罪人の魂
「さぁ、死ね。」
グロースが悔しさと怒りが混じった怒鳴り声をあげた。
そんな彼をよそに、アカマナフは笑いながらヴィーテとレウスの二人に赤色の光線を放った。
爆発し、炎が舞い上がる。
その光景を、アカマナフはさも嬉しそうに見ていた。しかしどうも様子がおかしい。炎が二人のいたところを避けているように見えるのだ。
『ふっふっふ! 抜かったのぅ、アカマナフ!』
「………なに…!?」
彼は目を丸くした。
グロースの身体からアカマナフと戦った分のダメージが消えていた。
『まさか…あいつは…!』
アストラが少し嫌そうに言った。
「新しい…ギャング…?」
後ろ姿から分かるのは、青い髪、腰まで丈のある黒いマント、赤いワンピース…女子だということくらいだ。
青い髪の…女子…?
リボンでハーフアップになっている時点で誰かを察した。
「……アストラ、頼みがある。」
『…なんだ…?』
『妾はアシュロ! 恋、愛の女神である!』
狐の耳と尻尾がはえ、露出が多めの女神が煙管を片手に名乗った。
アシュロを宿す新しい戦士は、着けていた黒い仮面に触れて鞭を召喚した。
「戦えますか? シュンスケさん、ユウさん?」
彼女は後ろにいた彼らに問う。
「お前…なんでそれ……!」
ヴィーテが驚いた様子で問い返す。
「…まさか…テン…なのか……?」
ユウは冷静だった。
『驚いた…。それならばあの者がアストラの主に注目していたのにも納得がいく…。』
ウルグラが現れ、そう言いながら剣を抜いてアカマナフを捉えた。
「え? 何かあったのか?」
ヴィーテがウルグラにきいた。応えたのはアグトだが、それは__
『今にわかる。いくぞ!』
__ と、戦闘再開の合図だった。
アカマナフがイライラした様子で地面を蹴った。彼は赤い光線を3人に放ったが、全員三方に散り、攻撃を回避することに成功する。そして続けてそれぞれの位置から攻撃に入った。
レウスの剣でアカマナフを斬った直後、すぐにウルグラが現れて追い討ちをかけた。それによって体制を崩したアカマナフを、今度は上からヴィーテのアックスによる切りこみ…ではなく、あえて側面でぶん殴った。
「頭ぐらぐらするだろ!」
ヴィーテがどや顔で言った。
アグトを召喚し、その大きなハンマーで横殴りすると、勢いよく殴られた方向に飛んでいく。
建物に激突する寸前、アシュロの主が鞭を振るって彼をぐるぐる巻きにすると、3周回してから瓦礫の山へぶちこんでやった。
ドゴォンという轟音が耳に入る。間いれずして自分の魔法で高圧力電流を大量に流してやる。稲妻が見え、バァンッと鼓膜が破られる程の大きな音が響いた。
「リーダー、トドメだぜ!!」
ヴィーテが大声で言うと、グロースが走ってアカマナフの元へ向かう。
「…ちっ…なんてひでぇ攻撃を……!」
アカマナフが立ち上がったその瞬間、膝が痙攣してガクッと崩れた。膝だけではない。全身の筋肉が思うように動かないのだ。
「今だ!」
グロースの掛け声を合図に、全員がその場から離れる。アカマナフは予想外のことに驚き、頭を真っ白にさせてしまった。いや、そのせいだけではない。先程くらったアックスによる打撃もある。
「上だよ、ばーか。」
ヴィーテが安全そうな場所から煽るようにして言った。アカマナフが上空を見上げると、そこにはポツンと赤や黄、橙色に変化する光の球が置いてあった。
「チェックメイトだ。」
グロースが高く舞い上がり、そしてそれを勢いよく蹴ってアカマナフにぶつけると、派手に炎をあげて爆発した。
「うぐぁあああ!?!?」
彼の断末魔が聞こえた。
黒い煙で彼の姿は見えないが、念のため銃を構えて待機する。
パラパラと瓦礫が崩れる音だけが聞こえていたが、足音もしてきた。ふらふらとしたような歩き方をしているようで、リズムが不安定だった。
「…ぐっ…! …ちっ……。油断しちまったか…!」
彼はそう吐き捨てると、すぐに姿を消してしまった。相当のダメージを与えられたようだ。辺りを暴れていた偽神は他のギャングたちが討伐したようで、いつの間にかその場は静寂に包まれていた。
しかし、グロースたちがこの場から去ろうとした途端、1つのグループが立ちはだかる。
「お前ら…なにもんだ…?」
黒色のコートを着た5人の集団だ。もちろん彼らも化神使いだ。
「新参者が俺たちのテリトリーで暴れてんじゃねぇよ!」
リーダー格の男がいきなりグロースへ殴りかかった。なんとかかわして見せるが、他の4人に囲まれ、全員がグロースたちに向けて銃を突き付けている。
まだ人と戦ったことのない上、彼らは偽神よりも恐ろしいヤツを相手に戦っていた。疲労感は感じないが、それでも危機に瀕しているのは分かる。
「よせ、“ブラックマンバ”。」
聞き覚えのある声が上空から聞こえた。
聞こえた方向に視線を動かすと、建物の屋根の上に3名の少年の影が見えた。帽子やマントのシルエットからそれが何者なのかを理解した。ファントムXだ。
「にっひひ! 久し振りだねー!」
金髪の少年が笑顔でグロースに手を振る。
「…なんでお前らが!?」
マンバの一人が目を丸くして言った。それもそうだ。ファントムXは強豪だ。そのため、鉢合わせた場合は逃げるのがほとんどなのだ。ファントムXがブラックマンバの前に舞い降りると、彼らは急いで撤退していった。
「大丈夫か?」
リーダーの男がグロースに手を差し伸ばす。
「つーか、覚えてんのー? 僕らは覚えてけどー。」
先ほど手を振った金髪の少年がグロースの肩を叩いた。
「もちろんだよルパン。リーダーのメモリーに、そしてマジシャン。」
ギャングというもののイロハを教えてくれたのは紛れもないファントムXのみんなだ。忘れるわけがない。
「ハル、もう仲間をこんなに集めたようだな。」
マジシャンが微笑みを浮かべて言った。
「おまえ、僕らのお陰ってこと忘れんなよー!?」
ルパンが頬を張らして言う。
「なかなか腕も立つようだし、もう心配はいらないなー! もうここからは優しくしないぞ?」
ルパンがそう言うと、マジシャンとメモリーがハッとした。
「優しく…??」
グロースの一言できょとんとしたルパンが急に慌てて両手を使って口を塞いだ。
「…偽神はまず仮の姿で現れる。鎧を剥いでやらないと倒せないって教えただろ?」
「…もしかして…皆がそれを…?」
「あ、あぁ…まぁ、な…あはは……。」
ハルの部屋にて。
『ダーリン久し振りじゃのぅ~!』
『よせ! くっつくな! アシュロ!』
アシュロが嬉しそうにアストラを抱き締める。彼は嫌そうに抵抗するが、彼女は意地でも離すまいと強く抱き締めているようだ。
『あーーうっとうしい!! 離れろと言っている!!』
『相変わらずだな、アシュロ。そんなにアストラが好きなら、お前もどうだ?』
とアグト。
『断る! 我は少なくとも今は妻など作らん!!』
アストラは強い口調でそう言い切ったが、アシュロは嬉しそうに
『“今は”と言ったの? ならば“その時”に妾を妻にすればよい!』
と返した。
一方のハルたちは、新人のテンに色々なことを説明してやっている。偽神との戦い方や、虚神、そして邪神。デビュー戦が最悪の存在である邪神であったにも関わらず勝つことができたのは大した成果であるとウルグラはほめた。
「これからよろしくお願いしますね、皆さん!」
テンは可愛らしい笑顔でそう言った。
『勝てたのはひとえに妾のお陰…と言いたいところだが………。』
あの連携攻撃を提案し、アストラに伝言させたのは他でもないグロース(ハル)だ。シュンスケやユウも、さすがはリーダーだと彼を褒めちぎった。
_ 今まで倒した偽神は、どうやらファントムXが先に仕掛けたものだったのは彼らから聞いた通りだ。以降は最初のように、まずは鎧を脱がしてからその中身を攻撃することになる。
『それにしても妙だ。』
アストラが呟くように言う。
『偽神や屑偽神は化神使い以外の他のものには見えない。害は加えることがあっても、あそこまで公になることはないはずだ……。』
そう続けた。
確かにそうかもしれない。シュンスケが覚醒してまもなく、力に慣れるために多くの偽神を狩ったが…その頃はなんとも__
「なーに難しい話ししてんだよ? ハル、ケーキ崩れてんぜ?」
シュンスケが二人の話を遮るように彼に言う。
「……え…!?」
ハルは急いで彼のもとへ行った。
『ハル、覚えているか? 魔法石のことを。』
アストラが二人が寝れる分の広さがあるベッドで横になっているハルに声をかける。
魔法石は、アカマナフと戦っていた時にハルが作り出した、力の塊ことだ。ヴィーテとレウスが時間稼ぎをしてやっと作った手のひらサイズのそれを、プライムダガーという新たな武器にはめ込むことにより、自身が強化される…らしいのだが…。
『アカマナフと戦うのなら、あれは必需な品だ。そこで、ハル…お前だけでなく、シュンスケやユウ、そしてテンにも、魔法石が作れるようにした方が良いだろう…。』
ハルはアストラが話終えたタイミングでめをつむり、そしてあっという間に眠りについた。
□ 神界にて…
異空間上にまるで島国のように広がるそこは、かつての白く美しい姿ではなく、黒く、そして禍々しくオーラを放っていた。
そこから約400光年離れたところにポツリと、神界と同じように、しかし孤島くらいの大きさしかない世界がある。これは悪しき者を隔離し閉じ込める、いわば“牢獄”だ。通称・牢界。そんな牢界の結界を破り、邪悪な魂を解放させた者がいる。その者は神界に反旗を翻し、そして“聖杯”を奪ったのだ。牢界で看守をしていた天使たちは無惨な姿で地面に伏しており、その先にある玉座に堂々と腰を下ろしているのは、その反逆者だ。
艶のない黒色の鎧_ というにはあまりにもスラッとしている_… には、メタリックな赤でラインが描かれており、腰にしているスカートにも同様に模様がついている。胸の真ん中からみぞおちにかけて紫色のクリスタルが嵌め込まれている。
「我が主よ…申し訳ございません…! 」
ボロボロの状態になっているアカマナフは、その“反逆者”に跪き、頭を垂れて詫び言を言う。彼はため息を吐き、そして赤い複眼が鈍く光を放った。
「オレ様をがっかりさせるなよ…アカマナフ……。」
反逆者の彼は立ち上がり、ゆっくりアカマナフに近付いていく。彼が一歩ずつ近づいてくる度、全身に電流が流れるように痺れていく。
「申し訳ございません! 次こそは…次こそは奴を…!」
「いいや、もういい。一度失った信頼は、今度は疑心に変わる…。キサマがまたヘマをしないと言う保証はない…。」
「で、ですが! また失敗するという確証もないはずです!」
「いや…あるね……。キサマ自身がオレ様に抱かせた、キサマへの“疑心”がそれだ…。言い訳なんぞ…聞かぬ…。」
「お願いです! 我が主よ…!!」
「オレ様の労力に見合わぬ実力は……消えろ…。」
“彼”は召喚した鎌を振りかざし、そしてアカマナフの首をスパッと切り裂いた。頭部を失ったアカマナフの体は力なく崩れ、赤色の液体を大量に流している。
「…お前が行け、メガナーダ…。こいつのようなヘマはするなよ…?」
メガナーダ、と呼ばれて現れた男は深く頭を垂れ、お辞儀する。
「ワガハイにお任せくだされ。我が主…“ネクロマス様”…!」
メガナーダはそう言って姿を消した。人間の世界へ降りていったのだ。
「人間に紛れた神々よ…キサマらを全員……八つ裂きにしてやる……。」
ネクロマスはそう言ってアカマナフの頭を踏み潰し、どこかへと去っていった。
化神 #13 罪人の魂