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【80】EYE TO EYES -目を見れば分かる-

「……ジュリエットさん、少しお時間をよろしいですか?」

「ああ……別に構わないが」

事の重大さを察したマーセディズはジュリエットの右腕を掴み、彼女を引き連れながら選手控室から出て行こうとする。

「ちょっと! お二人ともどこへ!?」

「大人同士、真剣なお話をするのさ! ジェレミーたちは先に帰っててくれ! 今日の午後のプログラムは延期なんだろ?」

リタの問い掛けに対しそう答えると、マーセディズとジュリエットは急ぐように部屋から立ち去っていく。

その様子を僕たちはただ見届けるしかなかった。


「はぁ、スケジュール変更で打ち合わせしなくちゃいけないのに……困ったわね」

運営側の人間も色々と事情があるのか、リタは突然の出来事に深いため息を()く。

だが、そこはさすがプロフェッショナルと言うべきか。

「……君たち、今日はもう帰るんでしょ? だったら関係者用通路の出入口まで送ってあげるわ」

そう言いながら僕たちの方を振り返った時、彼女は先ほどまでため息を吐いていたとは思えないほど柔らかな表情をしていた。

「いいんですか? ジュリエット選手たちを追いかけなくて」

「そのうち戻って来ると思うから大丈夫よ。それより、アンフィテアトルム周辺が帰りの観客でごった返す前に宿屋へ戻ったほうが良いと思うわ」

キヨマサからの質問に優しげな笑顔を浮かべながら答えるリタ。

試合中(=仕事中)に笑う姿は一度も見なかったが、本来は穏やかで心優しい女性なのだろう。

彼女の厚意に甘え、荷物の整理を終えた僕たちは3人で関係者用の出入口まで向かうことにした。


 一方その頃、マーセディズは「用件は私の控室で聞こう」とジュリエットに促され、情報漏洩のリスクを考慮し彼女の提案を受け入れた。

「まあ、雨で冷えてきたから温かい紅茶でも飲むといい。ここと提携している茶園から送られてくる茶葉は高級品だからね」

現場入りする前に沸かしていたお湯を再び温め直し、慣れた手つきで2人分のホットティーを淹れていくジュリエット。

「お待たせ、まずはこれでも飲んで落ち着いてくれ」

「ええ、それではお言葉に甘えて……」

念のため毒薬などが仕込まれていないか匂いで確かめるマーセディズだったが、そういったモノは含まれていないと判断し紅茶をすする。

……差し出されたのは、至って普通の美味しいホットティーであった。

「さて……身体が温まってきたところで本題に移ろうか。私に何か聞きたいことがあるんだろう?」

ティーカップをテーブルの上に置き、本題へ入るよう促すジュリエット。

マーセディズが問い詰めなければならないことはただ一つ……!

「ジュリエットさん……なぜ、ジェレミーが異界人だと知っている?」


「フッ……」

その質問に対するジュリエットの答えは「鼻で笑うこと」だった。

「何がおかしい……!?」

「いや……ジェレミー君と黒髪の少年、あの二人の目を見ればすぐに分かることだからね」

少し気が立っているマーセディズを(たしな)めつつ、ジェレミーとキヨマサを異界人(いかいびと)だと見抜いた理由を説明するジュリエット。

「少年たちの瞳――彼ら自身は覚えていないかもしれないが、あの目は私たちが知らない世界を見てきた目だ」

ここでマーセディズの頭の中に一つの疑問が浮かぶ。

ジュリエットが異界人ではなく、純粋なスターシア人であることは彼女も知っている。

異界人の研究者でもあるまいし、なぜジェレミーたちの出自を一目で見抜けたのだろうか?

その答えはジュリエット自身が明かしてくれた。


「……マーセディズ、君は今年でいくつになった?」

「は? えっと、20歳になってしばらく経ちますけど……それが何か?」

ジュリエットの質問の意図を理解しかねていたマーセディズだったが、別に隠すことでは無いので正直に答える。

「20歳か、まだまだ若いね」

「それは否定しませんが……しかし、その事と(くだん)の発言には何の関係が?」

未だに真意を図れていないマーセディズがそう聞き返すと、ジュリエット(30歳)はティーカップを持ったままスッとソファから立ち上がり、ようやく「ジェレミーが異界人だと分かった理由」を語り始める。

「私とリタの生まれ故郷は貧しい農村だったが、家族や村の人たちは素朴で優しかった。きっと、みんな欲が無かったからだろう。少なくとも、あの頃の私は世界中の人たちがそうなんだろうと思っていた」

ジュリエットの脳裏に生まれ故郷の風景が浮かび上がる。

一面に広がる黄金色のトウモロコシ畑の中を、従妹のリタと共に駆け回った懐かしい幼少期――今となっては遠い昔の日々を思い出していた。


「一攫千金を夢見て王都へと上京した私は、ロイヤル・バトルの世界で大成功を収めたことで富と名声を手に入れた。だが、ある時から私の周りには金目当ての『イエスマン』たちがうろつき始めるようになった。奴らは私のことを『田舎生まれで世間知らずなチョロい小娘』と侮っていたんだろう。残念だが……それは事実だった。あの頃に騙し取られた金はいくらになるかな……」

ジュリエットの昔話を聞いたマーセディズは少なからず衝撃を受ける。

なぜなら、そういったアンフィテアトルム選手の問題は滅多に世間へ出回らないからだ。

確かに、プロモーターやマネージャーの中には犯罪組織と共謀し、悪事を揉み消す大悪人もいるらしいが……。

「実家への仕送りにも困るほどの状況になったところで、私はようやくノエル師匠に相談したんだ。そしたら、いきなりコツンと頭を叩かれたんだよ――『どうしてもっと早く相談しなかった!?』ってね」

「アハハ……それは確かに父上らしい」

「ノエル師匠は一族お抱えの優秀な弁護士に依頼し、不条理な契約を全て見直させることに成功した。その後も師匠は私を守るために信頼できる人材を紹介してくれた結果、甘い蜜を吸えなくなった『イエスマン』たちはいつの間にか姿を消した。もし、師匠が手を差し伸べてくれなかったらと思うと……寒気がするよ」

残っていた紅茶を全て飲み干し、ティーカップを置いたジュリエットは最後にこう告げるのであった。


「『相手が信頼するに足るかを図る時は、真っ直ぐ相手の目を見ろ。瞳の奥底を見据えれば相手のことは分かる。目を合わせてから視線を逸らしたり、瞳が濁っているような奴には絶対に心を許すな』」

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