【89】FINAL MATCHⅡ -決勝戦序章-
「それでは、ロイヤル・バトル最終予選決勝戦を開始します。10、9、8、7、6――」
審判のリタによるカウントダウンが始まり、僕とカガは互いにファイティングポーズを取りながら試合開始に備える。
八百長で負けなければいけないとはいえ、最初のラウンドぐらいは全力で戦うつもりだ。
「――5、4、3、2、1……ファイトッ!」
リタの右手が力強く振り下ろされ、八百長試合の幕が切って落とされる。
接近戦に長ける高機動戦士のカガが猛ダッシュで間合いを詰めてくる一方、弓矢による遠距離戦が得意な僕は風属性マギア「デモンズロー」で風の壁を作り、その隙に詰められた間合いを離す。
一進一退の駆け引きを繰り広げていく中、チャンスを掴んだのは僕のほうであった。
「ええい、ちょこざいな……!」
いつまで経っても接近戦に持ち込めなかったカガはついに痺れを切らし、愛剣の「ズイカク」を僕に向かって投擲する。
それ自体はかわせるので問題無いが、厄介なのはここからだ。
「おっと! カガ選手のこの動きは……初戦で見せた空中殺法の再現でしょうか!?」
「フィールドの壁に突き刺さっているカタナを足場に飛び上がり、遠隔操作で呼び寄せた後再び攻撃を仕掛ける――動きを読めれば対処できるはずだが、実際にやられると意外にかわすのは難しいね」
実況解説者とジュリエットの予想通り、カタナを踏み台代わりにして宙を舞うカガ。
この技自体は初戦で使っていたのを見ているので、僕はそれを思い出しながら名弓「シルバーアロー」の弦を引く。
「当たれぇッ!」
これは当然の話だが、翼を持たない人間は空中では軌道をコントロールすることができない。
つまり、未来位置を予測できれば確実に矢を命中させられるというわけだ。
「フッ、当たらんよ!」
しかし、カガの実力は僕の予想を少しばかり超えていた。
間一髪のところでカタナを手元まで呼び寄せた彼女は矢を切り払い、勢いそのままに急降下攻撃を仕掛けてくる。
「くッ……!」
わざと負けるのなら攻撃を受けてしまっても良かったが、僕は反射的にダガーを取り出し斬撃を受け止めていた。
「やるな少年! 決勝まで勝ち上がってきた実力は伊達ではないというわけか!」
僕のことを称賛しながらも攻撃速度を徐々に速めていくカガ。
このまま猛烈なラッシュで追い込みを掛ける魂胆なのだろう。
「(どうするジェレミー? 守ってばかりじゃ押し切られるぞ……!)
負けなければいけないのに、僕の頭は無意識のうちに「勝つこと」を考えてしまっていた。
カガの連続攻撃は正確且つ高速であり、僕に得意な間合いへ誘い込むための隙を与えない。
そうこうしているうちに何度も鍔迫り合いを繰り広げてきたダガーが刃こぼれし始め、16回目の切り払いを行った瞬間「ガキンッ!」という音を立てながら刀身が砕けてしまう。
「このラウンド、もらったぞッ!」
僕の脳天を目掛けて振り下ろされるカタナ。
「(ここで適当に攻撃を受けて降参すれば……!)」
怪我を防ぐために防御態勢を取ろうとしたその時、僕の右手首にはめられているマギアバングルの宝玉が緑色に光り輝き始める。
その輝きは僕に対して「勝利を掴め」と轟き叫んでいるようであった。
魔力の奔流は敗北など決して許さない。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!」
考えるよりも先にサイドステップを繰り出すことでカガの袈裟斬りをかわし、僕は叫び声を上げながら彼女の腹に向かって右アッパーを放つ。
「ふぐぅッ!?」
魔力を上乗せしたパンチの威力は凄まじく、急所に痛打を受けたカガはよろめきながら地面に倒れ込むのだった。
「あーっと! ジェレミー選手、華奢な体格からは想像できない一撃でカガ選手をダウンさせたーッ!」
カガ優位と見られていた状況を一転攻勢で逆転させたことに対し、それが信じられない観客たちはどよめき始める。
吐血しながらも意識を保っていたカガはスタッフの肩を借りて立ち上がり、選手控室の方へと姿を消す。
「いやぁ、今のは思わず椅子から腰が浮き上がってしまいましたよ! 絶体絶命のピンチをたった一撃の右アッパーで文字通り打ち砕き、ラウンドを先取してしまうなんて!」
「うむ……最初のほうは何となく動きが鈍かったが、あれは油断を誘う心理戦だったのかもしれない。ナイフが折れてからの流れるような動作は見事だった」
実況解説者とジュリエットによる第1ラウンドの総評を聞き流しつつ、僕も次のラウンドに備えるべく選手控室まで戻るのであった。
次のラウンドの準備と言っても、ダメージを受けていない僕がやるべきことは多くない。
強いて言えば、消費した矢と折れてしまったナイフの補充が必要な程度だ。
ルシールが用意してくれた「運動中の水分補給に特化した飲み物」で身体を潤しつつ、僕は第2ラウンドの開始を待つ。
「女性のお腹にパンチするのはあまり感心しないわねえ……」
「でも……これは勝負ですから」
「そうね……まあ、あの娘はプロテクターを入れてたみたいだし大丈夫――」
そんな遣り取りを交わしていたその時、フィールドの方から突然悲鳴のような叫び声が聞こえてくる。
「ッ! 今の悲鳴は何なの!?」
「外のスタッフに話を聞いてきます!」
「私も行くわ! さっきの悲鳴……ただ事じゃなさそうよ!」
僕とルシールは互いに顔を見合わせながら頷き、装備を手に取りフィールドへと向かう。
そこで僕たち二人は衝撃的な光景を目の当たりにすることになったのだ。




