力がある理由
放課後の学校の生徒活動室。
ハルはPhantomXのみんなに全てを話し、独立する旨を伝えた。
「それじゃあハルとは敵同士になっちゃうの…?」
ユヅルが不安そうに言った。
「一度しか戦闘を共にしていないとはいえ、寂しくなるな。」
ヨーダイが続けると、リクがハルの肩をぽんと叩いた。
「お前と戦う日を楽しみにしてるぞ!」
ハルは、その言葉に頷いて応えた。
翌日の昼休み、3人で集まって話し合いをしていた。まず、ギャングチーム名を決める。チーム名は、“The Shadow”。深い意味はない。
そしてコードネームもリニューアルした。
ハルはグロース、シュンスケがヴィーテで
ユウはレウスだ。
「ビーテって言いにくくね……?」
「ビーテじゃない。ヴィーテだ。下唇に上の歯を軽く当て、吐息の勢いで発音しろ。」
「……普通は『軽く噛んで』だろ…?」
「噛むな。それと、教師どもが教えるものが全て正しいと思うな。教わったものを基に、自己流の解決法を見つけろ。」
「それができたら苦労しねぇよ……。」
「それができないから成績が悪いんだ。」
「……耳がいてぇよ……。」
渋い顔をしたシュンスケを鼻で笑うと、ハルを見てそれでいいかの確認をする。彼は頷いて答えると、そのタイミングでチャイムが鳴った。
結成から1週間が経過した日のことだった。
あれから3人で偽神を狩りながら、化神の力になれていった。シュンスケに宿るアグトの能力は以前から知っていたが、改めて見ると強力だ。3人の中でもずば抜けて攻撃に特化しているのだ。主の身体能力もあって、パワータイプにしてはすばしっこく動ける。彼は自分のその能力に慢心し始めた。確かに討伐数も彼が一番だが……。
…ハルは真の覚醒をしたとき、アストラから教えてもらったことを思い出した。
_ 偽神は繁殖のために人を殺める。それで死亡した人間は問答無用で偽神となる。
_ しかし“極稀”に、そうはならない中途半端な偽神がいる。それが屑偽神だという。
つまり今、知られていないところでたくさんの人々が殺されているのだ。
アストラはハルにこう言った。
この世界を救うには、化神の力が必要なのだと。
「なぁ、ハル。」
帰り道、途中まで同じ道を辿るため、3人は一緒に帰宅していた。
駅まであと数分のところ、シュンスケが彼を呼ぶ。返事をして振り向くと、何やら迷いがあるような顔つきだ。
「化神の力って…何のためにあんだ……?」
彼の口から発せられた疑問は、確かにここにいるなかではハルしか知らないのかもしれない。
化神の力のある意味…それは、偽神の侵略からこの世界を守ることだと思っていた。要するに人々を守ることにある、と。
「実際、何体も偽神を見てきたし、そのぶん襲われてた人々も、事件も知ってる。けど…だからってよ………?」
シュンスケが言葉をつまらせる。それを察したユウが口を開いた。
「力そのものに存在する意味はない。問題は、それを何に使うか、じゃないのか?」
「……それがわかんねぇんだよ…。お前らはあんのかよ?」
「無論、ハルについていってるだけだ。深い意味はない。」
「んだよそれ………。そんじゃあ…ハルは…?」
二人の視線がハルの目に集まった。
世界を守るため…? 漠然としているのか……。
「……俺は……。」
_ 何て言えばいいんだろう?
考えていると、やっぱりそのまま口にした方が楽だと思った。
「…人を助けたい。偽神に襲われてる人を……。」
「…見ず知らずの人のためにわざわざかよ…?」
「…だからだよ。見ず知らずの人だから、見捨てていい理由にならないだろ?」
「………………かもしれねぇけどなぁ…。」
シュンスケは微妙な反応をして見せた。
駅に着き、構内へ進むと、慌てる人々でごった返していた。何があったのかを聞こうにも、我先にと外へ出ていく。
電光掲示板に流れる文字の羅列を追うと、「未確認生物による暴走を確認! 避難してください!」とあった。
「……場所が分かれば…!」
「停止になっている電車を見るんだ。そうすればわかるかも知れん。」
ユウの提案は、彼らしく冷静なものだった。ハルたちはそれに従い、電車の予定が掲載されている掲示板を見た。場所は二駅先の町だ。
「遠くね…!?」
『変身すれば基礎能力の向上がされることを忘れたか? それに、共通してポケットにワイヤーフックがある。建物を有効に使え。』
ウルグラが教えてくれた。3人は外に出て、誰の目にもつかないところで変身する。
「行こう…!」
グロースの一言に、ヴィーテとレウスはうなずき、現場へと向かった。
駅の周辺に黒い煙が立ち上っている。
パトカーや消防車、救急車のサイレンが絶えず鳴り響く。建物の屋上から見下ろし、様子を確認する。円からまっすぐに尻尾のようなものが生えている偽神を見つけた。
「お玉じゃくし…!」
「いや、よく見ろ。エラがついている。それに、両端はヒラヒラしているから、お玉じゃくしではないだろう。さしずめ、エイと言ったところか。」
ヴィーテの発言をレウスがぶったぎった。
「いこう…!」
グロースがいうと、レウスはうなずく。2人が様子を見計らって下界へ身を投じると、すぐに化神を召喚して先攻する。
「アストラッ!!」
グロースの化神が爆炎魔法の種を投げつけ、エイの偽神の頭部に当てる。ドカンと爆発すると、激しい炎に身を焼かれ始める。
「ウルグラッ…!」
すかさずレウスの化神が剣を抜き、雷魔法を使って攻撃する。バチィッと轟くような音が耳を障る。
怯んだように声をあげる偽神は、反撃として口から氷のつぶてを吐き飛ばしてきた。
「うぁっ!!」
顔に当たらぬように両腕でガードを試みるが、顔以外の腹や膝に当たって激痛が走る。横にスライディングしてかわし、身体を確認すると、氷のつぶてが被弾した部分が少しだけ白く凍っていた。
「氷属性…アストラがいるこちらの有利か…!」
レウスが自身の腰にぶら下がっていた鞘から剣を抜き、構える。
『気を緩ませるな!』
アストラが言う。
グロースはマスクに触れ、ダガーを召喚する。
「………………。」
ヴィーテには分からない。今までやってきた偽神狩りと、今回の戦闘のなにが違うのか。また、そう感じる理由が分からない。
彼はずっと屋上から、グロースとレウスの2人がエイの偽神と戦っているのをただ見ていた。
「…分からねぇ……。あの時は生身でも勇気が出たっていうのに…今はそんなもん…どこにもねぇんだ……。あいつらは今戦ってんのに……俺は…死にたくねぇって…今ここでそれを見下ろして……。なにがしてぇんだ俺は……!」
自分の頭を抱え、戦闘を眺める。
エイの偽神は、グロースのことを尻尾で殴り飛ばす。彼は地面に二度ほど叩きつけられ、転がった。
「……………。」
ヴィーテはそれを見ていた。しかしすぐに現実を逃避するようにして目を背ける。
『逃げるのか?』
アグトがそんな彼に声をかける。
「………。」
図星のような反応を見せた。
それが答え…だということに自分も気にくわない。両の頬を叩き、自分を無理矢理鼓舞させると、軽く準備体操をし始めた。
「…つーか……俺みたいな奴は考えても無駄か……。」
ヴィーテは助走をつけ、建物の屋上から身を投じる。彼の背後から現れた人の形をした牛は、雄々しい咆哮をあげながら、手に持っている大きなハンマーを振りかざした。
ハンマーは見事にエイの偽神の背中に当たり、それによって地面に激しく叩きつけられた。
「ヴィーテ…!」
「待たしちまったなレウス、グロース……!」
3人は今一度武器を構え、エイの偽神と対峙する。
「俺があいつの動きを止める…。まずは尻尾を切り落とせ…!」
リーダーのグロースがそう言うと、ヴィーテとレウスの二人は互いをみつめ、頷くとすぐにそれぞれに散っていった。
正面にいるグロースは、ダガーをぎゅっと握り、相手を睨み付ける。耳をつんざくような鳴き声をあげ、エイの偽神は突進してきたので、タイミングを見計らってその背中に乗り移り、バランスを保つ。振り落とそうと躍起になる偽神の背中にダガーをぶっ刺し、そうはさせまいとふんばる。
こうして暴れさせ、疲弊させるのだ。
しばらくするとバテはじめ、ゼェゼェと呼吸する。
「今だ!」
グロースが合図すると、たちまちレウスが駆けつけ、尻尾に斬りかかった。
青色の血液が飛び散り、それが彼の衣装に付着する。
尻尾は固く、切り落とすまでには至らなかった。それを確認した彼が大きく舌打ちをする。
「任せろ!」
ヴィーテが大きなアックスを担ぎ、斬り込みの入った尻尾まで駆けつける。
「どりゃぁあ!」
アックスを振りかざし、全身の力をこめるイメージで一気に振り落としてやる。すると、先程よりも大量の血液が溢れ流れてきた。ドサッと落ちた尻尾がピチピチと暴れる。
尻尾をなくしたことでバランスを崩した偽神の背中を降り、その拍子にゼトネス(爆発魔法)をぶちこんだ。
ドカンと爆発し、もくもくと上がる黒い爆煙が晴れる頃には偽神は討伐されていた。
「よし…!」
グロースが嬉しそうに小さくガッツポーズをした。
しかしすぐに何かの気配を察知し、警戒しだす。その様子をみた二人も連なって武器を構える。
まばらな拍手をしながら1人の男が近付いてきたのだ。
「素晴らしい……。つい最近覚醒したばかりとは思えない動きだったよ。」
灰色のシャツの上から紺色のスーツを着た、いかにも紳士的な男性だ。髪は黒色で、かなり遊ばせている。
「…貴様、何者だ。」
レウスがその男性に問う。
「俺はアカマナフ…。今は名前だけ覚えていてくれたまえ、少年。」
アカマナフと名乗った男は、不気味ににやつきながらそう答えた。
『…………!!』
アストラやウルグラ、アグトが反応を示した。
「…おや、なるほどね。それなら君たちの活躍にも納得が行く。」
彼はより不気味に笑み、そう言った。
「近々再び会うだろう。その時はまたよろしく頼むよ。」
アカマナフは一瞬で姿を消した。
「な、なんだったんだ…? あいつ…?」
ヴィーテが二人の様子を伺う。
「さぁな…だが…ウルグラたちの反応から察するに、敵対しているようだな…?」
レウスの中からウルグラが飛び出し、半透明で青白く輝く彼は続けた。
『アカマナフ……悪の思想を具現化した姿…いわゆる邪神だ…。』
「邪神…だと…? …偽神や屑偽神、虚神などの種類がいたが…それとはどう違う…?」
レウスの問いに答えたのは、ウルグラではなくアストラだった。彼はウルグラのように半透明の姿を現し、続けた。
『邪神は全ての元凶だ。偽神を作るためにたくさんの人間を殺めているのが、奴ら…“邪神”だ。そしてそれを統率するのが、それの王だ。自称だがな……。』
「あいつとはどういう関係だったんだ? 全員反応していたが……。」
『それは今は話すことではない。が、これだけは言えよう。奴らはこの人間界を狙っている。邪神を倒すんだ。』
アストラはそう言うと、彼とウルグラはそれぞれの宿主に戻った。
アカマナフ…邪神……。
一体なんなんだ……??
化神 #10 力がある理由