わん…。』
と、ウルグラが言う。みんな頭を抱えて悩み始めた。それもそうだ。今後は偽神(屑と虚神も含)、邪神、ギャングたちが敵になる。ここにいるのは少しばかり戦闘に慣れてきたとはいえ、初心者しかいない。さすがに他のギャングに勝てそうな戦力はどこにもないだろう。
「…だー! もぅ! やめやめ! どうしようもねぇこと悩んでても仕方ねぇよ! とりあえず今はシマの話しようぜ…?」
そうした方が良さそうだ。こればかりは考えても本人の意思が関係しているため、どうすることもできない。
ハルたちはまずどこから占めたら良いかを話し合った。
結果はシンプルに、人気が少ないエリアから攻めていくことにした。
_成績が全てなんだ。
親が私に言った言葉だ。私の家系のほとんどがエリートだ。“東条院”の名前を汚さないためにも、私は必死に勉強をするしかない。
『サツキちゃん……?』
「…なに…?」
ソティが現れたのは今から二週間前だった。何事もなく、ただ気付いたら内心で話し相手になっていた。心のなかで独り言をしていたつもりだったが、気が付いたら実体化していた。しかし両親は見ることができないようで、一人の時間になったときに彼女と戯れていた。
私にもこんな妹がほしかった。
『ほんとに、いいの…?』
「ソティも私の勉強の邪魔をするの?」
『違う…そんなつもりじゃないよ…。』
私は一族の誇りを、栄光を継がなければならない。継ぐとは、単なるバトンタッチなんかとは違う。遊んでいる暇なんてない。
『………。』
その日、それきりソティは私と口を聞かなくなってしまった。
化神 #15 目的