【92】GREAT SINNER -大罪を犯した異界人-
「束縛のマギアだと……! お前たち、彼をどうするつもりだ!?」
カガからの質問にシュタージの女が答えることは無い。
そうこうしている間にもマギアの効果で動けない僕は縄で両腕を縛られ、どこかへ連行されそうになっている。
「(ジュリエットさんはシュタージの下っ端に絡まれてるし……カガさん、何か打つ手は無いの?)」
何とかして僕を助けようとしてくれているルシールはカガの隣へ近付き、周囲に悟られないよう耳打ちしながら意見を求める。
「(奴らは傲慢不遜な連中だ。このタイミングであれば奇襲を仕掛けられるかもしれない。もっとも……そんなことをしたら最後、この国には居られなくなるだろうな)」
打開策はあるが、それはシュタージを敵に回すことになる――と指摘するカガ。
しかし、その忠告を無視しルシールはマギア詠唱を始めようとしていた。
「待て! 何をするつもりなんだ!?」
「私は……あの子を助けるわ! 『アクアジェット』!」
カガの制止よりも先にルナールのマギアロッドから水属性マギア「アクアジェット」が放たれ、僕を拘束し終えたシュタージの女をびしょびしょに濡らす。
「ええい、ままよ! こうなったら開き直るしかない!」
もはや取り返しのつかない事態になってしまったと腹を括り、束縛のマギアを解除するために回復マギア「ヴァニッシュ」を唱えるカガ。
ヴァニッシュは使用者の周囲に残っているマギアの影響を消滅させる効果があり、その対象には束縛のマギアこと「アルカトラ」も当然含まれている。
「お……やった!? 身体が動くぞ!」
カガのおかげで自由を取り戻した僕は名弓「シルバーアロー」を回収し、ルシールたちと合流して態勢を整えるのだった。
「クソッ、下手に出ていれば調子に乗りやがって……!」
顔に掛かった水を拭き取ったシュタージの女は、遠目から見てもよく分かるほどキレていた。
僕とルシールとカガはフォーメーションを組み直し、突破口になり得る脱出ルートを探し始める。
「総員、この反逆者どもを粛清せよ! 異界人以外は殺しても構わん!」
ジュリエットを包囲している部下たちに対し命令を出すシュタージの女。
だが、彼女の指示に従う者は一人もいない。
……いや、正確には指示を復唱できる状態ではなかったのだ。
「悪いね、お前の部下は全て無力化させてもらった」
「こ、この短時間で……全滅だと!? たった3分で12人の同志が……冗談ではない!」
「ほんの少し眠ってもらっているだけさ。私はお前らと違って人殺しに興味は無い」
動揺するシュタージの女に対しニッと笑い掛けた後、ジュリエットは表情を引き締め大剣を構え直す。
そして……!
「ジェレミー君、ここは私たちが引き受ける! 君はどこまでも遠く――シュタージでさえ辿り着けない場所まで逃げるんだ!」
スターシア人にとってシュタージに目を付けられるということは、極端に言えばスターシア王国を敵に回すことに等しい――。
にも関わらず、ジュリエットたちは自己保身よりも僕の無事を願ってくれているのだ。
「ジュリエットさん……!?」
「マーセディズと約束したのさ。君が真実を見つけるために協力する……とな」
おそらく、リリーフィールド市内には緊急事態宣言が出され、もうしばらくしたらシュタージや王都防衛隊の増援が迫って来るだろう。
立ち話をしている余裕はもはや残されていない。
「事情はよく分からんが……何かやるべきことがあるんだろ? ならば、私はそれを応援するさ」
「私たちのことは心配しないで! いつかまた……その時はちゃんと事情を説明してね!」
カガとルシールによる後押しを受け、僕はついに走り出した。
地面に倒れている黒ずくめの集団をかわしつつ、全速力で関係者用出入口へと駆け込む。
「(カガさん、ルシールさん……そしてジュリエットさん。あなたたちを後悔させないよう、必ず『空の柱』へと辿り着いてみせます!)」
通路にいる関係者たちを退かし、ひたすらに外を目指す。
この通路の先にあるのは……!
「あッ……!」
遅かった……。
関係者用通路はアンフィテアトルム裏手の馬車停車場に繋がっているのだが、そこには既に王都防衛隊の増援が待ち構えていたのだ。
「もう逃げられんぞ異界人! 大人しく我々の指示に従えば、命だけは保証してやる」
王都防衛隊の隊長らしき人物が投降を促してくるが、こんなの嘘に決まっている。
重装備で「降参しろ」と迫ってくる連中の言葉など信用に値しない!
「……もし、最後まで抵抗するつもりだとしたら?」
僕が挑発するようにこう聞き返すと、王都防衛隊の隊長はムッとした表情を浮かべながら剣を抜く。
「言葉を慎め、小僧。その首を今すぐ斬り落とし、国王陛下の御前に突き出してくれようか」
「嫌ですよ……そんな悪趣味な国王には会いたくない」
「こいつ……! 言うに事を欠いて国王陛下を侮辱したな!」
スターシア王国における最大のタブー――王族批判を行ったことで、この瞬間から僕は「大罪を犯した異界人」となった。
「愚か者が……大罪人らしく、醜く残酷にこの大地から消え失せろッ!」
王都防衛隊隊長の号令と共に彼女の部下たちも剣を構え、大罪人を粛清すべく突撃を仕掛けてくる。
「ああ、消え失せてやるさ……だが、それは今じゃない!」
数十人もの剣士を敵に回すことになったが、僕は決して慌てていなかった。
なぜならば……。




