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【EX4】THE BOOK -一冊の小説-

 ジェレミーとその妻であるフランシスとの素朴な夕食を楽しんだ後、アスカは老夫婦の娘が使っていた部屋へと案内される。

現在は誰も使っていない部屋とのことだが、古臭い家具や年代物のポスターは綺麗に手入れされていた。

「娘さんは天文学がお好きだったのですか?」

天井に貼られている太陽系の図を見上げながらフランシスに尋ねるアスカ。

これ以外にもスペースシャトルの模型や宇宙飛行士の集合写真など、老夫婦の娘が「星の海」を愛していたであろう証拠は部屋のあちこちに見受けられる。

「ええ、うちの娘は子どもの頃からグリニッジ天文台に連れて行ってもらうのが好きだったの。まさか、あの時は本当に戦闘機パイロットからNASAの宇宙飛行士になるなんて思ってもみなかったけど……」

感慨深げにそう答えつつポケットからスマートフォンを取り出し、保存されている一枚の写真を表示させるフランシス。

その写真には蒼い惑星をバックにピースサインを決める、NASA所属の宇宙飛行士の姿が写っていた。


 アスカは老夫婦の娘――現在世界に一人しかいないイギリス人宇宙飛行士について詳しく聞きたかったが、時間が夜遅いこともあり今日は早めに休むことを決める。

「『2001年宇宙の旅』に『異星の客』、そして『永遠の終り』――随分と古典的なSF小説ばかりね」

ベッドへ入る前に何か本を読みたいと考え、彼女は書物がびっしりと詰め込まれている本棚を物色していく。

宇宙飛行士志望だけあってSF小説を愛読していたのか、本棚の一番手に取りやすい高さには名作として知られている作品がズラリと並んでいる。

電子書籍化の普及によりデータではない「本物の本」が作られることが殆ど無くなった今、この本棚に収められている書物を(しか)るべき所へ持って行ったらどれほどのプレミア価格が付くだろうか?

……いや、資料的価値を考えれば値段を決めることはできないかもしれない。

「『1984年』『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』『星を継ぐ者』――少し新しめの作品も置いてあるわ」

本来の目的を完全に忘れ、歴史ある図書館の(ごと)き様相を(てい)している本棚をじっくりと見ていくアスカ。

やがて、彼女の視線はとある一冊の書物へと注がれる。


「ん? この本は……?」

アスカの興味を引いた本のタイトルは日本のマイナーSF小説「スターライガ」――ではなく、そのシリーズの隣に置かれている少々地味な作品。

「タイトルは……『私が異世界転生していた時の話をしよう』――これって!?」

そのタイトルから何かを感じ取ったアスカはすぐに本を取り出し、クルクルと回しながら表紙及び背表紙を確認する。

この本自体は初めて見たが、タイトルだけはどこかで聞き覚えがあったからだ。

どこかで……それもつい最近聞いたはずなのだが。

「作者名は……ジェレマイア”ジェレミー”・マクラーレン! そうか、これがあの人が異世界で経験してきたことを書き記した本なんだ!」

昼間にジェレミーと交わした会話を思い出したアスカは「私が異世界転生していた時の話をしよう」を片手にベッドへ飛び込み、仰向けになりながら本の表紙をめくるのであった。


 「私が異世界転生していた時の話をしよう」――。

この本はジェレミーの実体験を彼自身が書き起こした作品とされているものの、どれが真実でどれが脚色なのかを判断する手段は無きに等しい。

事実、キャラクター名や固有名詞の多くが現実世界の言語に由来していることを理由に「この作品は完全なフィクションである」と主張する人々も決して少なくないという。

彼らの言い分では「異世界と我々の世界が類似した言語を使っているとは思えない」とのことだが、逆に言えばその反論を完全証明することもできないはずだ。

「(まあ、マクラーレン先生は元々文系ではなかったことを考慮すると、文章力はこの程度のレベルかしら)」

ジェレミーの凡庸(ぼんよう)な文章力については軽くあしらいつつ、「異界の地」と名付けられている第1部を読み進めていくアスカ。

率直に言うと文章力は文学部を専攻する彼女のほうが上だが、ジェレミーが直接書いたであろう文章からはフィクション作品には無い一種の「リアル」を感じ取ることができた。

これはジェレミーが噓偽りの無い「真実」を正直に書いているからに他ならない。

「(時間はあるし……寝落ちするまで読み進めてみましょうか)」


 結局、ファンタジー小説としての完成度には所々疑問を抱きつつも、アスカは本当に寝落ちしてしまうまで「私が異世界転生していた時の話をしよう」を読み続けるのだった。

【グリニッジ天文台】

イギリスで最も有名だと思われる天文台。

天文台としての役割は1990年代末に終えており、それ以降は宇宙に関する博物館として利用されている。

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