【8】HOMEWARD -険しい帰り道-
僕とキヨマサは軽々とした足取りで高台を駆け上がる。
「おお……!」
「良い眺めだろ? この景色を見れるのは冒険者の特権だからな」
高台の頂上へ辿り着くと、グッドランドの町並みや周辺に広がる森を一望できた。
頬に吹きつける春風がとても心地良い。
もし弁当を用意していたならば、最高のピクニックを満喫できたはずだ。
あいにく、今回は水と簡素な携帯食料しか持っていないが……。
僕たちが登った高台を地元の人は「デイモンの丘」と呼んでいるらしい。
この「デイモンの丘」はさほど広くなく、少し歩き回るだけで目的の宝箱を見つけることができた。
「うわぁ……汚い宝箱だなあ」
木製の宝箱は長年野晒しにされていたのか、手を付けるのを躊躇うほど朽ち果てている。
金属製の枠は完全に錆び付いており、本気で殴ったら壊れてしまいそうだ。
「それ、俺が実技試験を受けた時より更に朽ちてるな。まあ……団長が一応確認しているはずだから、開けても問題は無い……と思う」
さすがのキヨマサも戸惑っているが、開けないという選択肢は無い。
先ほど貰ったマギアダスターで手を覆い、僕は意を決して宝箱をこじ開ける。
宝箱の中には一枚の真新しい紙切れが入っていた。
どう見ても最近放り込まれた物である。
「これが『証拠』になるのか?」
紙切れ以外は何も入っていなかったため、実技試験の合否を司る「証拠」はおそらくこれだろう。
「ああ、間違い無い。こいつはただの紙切れではないんだが……それは無事に持って帰れば分かる」
キヨマサによる確認が済んだところで往路は無事に終了。
あとは往路をそのまま逆走し、グッドランドのギルド本部まで戻るだけだ。
現時点で既に1時間ほど経過しているが、復路は下り坂なので40分程度で町へ辿り着けるらしい。
「待て、ジェレミー」
来た道を戻るべく歩き出そうとした時、後ろにいたキヨマサから呼び止められる。
声が聞こえた方を振り向くと、彼は眼下の森にある開けた場所――先ほどまでフォックスバットと戦っていた場所を指差していた。
「あれが見えるか? お前がヤったフォックスバットの死体に別のモンスターが群がっている」
じっくりと目を凝らしてみる。
……確かに、大量の中小型モンスターが餌の匂いに誘われ集まっているようだ。
「マギアダスターで拭き取ったとはいえ、お前には血肉の匂いが僅かに残っているだろう。その状態であそこに近付いたら……後は分かるな?」
キヨマサが言いたいことはすぐに理解できた。
肉食性のモンスターからすれば、今の僕は「美味しそうな匂いが付いた生肉」と言っても過言では無い。
残念ながら「食べないでください!」と訴えても彼らには通じないであろう。
「往復で同じルートを使えという規則は無い。これは俺の個人的な提案だが……帰りは別ルートを使うべきだと思う。無論、判断はお前に任せるが」
地図のおかげでここまで来れたとはいえ、この森の特徴について僕は全く知らない。
一方、グッドランド周辺を活動領域としているキヨマサは、少なくとも僕よりは土地勘が有るはずだ。
「うん、肉食動物のど真ん中を突っ切るのはさすがに無茶だ。君の言う『別ルート』で帰ろうか」
「よし、帰りは俺が先導する。少々足場が悪い道になっているから、しっかりついて来いよ」
この時の僕たちには全く予想できなかった。
まさか、キヨマサの判断が大凶と出てしまうとは……。
往路よりも足場が悪い「別ルート」を進みながら、僕たちは帰りを急ぐ。
ある程度人が通っている痕跡が見受けられた往路に対し、キヨマサが提案した復路はどちらかと言うと獣道そのものであった。
少なくとも、人間が使うのに適した道とは言い難い。
「ねえ、本当にこの道で大丈夫なの?」
「安心しろ、例の開けた場所を迂回したら往路と合流する」
行く手を阻む藪を小振りなカタナで切り払いつつ、キヨマサはとにかく前へ突き進んでいく。
困ったことに彼の歩く速度が結構速く、この辺りの地形に慣れていない僕はどうしても遅れがちとなってしまう。
「……!」
何の躊躇いも無く木々の間を抜けていたキヨマサが突然立ち止まり、僕の方を振り返る。
「どうしたの?」
僕からの問い掛けに対して周囲を見渡した後、彼はこう答えるのだった。
「ただならぬ気配を感じるんだ……急ぐぞ!」
そう叫ぶとキヨマサは僕の右手を掴み、狭い獣道を早足で駆け抜ける。
地形を知り尽くした彼と歩調を合わせるのはなかなかに辛い。
「ちょ、ちょっと待って! 説明を!」
「お前の匂いを嗅ぎつけたモンスター――それもかなりの大物が近くにいる。おそらくだが……この森で一番強いヤツかもしれない」
この森で一番強い大物――。
それを聞いた僕は走りながら周りの様子を確認する。
特にモンスターがいそうな様子は……いや、自分たちのモノではない物音が確かに聞こえた!
「運が無いな、お前」
別に僕の責任では無いと思うが。
「いずれにせよ、広い場所へ抜けたほうが良いな。周囲の気配に注意しつつ進むぞ」
キヨマサの歩くペースは更に速まり、最終的には全力疾走へと変わっていた。
木々の姿がまばらになっていく。
「森を抜けるぞ! 明るさに幻惑されるな!」
視線の先に広がるのは往路で通った道。
道無き道を突破した僕たちの前に待ち構えていたのは……。
「ガルルルルゥ……!」
「バゥッ!」
臨戦態勢のフォックスバット2体が行く手を阻む。
どうやら、森の中を無理矢理通過しているうちに先回りされてしまったらしい。
「話し合いは無理そうだ……仕方ない、ここは倒すしか!」
「違う! 俺が察知したのはこいつらじゃない!」
僕がショートボウを構えようすると、慌て気味にそれを制止するキヨマサ。
いつもなら「やられる前にやれ!」などと言うはずなのに……一体何が起きているのか。
「……!? 大物が来るぞッ!」
「大物!?」
彼が声を張り上げる理由はすぐに分かった。
ドスンドスンドスン――という大きな足音が地響きと共にどんどん近付いて来る。
後方が発生源であると悟った僕はすぐに後ろを振り返る。
そして、その正体を見て思わず戦慄することになったのだ。
森の中から勢い良く飛び出して来たのは、フォックスバットを一回り以上大きくしたような巨大モンスターであった。