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【81】DARK CLOUDS -暗雲が立ち込めた日-

 相手が信頼するに足るかを図る時は、真っ直ぐ相手の目を見ろ。瞳の奥底を見据えれば相手のことは分かる。目を合わせてから視線を逸らしたり、瞳が濁っているような奴には絶対に心を許すな――。


「一連の問題が終わった後、ノエル師匠が私に授けてくれた最後の教えだよ。彼女曰く『人間の瞳はその者の内面を映し出す鏡のようなモノ』とのことで、私もそれを実践するようになってから悪い奴に騙されることは無くなった」

空になったティーカップを片付けながらジュリエットは語る。

「ジェレミーたちの出自が分かったのもそれが理由ですか」

「ああ、本来いるべき世界についてまでは分からないがね。ただ……彼らは『一般的な異界人』とは少し事情が異なるようだ」

「え?」

それを聞いたマーセディズの動きがピタッと止まる。

ジュリエットがジェレミーとキヨマサに対して抱いた「違和感」の正体とは……?


 自身とマーセディズの分の紅茶を淹れ、再びソファに腰を下ろすジュリエット。

「これは異界人の研究をしている知り合いから聞いた話なんだが、異界人の中には本来の記憶と肉体を失ってしまう者がごく稀に現れるらしい」

「……それ、賢者レガリエルから聞きましたよ」

「賢者だって? 君、賢者レガリエルに会ったことがあるのか!?」

驚きの表情を見せながら詰め寄ってくるジュリエットを冷静に制止し、マーセディズは賢者レガリエルと邂逅(かいこう)した時のことについて簡潔に説明する。

本来の記憶と肉体を失ってしまった異界人――。

ジェレミーとキヨマサがその「少数派」に当てはまっていることまで包み隠さず話す。

もちろん、「このことを決して口外してはいけないという」という警告付きである。

「――分かった、君が話してくれた真実は胸の内に留めておこう。その代わり、私に手伝えることがあったら気軽に相談してくれ。この町ではそれなりの影響力を持っているから、多少は力になれるはずだ」

事情を知ったジュリエットはマーセディズと握手を交わし、新たな協力者として可能な限りサポートすることを誓うのであった。


「キヨマサ君、明日の準決勝は頑張ってね。もちろん、知り合いだからって贔屓はしないわよ」

「分かっていますよ。依怙贔屓(えこひいき)で掴んだ勝利には何の価値もありませんから」

出入口まで見送りに来てくれたリタに別れを告げ、僕とキヨマサは雨に濡れないよう急ぎ足で迎えの馬車に乗り込む。

ノエルが所有しているこの馬車は所謂(いわゆる)「高級車」であり、周囲の人々の注目を少なからず集めていた。

……自分の所有物じゃないので、まるで虎の威を借る狐みたいで少々恥ずかしいのだが。

「おや? マーセディズお嬢様はどちらへ?」

「ジュリエットさんと何か話し込んでいるみたいです」

「ほう、あのロイヤル・バトルの絶対王者とですか?」

馬車を運転する御者の人に事情を説明していると、僕たちが出てきた出入口からマーセディズその人が現れ、流れるような動きで僕の隣に乗り込んでくる。

「すまない、ロビン。待たせてしまって悪かったな」

「大丈夫ですよ、お嬢様。私もたった今到着したところですから」

遅れてきたことを謝罪するマーセディズをフォローしつつ、御者のロビンはすぐに馬車を発車させるのだった。


「マーセディズさん」

「何だ?」

アンフィテアトルムを発ってから数分後、僕はマーセディズに対し質問をぶつける。

「アンフィテアトルムに居残ってたみたいですけど、ジュリエットさんと何を話していたんですか?」

「お前とキヨマサが異界人だとバレた理由についてだ」

もしかしたら答えをはぐらかされるかもしれないと思っていたが、彼女は意外なほどあっさりと密談の内容を打ち明けてくれた。

「おいおい、部外者にバレてしまって大丈夫なのか?」

キヨマサがそう心配するのも無理はない。

僕たちが滞在しているリリーフィールドは歴史的に保守派が強いと云われており、彼女らの多くは異界人を含む「外人」を嫌悪しているらしい。

先日も解放奴隷のコミュニティと王都防衛隊が大規模な武力衝突を起こし、数名の死者が出たというニュースが流れたばかりだ。

異界人は存在自体が滅多に表に出ないため、こういった荒事には巻き込まれていなかったが、保守派のお膝元で出自がバレてしまったらどうなることか。

「少なくともジュリエットさんは信頼できる」

心配無用だと僕たちを気遣うマーセディズであったが……こういう時に限って悪い事は起こるものだ。


「(そういえば、さっきから黒塗りの馬車がずっとついてきてるな……)」

僕は先ほどから後方を走る馬車の存在が気になって仕方ない。

思い切ってマーセディズに尋ねてみようかと思ったその時、彼女は後ろを振り返り運転中のロビンと何やら話し始める。

「ロビン、後ろにつけている馬車は『シュタージ』の連中だな?」

「ええ、そのようですね」

シュタージ?

初めて聞く組織名だが、マーセディズの表情を見る限り味方ではなさそうだ。

「振り切れそうか?」

「この辺りは地元の知り尽くした道です。少し荒っぽい走りでよければ、必ずや振り切ってみせましょう」

「ああ、構わん。シュタージの連中……何が目的かは知らんが、ウチの一族を敵に回さないほうが身のためだぞ」

「分かりました……! キミ、アントニオ、全力疾走だ!」

ロビンに鞭を入れられた2頭のユニコーンが(いなな)き、屈強な脚力を活かして馬車を加速させる。

陽が落ちて周囲が暗くなっていく中、2台の馬車による追いかけっこが始まろうとしていた。

【外人】

スターシア語における「外人」は非常に差別的なニュアンスが含まれており、使用することは好ましくない言葉とされている。

そのため、単純に非スターシア人を指す場合は「外国人」という表現が適切である。


【解放奴隷】

「功績による恩赦」「主人の死去に伴う従属関係消滅」といった理由により制限市民権を得た元奴隷のこと。

リリーフィールドの下町には解放奴隷たちのコミュニティがあり、「完全な市民権の獲得」を目指すデモ活動が時折行われているという。


【王都防衛隊】

王都リリーフィールドの治安維持を担う警察組織。

装備は暴徒鎮圧及びモンスター討伐に特化しており、対外戦争はあまり考慮されていない。

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