【79】BLITZKRIEGⅣ -雷鳴の先の結末-
「ふー……ふー……ふーッ……!」
肩を激しく上下動させ、肺の奥底から息を吐き出すエリノーラ。
彼女の右腕には矢が深く突き刺さっていた。
「……」
咄嗟に手に取っていた魔盾「ラーズグリーズ」を下ろす一方、僕は名弓「シルバーアロー」はまだ収めない。
審判が止めない限り戦いはまだ続いており、その状態ではあらゆる攻撃が有効打として扱われるからだ。
「どうした! 僕はまだ戦えるぞ……!」
勝利を確実なモノとするため、余裕の態度を見せることで僕はエリノーラの戦意を削いでいく。
競技の場において相手に必要以上の苦痛を与えたくはない。
自分より年下の少女であれば尚更のことだ。
これで彼女が諦めてくれればいいのだが……。
「――まだだ、まだ終わってはいない……!」
駆け寄って来た審判から耳打ちされた直後、それを肩で押し退けながらエリノーラは僕の方をキッと睨みつける。
この動作を見れば分かる通り、彼女の両腕はもはや戦闘に堪えられないレベルの怪我を負っていた。
にもかかわらず、戦意を失うどころか逆に勝利への執念を露わにするエリノーラ――。
その「諦めない気持ち」だけは僕の負けかもしれない。
「もう止めるんだ! たかが試合なんだぞ……これ以上ボロボロになるまで戦い続けて何になる!?」
「そんな決定権……あなたには無いでしょ! いててッ……いつまで戦うかは、私自身が決める……!」
降伏勧告を拒絶したエリノーラは流血で紅く染まっている右腕を無理矢理動かし、最後のダガーを握り締めファイティングポーズを取る。
「ああっと、エリノーラ選手は諦めが悪い! 審判の制止を振り切り戦い抜くつもりでしょうか!?」
「……」
暫しの沈黙の後、席から立ち上がったジュリエットは廊下のスタッフに指示を出すのであった。
「おい、試合を強制終了させるよう審判団に伝えろ! 私の名義でだ! このままじゃ死人が出るぞ!」
僕とエリノーラは互いにファイティングポーズを取り、相手の出方を窺い始める。
一時は試合終了のような雰囲気になっていたためか、戦いが終わらない状況に戸惑う観客の姿もちらほら見受けられる。
「うん……? あ、あれは……審判団と警備係です! 試合を終わらせるために動員されたのでしょうか!?」
その時、フィールドの運営スタッフ用出入口から審判団の人と大量の警備係が現れ、統率の取れた動きで瞬く間にエリノーラを取り囲む。
「おい、ジェレミー! 大丈夫か!」
「ええ、僕は大丈夫ですけど……一体何が起こってるんです?」
僕とセコンドエリアから駆けつけたマーセディズは蚊帳の外に置かれているが、どうも審判団はエリノーラを説得しようとしているらしい。
事実、審判団の偉い人とエリノーラはかなり真剣な表情で話し込んでいた。
審判団の判断によって選手控室へ戻され、そこで試合の判定結果が出るのを待ち続ける僕とマーセディズとキヨマサ。
外は雨が本降りになっており、とてもじゃないが立っていられる状況ではなかった。
「――判定にもつれ込む理由が理解できん。あの勝負、勝っていたのはどう見てもジェレミーだったぜ……なあ?」
「……大人の事情ってのがあるのさ。ここはリリーフィールド――言うなれば上流階級のお膝元だ。あとは分かるだろう?」
「ケッ……所謂『ホームタウンディシジョン』ってヤツか」
キヨマサとマーセディズが対応の遅さに愚痴を言い合っていると、僕たちの選手控室に誰かがやって来る。
白地に黒色のラインが入った服を着ているその姿には見覚えがあった。
「お疲れ様です、ジェレミー選手。今大会の主審を務めているリタという者です」
「あ、あなたは……?」
「ええ、試合の判定結果について報告しに参りました」
自己紹介をしながら審判――リタは上着の内側から2枚の紙を取り出し、それを僕へ手渡すのだった。
「これは……!」
紙の一番上には他の文字よりも大きいサイズで「試合結果報告書」と書かれている。
1枚目には対戦カードやフィールドの状況、2枚目には全3ラウンドの大まかな試合展開と最終判定が記されていた。
気になる最終判定は……「ファイターナンバー44番の勝利」。
つまり、正式な効力を持つこの報告書は僕が勝者――ロイヤル・バトル最終予選のファイナリストだと明記していたのだ。
「やったな、ジェレミー! 初参加で決勝まで進めるとは……お前、もしかしたらアンフィテアトルム選手としての才能があるのかもしれん」
「ま、こいつの勝利は火を見るよりも明らかだったがな。とにかく、俺は燃えてきたぜ! 午後の試合で絶対に勝って、明後日の決勝戦ではお前と戦うからな!」
僕の肩越しに報告書の内容を確認し、決勝進出の喜びを分かち合ってくれるマーセディズとキヨマサ。
だが、それを見ていたリタは少し困ったかのような表情を浮かべている。
なぜかと言うと……。
「午後のプログラムは明日へ延期になったよ。これから雨対策をしないといけないから、今日は帰って休息を取ってくれ」
そう言いながら選手控室に入って来たのはなんとジュリエットだった。
彼女はリタの背中をポンっと叩いた後、僕たちの所へ歩み寄り一人ずつ握手を交わす。
「久しぶりだね、マーセディズ。ノエル師匠――君の父上は元気にしているかい?」
「ボク……あ、私の父を知っているのですか?」
「ああ、私は君の父上から戦い方を学んだからね。私が剣を握りたいと思ったキッカケは、ノエル師匠の勇姿に憧れていたからだ」
マーセディズは子どもの頃からジュリエットとは知り合いであるが、彼女が父親に師事していたことは初耳であった。
「それは初耳です。ああ……父は元気にしていますよ」
自分が知らなかった意外な人間関係に驚かされつつも、父ノエルの現況を伝えるマーセディズ。
「そうか……余裕ができたら久々に顔を出さないとね」
師匠の近況を聞いたジュリエットは感慨深げに何度か頷くと、今度は僕の方へ近付き少しだけ腰を落とす。
「ほう……なるほど、じつに良い目をしているね――まるでこの世の者とは思えない」
彼女が最後に一言付け加えた瞬間、僕は選手控室に緊張が奔ったように感じた。




