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【87】FINAL OPTION -壁の向こう側-

 リリーフィールドを取り囲む「ウォール・オブ・リリー」の真下に掘られた隠し通路を抜けると、その先には満天の星空が広がっていた。

ここはリリーフィールドとアーカディアの間に位置する西キングフィッシャー平野。

スターシア王国最大の面積を誇る平野の西側だ。

昼間の晴れた日であれば地平線の先まで見通せるほどの平地だが、今日は新月の夜なので残念ながらそれほどの視程は得られない。

「……よし、周囲に敵はいないな。出てこい奴隷ども」

状況確認のため一足先に外へ出たローレルは周囲の様子を確かめ、安全だと判断した彼女は奴隷ども――マーセディズとキヨマサについて来るよう促すのであった。


「こんな真夜中にキングフィッシャー平野へ出てきたのは初めてだ」

「意外だな、マーセディズさん。ここは一応地元なんだろ?」

「地元と言ってもボクはリリーフィールドの一等地で生まれ育ったからな。町中のスラム街はもちろん、城壁の外も子どもが出歩くには危険すぎると言い聞かされていたから、この辺りの地理はギルドの訓練で足を運ぶまで全く知らなかった」

キヨマサに向かってマーセディズが思い出話をしていると、それを聞いていたローレルは口の前に人差し指を立てるジェスチャーで静粛を求める。

「静かにしろ……数十メートル先のキングフィッシャー街道にはシュタージか王都防衛隊の連中がいる。あまり物音を立てるなよ」

連れの二人が静かになったことを確認し、隠し通路の出入口を覆い隠すように生えている大木の幹をコンコンコンと叩くローレル。

「起きてるか? 『ロミオ』と『シンデレラ』を連れて来たぞ。ここから先はお前に託す」

彼女が頭上を見上げながらそう囁いた次の瞬間、ガサガサという木の葉が擦れる音と共に黒い影が下りてくるのだった。


 木の上から下りてきた黒い影――いや、人影はローレルとグータッチを交わし、彼女から逃がし屋の業務を引き継ぐ。

「悪いな、お二人さん。アタシはお前らの仲間たちの脱出も手引きしなくちゃいかんから、ここでお別れだ」

キヨマサとマーセディズの仲間たち――ジェレミーとシャーロットの脱出も請け負っているローレルはリリーフィールド市内へ戻り、可及的速やかにそちらの準備をしなければならない。

もちろん、依頼達成の条件である「4人を確実にリリーフィールドから脱出させること」を満たさなければ報酬を貰えないため、ここから先は信頼できる仲間へ大仕事を任せることにしたのだ。

プロフェッショナルとしての誇りがあるローレルは自分自身の手で最後までやりたかったが、スケジュールが押している以上ワガママは言ってられなかった。

「んじゃ、アタシはもうそろそろ撤退させてもらう。事情はよく知らねえけど……目的を果たすまでは死ぬなよ」

「当然だ……俺たちにはやらなくちゃいけないことがある!」

「へッ、頑張れよクソガキ君――いや、キヨマサ!」

キヨマサの力強い返事を聞いたローレルは安心し、彼らに手を振りながら隠密マギア「ステルス」を詠唱。

職業柄このマギアを使いこなしているのか、気が付くと彼女の姿は完全に消え去っていた。


「オレはセリーナ、ローレルとは昔からよくつるんでいる逃がし屋仲間だ」

ローレルから業務を引き継いだ人物――セリーナは簡潔な自己紹介を行いつつ、キヨマサ及びマーセディズと握手を交わす。

荒くれ者じみた風貌からも想像できる通り、その言葉使いもなかなかにワイルドだ。

「しかし……スターシアン・ナイツの騎士様が夜逃げとは世も末だな」

「いや、ボクは目的を果たしたら必ずリリーフィールドへ戻る。だが、こいつは違う。彼はどこまでも遠く――シュタージが絶対に追いつけない場所まで逃げなければならないのさ」

スターシア王国最優秀ギルドであるスターシアン・ナイツの関係者がこそこそ動く状況を(いぶか)しむセリーナに対し、逃がしてほしいのは自分ではないと切り返すマーセディズ。

「ま、オレら逃がし屋は報酬さえ貰えれば顧客の事情は関係ねえ。こっちに来な……依頼主から提供された移動手段を待機させてある」

そう言いながらセリーナは例の大木から少し離れ、地面にしゃがみ込むと擬装用のカーペットを力強くめくり上げる。

カーペットの下にはそこそこ広く深い穴が掘られており、その中には2頭のユニコーンと1羽の鳥型モンスターが待機していた。


 2頭のユニコーンのうち、栗毛の個体についてはマーセディズたちは何も知らない。

この個体は逃がし屋たちが共同飼育しているユニコーンであり、「隠密性と速度を両立した移動手段」として活用されている。

一方、もう片方の白毛が美しい個体と鳥型モンスターについては明らかに見覚えがあった。

「ピッピリッピーッ!」

「アスカ!? お前……ノエルさんに預けたつもりだったのに、ついてきちまったのかよ?」

鳥型モンスター――リリーフィールドへ来る前にファミリアとして仲間にしていたアスカを抱きかかえ、困惑しながらも彼女の頭を優しく撫でるキヨマサ。

危険な逃避行には連れて行かないつもりでノエルの屋敷に置いてきたのだが、白毛のユニコーンと一緒についてきてしまったらしい。

「ここまで来たら仕方あるまい。この逃避行に最後まで付き合ってもらおうじゃないか」

その様子をユニコーンの首筋を撫でながら見守るマーセディズ。

彼女に大変よく懐いているユニコーンの名はエンツォ。

マーセディズの実家で乗馬用ユニコーンとして余生を送っている、現役時代に無数の勝ち星を挙げてきた伝説の競走馬である。


「なあ……このユニコーンは依頼主が提供してくれた奴なんだが、こんな老いぼれが本当にアーカディアまで走れるんだろうな?」

現役時代は連戦連勝を誇った名馬とはいえ、ユニコーンとしては高齢であるエンツォの脚力に疑問を呈するセリーナ。

それに対し彼女が騎乗する栗毛の個体はかなり若く、身体能力的には今が絶頂期だと言える。

「フッ、それは実際に走って確かめるんだな。こいつは競走馬としての走り方――そして、かつて『カヴァリーノ・ランパンテ』と呼ばれていた頃の誇りをまだ失ってはいない」

そんな懸念は必要無いとエンツォの背中へ(またが)りながら答えるマーセディズ。

知らないうちに新調されている手綱(たづな)を握り締め、後ろに座るキヨマサがしっかり掴まっていることを確認する。

「こうしていると、父上と一緒に初めて乗馬した時を思い出すな……さあ、もう一度大地を駆けてみせろ!」

「ヒヒーンッ!!」

マーセディズが痩せ細った身体を(かかと)で刺激してあげた次の瞬間、エンツォは力強い(いなな)きと共に穴から飛び出し、セリーナを置き去りにするほどの加速で草原を駆け抜けるのだった。


 結局、ノエルの作戦にまんまと引っ掛かったシュタージはキヨマサを見つけきれず、夜を徹しての捜索にも関わらず何の成果も得られなかったという。

【カヴァリーノ・ランパンテ】

ミナルディ共和国の言葉で「跳ね馬」を意味する。

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