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【76】FULL ARMORED -誕生、フル装備ジェレミー-

「お疲れ様、ジェレミー」

選手控室に帰って来た僕のことを(ねぎら)い、汗を拭くためのタオルを投げ渡してくれるマーセディズ。

「まあ……たかが1ラウンドを奪われただけじゃないか。まだ慌てるような時間じゃない」

「ええ、それはいいんですけど……でも、根本的な対策を打たないと第2ラウンドでも二の舞を踏むだけですよ」

「うーん……」

スピード型のエリノーラに対する明確な対抗策がなかなか思い浮かばず、僕とマーセディズはどうにかしてアイデアを捻り出そうとしていた。

「……なあ、ジェレミー。第1ラウンドの直接的な敗因は何だと思う?」

「ええっと……速攻で先手を打たれたこと?」

突如質問を投げ掛けてきたキヨマサに対してそう答えると、彼は首を横に振りながら「答え合わせ」を始める。

「それもあると思うが、俺個人としてはお前の近接戦闘における対応力の低さが大きいと睨んでいる」

「そう言われても……僕は剣術が向いてないから弓矢を使ってるわけだし」

「対戦相手がお前の事情なんか知ったことかよ。とにかく、今のラウンドでお前の弱点は完全にバレてしまったわけだ」

「うぅ……」

ごもっともな指摘を受けて僕が思い悩んでいたその時、キヨマサは烈火刀「ヨリヒメ」を収めた(さや)をそっと目の前に差し出すのであった。


「これを貸してやる。あの嬢ちゃんのダガーぐらいなら容易に弾けるはずだ」

烈火刀「ヨリヒメ」――。

キヨマサの保護者にあたるアナベルが餞別(せんべつ)として彼に授けた、一品物のカタナ。

これまでの戦いにおいていくつもの勝利を掴んできた名刀であり、今では完全にキヨマサの手に馴染んでいた。

「でも……これは君にとって命の次に大切な武器だろ? そんな気軽に貸し出していい物なのかい?」

彼の計らいを謝絶しながら返却しようとすると、今度は半ば強引に「ヨリヒメ」の鞘を押し付けてくるキヨマサ。

「親友が困っているから貸そうとしてんだよ。アナベルが俺にこのカタナを授けてくれたのは、俺の為だけじゃない――」

その途中で僕に背中を向け、恥ずかしそうに頭を掻きながらキヨマサは言葉を続ける。

「『そのカタナを【友情の剣】とし、己と仲間を守る力として振るえ』――きっと、アナベルはその為に授けてくれたんだろう。だから……お前にも『ヨリヒメ』を振るう権利はあるはずだ」

友情の剣――。

キヨマサの本気を悟った僕は「ヨリヒメ」の鞘をギュッと握り締め、今度こそ彼の計らいを受け入れるのだった。

「……ありがとう、キヨマサ」


 僕としては何気無い感謝の言葉だったはずだが、それを聞いたキヨマサはなぜか赤面しながらあらぬ方向へ口笛を吹き始める。

「ふ、フンッ……必ず勝てよ、ジェレミー。何度も言うが俺は決勝でお前と戦いたいんだ」

そう言い残すと彼は「外の空気でも吸ってくるか」と呟きながら選手控室から出て行ってしまう。

「青春ってのは良いもんだな……」

「ええ……男同士の友情というのは尚更(なおさら)甘美な味ですね」

「……んん?」

メディカルチェック要員として控室にいたルシールと共に僕たちの遣り取りを見守っていたマーセディズ。

ルシールの不穏な発言に対する動揺を隠しつつ、彼女は僕のもとへ近付いて左肩をポンっと叩く。

「ま、まあ……ああいうのは置いとくとして、だ。ボクからもこれを特別に貸してやろう」

「なんで試合に出ないのに武具を持って来てるのか」と尋ねる暇も無く、マーセディズは普段愛用している盾――魔盾(まじゅん)「ラーズグリーズ」を背中から外すのであった。


「そんな……盾なんて一度も使ったこと無いのに、いきなり手渡されて使いこなせるわけないですよ」

スターシア王国に限らずこの世界では一般的な防具として普及している盾だが、自分の手足のように扱うにはある程度の練習を必要とする。

「ラーズグリーズ」のような一品物であれば尚更のことだ。

「なーに、そこまで心配する必要は無い。ボクの戦い方を見てきたんだから、その真似事をするだけで十分だ。大切なのはヘタクソでもしっかりと構えること――そして、盾を信頼してやることの二つだな」

そう説明しながら僕の左腕に「ラーズグリーズ」を装備してくれるマーセディズ。

「お前が『ラーズグリーズ』の護りを信じた時、彼女は必ずやそれに応えてくれるはずだ」

魔盾――。

魔剣や聖剣の斬撃さえ防ぐ堅牢度を誇るが、着用者の意志が弱ければ逆にその心身を(むしば)んでしまうという。

マーセディズがその「代償」を知らないとは考えにくいため、おそらく彼女は僕が魔盾を使いこなせる可能性に賭けているのだろう。

……ならば、彼女の期待に応えてみせようじゃないか!


 名弓「シルバーアロー」を右手、烈火刀「ヨリヒメ」を左手にそれぞれ握り締め、魔盾「ラーズグリーズ」の装備位置を背中へ移した僕はアンフィテアトルムのフィールドに戻る。

「あれ……? ジェレミー選手、装備をガラリと変えてきましたね?」

「ああ……何と言うか、ごった煮のフル装備みたいな感じだ。彼が自ら望んでやったものとは考えにくいから、おそらくはセコンドの薦めによるものだろう。この装備変更がどう影響するか興味深いね」

実況解説者とジュリエットですら困惑を隠せない中、僕は観客たちの好奇の目を気にすること無くフィールドの中央に立つ。

奇しくも僕とエリノーラが入場するのはほぼ同タイミングであった。

「……随分と(まと)まりの無い装備ね。でも、いくら強い武具を身に付けても使ってる人が弱いんじゃ意味無いわよ」

「我ながらそう思うよ……だからこそ、君の言う『纏まりが無い装備』で勝たなきゃいけないんだ! このカタナと盾には……僕の勝利を待っている人たちの想いが詰まっているから!」


 この第2ラウンドを落とすことは絶対に許されない。

審判が試合開始の合図を告げた瞬間、僕は「ヨリヒメ」を振りかざすために前へ駆け出していた。

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