【78】BLITZKRIEGⅢ -執念のラストアタック-
「(厄介そうな拳闘士や槍騎兵を他の選手が負かしてくれたのはいいけど、まさかあんな素人相手にここまで苦戦させられるなんて……!)」
想定外の強敵との最終ラウンドに備え、選手控室にて試合再開まで精神統一を行うエリノーラ。
裕福な家庭で生まれ育ちながらも貧困層の苦境を目の当たりにした結果、あえて義賊になる道を選んだ彼女の戦歴はプロフェッショナルに相応しい。
討伐対象とされていたモンスターや悪名高い賞金首を数多く仕留め、2~3か月前には行政府が手を焼く悪徳商人の逮捕に貢献したこともある。
その実力は「エリノーラの名を聞いて恐怖しない悪党はアマチュア」と評されるほどだ。
周囲はもちろん、本人でさえジェレミーのような素人には負けないと考えていたが……。
「(降ってきたな……この小雨、吉と出るか凶と出るか……)」
まだ午前中だというのにアンフィテアトルムの上空は薄暗い雲に覆われ、ぽつぽつと小雨が降り始めていた。
雨を避けるために僕は熱心なファンが投げ込んでくれたポンチョを身に纏い、エリノーラが入場してくるのを待ち続ける。
冷たい雨が体力を奪うことは以前の戦いで散々思い知らされている。
これもまた相手の心理戦なのかもしれない。
「さあ、Aブロック準決勝もいよいよ最終ラウンド! 泣いても笑ってもこれが決勝進出を懸けた最後の戦いとなります!」
「エリノーラ選手はクロークを脱いできたね。あれが彼女の『本気モード』というわけか。左肩の負傷――事実上左腕を使えないというハンデを抱えているが、その状況下でどう戦うのか楽しみだ」
ジュリエットが指摘している通り、入場してきたエリノーラは彼女の特徴であった黒いクロークを着用していない。
そのため、左肩に巻かれた白い包帯が露わになっていた。
言うまでも無いが、その原因を作ったのは第2ラウンドで僕が放った「コンコルドアロー」である。
「それでは、Aブロック準決勝最終ラウンドを開始します。10、9、8、7、6――」
降りしきる小雨がフィールドを濡らす中、僕とエリノーラはファイティングポーズを取って試合開始に備える。
アンフィテアトルムのフィールドの水捌けは良いはずだが、このまま雨が続いたら地面の状態が悪くなってしまうだろう。
そうなった時には実戦経験豊富なエリノーラのほうが優位に立つ可能性がある。
可能ならばコンディションが悪化する前に決着を付けたいところだ。
「――5、4、3、2、1……ファイトッ!」
審判が右手を振り下ろした次の瞬間、先手を打って動き出したのはエリノーラだった。
「前のラウンドでは不覚を取った……だけど、今回はそうはいかない!」
彼女は初戦で使用していた補助マギア「カゲロウ」を発動し、多数の分身を生み出していく。
焦る必要は無い。
分身に対する最も有効な対処法は……複数の分身を巻き込める範囲攻撃で消してしまうことだ!
瞬く間に僕の周りを囲い込む黒髪の少女の分身。
おそらく、この中の一人が本物のエリノーラのはずだ。
「「「これで決める!」」」
姿のみならず声まで複製できるほど、彼女は「カゲロウ」を上手く使いこなしている。
だが、焦っているのか攻勢に転じるタイミングが少し早すぎたのかもしれない。
ダガーを握ったエリノーラの分身が仕掛けてくる瞬間を見計らい、僕は予め溜めておいた魔力を開放させる。
「掛かったな! 『スターフラッシャー』!」
僕の全身を覆っていた魔力の光が四方に放たれ、貫いた分身を次々と消滅させていく。
今回初めて使用したこのマギアの名は「スターフラッシャー」。
一度集束した魔力を四方八方に撃ち放つ、授けてくれたノエル曰く「特定の属性に依存しない」強力な攻撃マギアである。
「ジュリエット選手、今の攻撃マギアを見ましたか!? あのマギア……属性が分かりませんね?」
「ああ……!」
試合に集中していた僕は知る由も無かったが、「スターフラッシャー」を見たジュリエットは思わず立ち上がっていた。
なぜなら、彼女もまたこの希少な攻撃マギアの使い手だったからだ。
「(スターフラッシャー……現代で使いこなせるのはノエル師匠と私だけだと思っていたが、なぜあの少年が……?)」
僕やキヨマサと同じようにかつてノエルに師事し、一流の戦士になるべく彼女の下で修行を積んでいたジュリエット。
ノエルの娘であるマーセディズとシャーロットが親とは異なるジョブを選んだため、ジュリエットはノエルの剣技を受け継ぐ唯一の弟子となっていた。
「――ジュリエットさん! どうしたんですか!? そんな呆然として……」
「……いや、あのマギアについて考えていただけだ」
実況解説者からの問い掛けに対し、素っ気無い反応で返答しながら席に着くジュリエット。
だが、彼女の中の疑問は時間が経つごとに膨れ上がる一方であった。
「分身がかき消された!? くッ、冗談じゃない……!」
貴重な魔力を消費して生み出した分身の大半を消し飛ばされ、僕に聞こえるほどの声量で悪態を吐くエリノーラ。
初見であの分身殺法を見せられたら対応できなかったかもしれないが、彼女が出ていた第2試合を観察していたおかげで何とか対処することができた。
「(残りの分身は少しだけ……ならば、ここからはしらみ潰しに本体を探し出せば!)」
分身の数を減らしたのはいいものの、本体が大きく動かないと見破ることは難しい。
そこで、僕は数少ない分身を魔力消費の少ない攻撃マギアで一体ずつ潰していく。
運が良ければ本体に当たるかもしれないし、仮に命中しなくても何かしらの回避行動を取るはずだからだ。
「これか? こっちのほうか? いや……こいつだな!」
1体目と2体目の分身は片手で放った「ソニックブーン」が命中した瞬間消滅する。
だが、3体目だけは攻撃を最小限の動きで回避してみせた。
……間違い無い、この3体目が本物のエリノーラだ!
「こうなったら……相討ち覚悟で仕留めてやる!」
「敵を射抜けッ! 『コンコルドアロー』!」
分身を全て消されたエリノーラはそれ以上の小細工を止め、残された力を全て振り絞り最後の一撃に懸ける。
一方、鍔迫り合いでは押し負けると判断した僕は至近距離からの「コンコルドアロー」で迎え撃つ。
決勝進出と互いの執念を懸けたラストアタック――その戦いの結末は……?
【ポンチョ】
スターシア王国より更に南方――南半球の部族に由来する衣服。
奴隷として連れてこられた彼女らが着ていた服が広まったとされており、平民や冒険者の間では手軽な雨具として普及している。




