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天空のお嬢

『お主はいいのか?』

あの時、確かに声が聞こえた。ずっと正体が何なのかが気になって仕方がない。そして何より学校で晒してしまった数々の恥ずかしい場面……。私はどうかしてしまったようだ。

「失礼しますお嬢様。夕食の準備が終わりました。お父様がお待ちです。」

ドア越しに聞こえた執事の声が、私の思考を中断させた。

「わ、わかりました…!」

私が返事をすると、失礼しました、と言ってドアの前から立ち去ったようだ。

彼女にはもうひとつ気になることがあった。ハルが頭を撫でたことだ。

両親にもされたことはないし、ましてや他の男子からされたことなんてない。

_ 大丈夫。テンはおかしくないよ。

彼は優しく言ってくれた。

それが特別に思える。何故かは分からない。

途中でハッとし、急いで部屋を出た。


翌日。

ハルはいつものように席に着いてベルが鳴るのを待つ。隣のテンはまだ来ていないようだ。あと5分でチャイムが鳴るが…彼女はまた遅刻をするのだろうか?

空は雲っていて、今からでも雨が降りそうだ。雲の流れも速く、かなりの風があることも分かった。ぼーっと眺めていると、ガラガラと音をたて、教室の戸が開いた。

テンだ。今日は間に合って来れたようで、安心した。

彼女はスタスタと自分の席まで行くと、鞄から文房具やら教科書やらを取り出す。

「おはよう。」

落ち着いた頃に朝の挨拶をしたが、彼女の様子はやはりおかしい。ぴくっと反応し、ぎこちない様子で挨拶を返した。

「……どうかしたの…?」

彼女はハルの顔を見ないようにしているのか、目が泳いでいる。

「………??」

彼はテンのその様子を心配した。

『はぁ。やはりそうか。』

アストラが呟くように言った。

やはり…とはなにか……?

彼に聞こうとしたが、チャイムがそれを阻んだ。


「なぁ、今日は寄り道していかね?」

放課後、シュンスケはいつも通り教室にやって来た。

「寄り道だと。お前はそんなことしてるから成績が悪いんだ。」

ユウがムッとした様子で返す。

「耳がいてぇよ…。けどよ、テンの様子がおかしいわけだろ? 昨日の本人の話によればストレスらしいじゃねーか。息抜きしねぇとダメじゃね?」

「…それもある…か。」

「それに、ハルだってテンだってたまーにするしな?」

ハルはフッと笑うと、コクりと頷いて応える。しかしテンは反応せず、ぼーっとしているだけだ。

その様子に引っ掛かったハルは、テンの目の前で手をヒラヒラさせた。

「……?」

きょとんとした様子で伺う彼女を見て心配になった。

「……とりあえず、ほら、駅ん近くに有名なケーキ屋があんだろ? そこ行こうぜ!」

シュンスケがハルの顔を見た。ユウは彼に任せるとだけ言って、自分の鞄を持ち始めた。

「…テン、行く?」

「…っ…! は、はい…!」

「……?」

妙にかしこまった彼女の様子に、3人は困惑している。

そうと決まればと、シュンスケがハルの背中をポンっと叩き、自分の教室へ戻って鞄を取りに行った。やれやれと彼の背中を見送ると、ハルも自分の鞄を持つ。

出発を察したテンも、少し間を置いてから鞄を持ち、その中に教科書類をいれた。


電車に乗って目的の駅まで行く。

ここはリブルー…ハルが初めて覚醒した街だ。あの時以来に見る大きな観覧車が姿を表す。

「ケーキ屋はこの近くだ。いこーぜ!」

シュンスケがハルの手を掴んで進んだ。

ユウもそれに続き、テンはいそぎ足で着いていく。

駅構内を出て広場を過ぎると、すぐに大通りがある。様々な広告やニュース等が街頭モニターに映っていた。

以前と同じだ。この近くにケーキ屋がある…とは言ったが、どうもそれらしいものは見えない。キョロキョロしていると、とっさにシュンスケが進み出した。ハルもそれにつられて先を行く。

人混みでごった返している時間帯だ。横断歩道の信号を待つ時間が苦しく思う。

「シュンスケ…ハルを自分のペースに巻き込むな…!」

「え、あ、わり。」

ハルはヘトヘトになっていた。シュンスケの体力についていけていないのも当然だ。彼は小学生の頃からサッカーをしてきた。しかし、とある事件に巻き込まれて怪我を負ってしまい、以降彼は自主退部したのだという。とある事件…それは、彼が同じ部活の後輩に暴力を振るったというものだ。といっても濡れ衣だ。本当の黒幕は、その暴力を振るわれたと訴えた後輩だ。

どうやらハルたちが通う学校は、ユウの幼馴染であるカオリをはじめ、いじめなどによる自殺や事件が多く見られるらしい。

今のシュンスケはそんなことを気にする様子はないが、部活をやめてから謹慎を食らっていたらしく、その間、何を思っていたのかはもちろんのことだが、何があったのかは知るよしもない。だが、目の前にいる彼は完全に立ち直っているようだ。

ケーキ屋に着くと、ドアを開けて入店する。店員は彼らに微笑み、いらっしゃいませと声をかけた。


各々が選んだケーキがまとめて入れられた白い箱を、代表してハルが持って外へ出る。

「さぁて、これどこで食う?」

シュンスケがにこやかにそう言った。

それぞれが移動しながら案を出していると、アストラが何かの気配を感じたようにハルに囁く。

『この気配…アカマナフか……!』

「…この間の…?」

アストラの緊張がハルにも伝わった。辺りを見渡してアカマナフの居場所を探ってみるが見当らない。

『…ダメだ…正確な位置までは分からない…。遠くにいるのか…それとも魔法の残りか…。』

「魔法の残り…?」

『強力な魔法を使うには、その分の膨大な魔力量が必要だ。我が感じた“気配”がそれだとしたら…だとしても近くにいるはずだ…。 気を付けろ…!』

一人で警戒していると、シュンスケがそんな彼の背中をどんっと叩いた。

「お前一人暮らしだよな? お前んちで食おうぜ、これ!」

ハルは思わず目を丸くして、えっ…と声を漏らしてしまう。

「は、ハルさん…一人暮らしなんですか…!?」

驚いた様子のテンは、それでも変な調子はなおっていなかった。

気付けば話はその方向に向かっているようで、ハルは今更止めようとしても無駄だろうと察した。彼は皆を自分の家へ案内することにした。


わざわざリブルーへ向かってケーキを買い、戻ってきてハルの家でそれを食べる。定期券が無ければと思うと、財布の中身に危機感を感じた。

ハルは鞄から部屋の鍵を取り出し、それを鍵穴に差し込んで「の」の字に回した。

ドアを開けてみんなに入室を促す。

「おっじゃまっしまぁーす!」

リズム感のあるような口調でシュンスケが入っていった。それに続いてテン、そしてユウがそれぞれ入室する際の挨拶をしてから入っていく。

一人暮らしをするには少し広めな部屋で、それにしても家具やらなにやらが良いもの揃いなところにハル以外の一同は驚いていた。

「お前…こんなに金持ちだったのか…?」

シュンスケがハルに問う。

「…ここに引っ越してきたときに叔父さんが買ってくれたんだ。」

青色で妙に光沢のあるように見えるソファーにシュンスケが腰を下ろすと、ユウがすかさず彼の頭をひっぱたいた。叩かれた彼はその頭をおさえ、なにすんだ、と一言言った。

「お前、汗かいただろう。その状態で…友人とはいえ他人の家のソファーに無断で座るな…。」

「良いじゃねぇか! なぁ、ハル!」

振られた彼は少々困惑気味に頷いた。それを確認したシュンスケは、ユウに対してどや顔をして見せる。

「ハル…お前な……。」

彼がなにかを言おうとしたその時だった。

外から2~3秒ほど続いて鳴る大きな不協和音が聞こえてきた。何事かとベランダの窓を開けて外を確認するが、見渡した限りでは何もない。

しかし恐怖心を煽る不快な音は続いていた。

「お、おい! あいつら!」

シュンスケがそう言いながら人差し指で示したところには、数人の少年たちが建物の矢根を渡っていく姿があった。格好やその身体能力から同じギャングだと察することができるだろう。

「もしかして偽神か…?」

ユウが冷静に言った。

『ハル…例のアカマナフの気配を感じる…。今のお前たちではまず勝てない…。偽神狩りをして強くなっただろうが、邪神の力はそんなものではない…。そこで……いざとなったら新たなる力を使え。』

ハルにだけ聞こえるよう、彼に宿る化神が言った。

「新たなる力…?」

『だが試用も無しにその力を覚醒させるのは危険が伴う…。逃げることを優先し、それが不可能だと判断したときに力を使え。いくぞ、アカマナフはこっちだ…!』

アストラは宿主の身体を乗っとり、マンションの部屋を開けて外へ飛び出していった。

少し困惑した様子をだったシュンスケたちも彼の後に続く。ユウはその前にテンに先に帰ることを奨めてからハルを追った。



アストラ・ハルの後を追うと、次第に焦げの臭いが鼻を障る。逃げる人たちが彼らとは逆の方向、つまりこちらがわに向かって走り、駆け付けたシュンスケたちの横を通っていく。

奥には偽神と他のギャングたちが戦っていたのが見えた。それぞれがそれぞれの化神を召喚し、魔法を使って攻撃するが大したダメージにはなっていないように見える。

「お前たちは引っ込んでいろ!!」

聞いたことのある声…そうだ、あいつが…。

『アカマナフ…!!』

アストラの声から怒りを察せた。

アカマナフは腕を横に払うように振ると、偽神の周りを飛び回るギャングたちがぶっ飛ばされていった。

「殺さないだけありがたく思え、人間のガキども。」

各々背中や胸部などを強打して倒れ、変身解除されてしまう。

苦しそうにうめき声をあげる彼らにトドメを刺そうと近付くアカマナフ。アストラはハルの身体の主導権を本人に返し、変身をすすめた。

ハルは、アカマナフに対する激しい怒りを代弁しするかのように力強い声でアストラの名を呼び、全身が青い炎に包まれて変身した。

グロース。それが変身した彼のコードネームだ。

シュンスケやユウも急いで変身し、それぞれヴィーテとレウスの姿になった。

「…待っていたよ。君たちはこんな有象無象とは違う。さぁ、俺に見せてくれ。」

不気味ににやついた彼の顔が、強大な敵を相手に戦う覚悟と言うものを確立させてくれた。



「お前は先に帰っていろ。」

ユウさんにはそう言われた。私は彼らがギャングの姿になって化け物と戦うのだと察することができた。

彼らが部屋から出てから数分。私も家に帰ろうとして玄関のドアノブを握る。その瞬間、またあの声が聞こえた。

『お主はいいのか?』

__ 誰なの? 私に問いかけるあなたは一体…?

『妾はお主。そしてお主は妾。己の(しん)の声だと思えば良い。』

__ (しん)の声…。

胸の奥が熱くなってきたのを感じる。それと同時に頭がずきずきし始めた。急なことに、私は呼吸を乱してしまう。

『戦うのが怖いのか?』

心の声がきいてきた。

『それは間違っている、乙女よ。恐怖とは、未経験なことに直面したときに味わう至高の喜び。あなたはこれが初めてなんかじゃない。覚えはないかしら?』

ハルさんが覚醒したとき、いや、それよりも前から…。私はシュンスケさんやユウさんと出会ったときも懐かしい感覚を覚えていた。

『あなたの人生は父親の言われるがまま…。木偶人形のようなあなたの中身は…まさに空虚そのもの。いてもいなくても変わらない存在…。けど、そんな空っぽな器を満たした、“彼への想い”…。思い出すのよ。それがあなたの戦う理由。』

彼への…想い…。

頭痛がひどくなる。

『その反応は思い出した証拠。さぁ、改めてお主に問おうかしら?』

『お主のすべきことはなにかしら?』

私の…すべき…こと…!

私はドアノブを捻り、そこから飛び出していった。


「…んだこいつ…! 強ぇ…!!」

ヴィーテとレウスが地面に這いつくばっている。グロースはそれでもアカマナフと戦闘しているが、明らかに押されていた。

「その程度か。アストラに認められた男。」

グロースの拳を手のひらで受け止め、それをねじってやる。体制が崩れていくなか、彼はとっさの判断で銃を取り出し、左手で引き金を引く。もちろん標準が合うわけでもないため、急所を狙うことはなかった。しかし拳から手を離しただけまだ良かった。続けて回し蹴りをして牽制をはかる。頭部にそれが当たり、その威力で吹っ飛ばされた。

「流石だ。」

立て直したアカマナフは奇妙に笑っている。

『…しかたない…! 今こそあの力を…! ヴィーテ! レウス! 時間稼ぎを頼む!!』

アストラが彼らに言う。

「無茶言うなって…!今の俺…グロースほど…動ける自信…ねぇ…よ…ッ!!」

ヴィーテは、持てる力でなんとか立ち上がり、アックスを召喚して構えた。

「時間稼ぎ…? 今の俺たちには……それが…精一杯って…ところか…!」

レウスも続いて剣を抜く。

「いくぞ!!」

彼らが息を合わせてそう言うと、アカマナフへ特攻して行く。

「殺すつもりはないけどねぇ…。」

ヴィーテがアックスを振り翳す。すると、邪神は手をかざし、赤色の光を手中に集め始めた。_まずい!

しかしそれを解放しようとした瞬間、横から現れたレウスの化神であるウルグラが阻止した。

「まだそんな力が残っていたか。」

『残念だったな…! 余を召喚するのにさほどの魔力は必要ない…! 何故なら余は能力強化に特化したからだ!』

化神を召喚するには魔力が必要であり、それは化神がどれほど魔法を使えるかで大小が決まる。ウルグラは剣士であるため、魔法は多く使えない。そのため、比較的負担は少ないのだ。

「ハァッ!!」

続けてレウスが斬りかかる。アカマナフは全て避け、攻撃を仕掛けようとするが、ヴィーテのアックスに斬り飛ばされた。

「よっしゃぁ!!」

彼は大きくガッツポーズをした。

その間グロースはアストラを召喚し、自分とアストラの魔力を手のひらに集中させていた。

『…もう少しだ…!』

腕が燃えるように熱い。グロースは振り払いたくなるほどの熱さを我慢して意識を集中している。

二人の時間稼ぎがいよいよ危うくなってきた頃、やっとのことで出来上がったのは、手のひらサイズの赤色の綺麗な宝石だった。

『これは魔法石…。この中に我らの力が詰まっている! マスクに触れろ!』

グロースは言われた通り、自分がつけている白いマスクに触れる。赤色の光が指先に集まり、それを目の前に送ると、新しい形のダガーが現れた。持ち手には丁度人差し指がおける場所に引き金がついている。今まで使っていたダガーとは違うのはその時点で察することができる。

『プライム・ダガー…! 魔法石をこの窪みにはめ、手をかざせ!』

グロースはアストラの指示に従って魔法石を窪みにはめようとした。しかし、まるで磁石の同極のように反発しあい、ついには電流が腕に流れるような痛みすら覚えた。あまりの痛みに思わず両方を手放してしまい、それらが地面に転がる。

『くっ…! ここまでか……!』

アストラが諦めかけたが、グロースは諦めずに再挑戦を試みる。結果は同じだった。

悔しくて地面を殴った。

時間稼ぎをしていた二人はアカマナフにやられて今度こそ絶体絶命だ。

「さぁ、死ね。」

グロースが悔しさと怒りが混じった怒鳴り声をあげた。

そんな彼をよそに、アカマナフは笑いながらヴィーテとレウスの二人に赤色の光線を放った。



化神 #12 天空のお嬢

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