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【7】FIRST BATTLE -初陣-

 往路についてはとても順調だった。

地図と方位磁針を活用することでスムーズに歩みを進め、少し切り立った岩場も何とか自力で登り切れた。

僕の身体は一見すると少女のように華奢だが、意外なほどタフにできているらしい。

体力的にはまだまだ余裕がある。

「もっと手こずると思っていたが……結構良いペースで進んでいるな」

懐中時計を確認しながらそう教えてくれるキヨマサ。

「だが、時間よりも重要なのは無事に帰ることだ」

「ああ、分かっているつもりだよ」

間違い無い、彼の言う通りだ。

命が金で買えないことぐらい、記憶喪失者の僕でも知っている。


 森の中をしばらく進んでいると、木々がまばらな開けた場所に出てきた。

何となくだが、この世界で目を覚ました場所と少し似ている気がする。

「こういう開けた場所は、自然に形成されるものでは無いらしい。まあ、どうでもいい話だがな」

「確かに……ちょっと異質な感じだ」

違和感を抱きつつもそのまま通り過ぎようとした時、突然背後から右肩を掴まれる。

「ひゃいッ!?」

驚きのあまり女の子のような悲鳴を上げてしまう僕。

「待て、右の森の中から物音が聞こえた。モンスターがいるかもしれん」

僕の後ろにいる人間など一人しかいない。

そう、キヨマサだ。

「さっさと弓矢を取り出せ。後ろから噛み付かれるよりは、真っ向勝負で迎え撃つほうが安心だろう」

どうやら、彼はモンスターの足音を察知できるほどの聴力を持っているらしい。

言われるがまま新品のショートボウを手に取り、モンスターの出没を待ち構える。

「来るぞ! 不意打ちに注意しろ!」

キヨマサが叫んだ次の瞬間、森の中から2つの黒い影が飛び出して来るのだった。


 黒い影の正体――それはまるでキツネのような姿をしていた。

「あれは……?」

「フォックスバットか。そこまで強いモンスターではないが、油断し過ぎると噛み付かれるぞ」

僕の見立て通り、あのモンスターはキツネに近い何からしい。

理由は分からないものの、彼らは牙を剥き低い唸り声を上げている。

背中を見せたら今にも飛び掛かって来そうな状態だ。

「縄張りのラインを踏んだな。一度怒らせるとなかなかに厄介だから、ここは力尽くで退けるべきだ。さあ、お前の実力を見せてもらおうか」

傍観を決め込むキヨマサによると、フォックスバットは強くないモンスターだという。

だが、僕はまだ一度も戦闘経験が無い。

彼にとっては単なる雑魚かもしれないが、僕にとっても戦い易いとは限らないのだ。

「……分かったよ。あれを倒せないようじゃ、ギルド入りなんて夢のまた夢ってことだろ?」

「その通り。世の中には俺より強いモンスターがごまんといる」

そんなことを思いつつ僕はショートボウを構え、キツネ型のモンスターに狙いを定めていた。


「ジェレミー! 右のヤツの動きに気を付けろ!」

本来なら前衛を務めるべきキヨマサはあえて後ろに下がり、僕の初陣を見守るつもりらしい。

フォックスバットは接近戦を主体とするモンスターらしく、こちらを睨みつけながらジリジリと間合いを詰めてくる。

キヨマサの言う「右のヤツ」は好戦的な性格のようで、隙あらば攻撃に転じるつもりなのだろう。

一方、落ち着き払っている片割れの動向も気になるところではある。

「クォォォォォン!」

最初に仕掛けてきたのはフォックスバットのほうだった。

鋭い咆哮を上げながら彼(?)は地面を蹴り、3mを優に超えるであろうジャンプ力を見せつける。

もちろん、ジャンプ攻撃の着地点は僕が立っている場所だ。

「ッ!」

弓を引いても間に合わない。

ここは回避へ専念し、敵との距離を稼ぎ出すことにした。

だが……。


「(くッ……2体目も動き出したか)」

キヨマサは戦いに参加しないと判断したのか、状況を静観していたもう一体のフォックスバットが行動を開始する。

2体のモンスターは連携が上手く取れており、僕に弓矢を使わせる隙を与えない。

獣のくせになかなか賢い奴らだ。

1体目の噛み付き攻撃をかわして弓を構えようとすると、2体目が相方をフォローするように僕の行動を邪魔してくる。

こっちも「お目付け役」が働いてくれればなあ……。

彼が戦闘でやっていることといえば、安全な後方から時折アドバイスを送るぐらいだ。

「マギアだ! マギアで吹き飛ばしてやれ!」

ほら、またアドバイスを――待て、今のはかなり重要なヒントじゃないのか?

「でも、マギアって『ロッド』が無いと使えないんじゃ?」

「初歩的なものなら素手でも使えるはずだ! とにかく、弓を引けるだけの時間を稼げばいい!」

そうだ、この世界にはマギアがある。

自分が風属性マギアを扱えることは分かっているので、せっかくだから実戦で使ってみるのも悪くない。

マギアを使う時はビジョンをイメージする――そうだ、強風で巻き上げるなんてのはどうだろう。

「すぅ……!」

フォックスバットたちが迫り来る中、僕は深呼吸を行い集中力を高める。

身体の周りにいい風が吹いている……よし、これならいける!

「吹き飛べッ!」

力強くそう叫んだ直後、使用した僕自身をよろめかせるほどの強風が2体のモンスターを空高く打ち上げるのだった。


 足をバタつかせながら空に放り出されるフォックスバットたち。

「今だ! お前の矢を撃ち込んでやれ!」

キヨマサに言われるまでも無い。

体勢を立て直した僕はすぐにショートボウを構え、空中で身動きの取れないモンスターへ狙いを定める。

たった1回のマギア使用でそれなりに体力を消耗してしまったため、先ほどのマギアを連発することは難しいだろう。

度を越した連発は命に関わるとマーセディズが言っていた。

つまり、この一撃で確実に1体は仕留めなければならない。

「(確実に……狙い撃つぞ!)」

マギアの効果が働いているのか、モンスターの落下速度は物理法則を無視したかの如く遅い。

この程度の速度なら十分捉えることができる。

焦らなくてもいい。

僕はしっかりと弓を握り、浮足立つフォックスバットの頭部だけを見据える。

徐々に下降していくターゲットの位置、風向き、使用する矢の特性――。

全ての要素を頭に入れ、ここぞというタイミングで弦を引いていた右手を離す。

「当たれぇッ!」

心地良い快音と共に放たれた矢は空中を突き進み、モンスターの脳天を貫いていた。


 急所に矢を撃ち込まれたフォックスバットはピクリとも動かなくなる。

あいつはもう死んだ。

残る1体は何とか着地に成功し、物言わぬ(しかばね)と化した仲間を心配そうに見つめている。

先に襲ってきたのはあちらだが、僕の心は「生まれて初めて命を奪った」という罪悪感に支配されていた。

「(人間じゃなくてよかった――とは言い難いな)」

そんなことを思っていると、もう1体のフォックスバットと視線が合う。

彼の瞳は……深い悲しみと激しい憎悪を以って僕を睨んでいるように見える。

「気を付けろッ! 仲間を殺されてムキになっているぞ!」

「グゥゥゥゥゥッ!!」

キヨマサの警告とフォックスバットの咆哮はほぼ同時であった。

大気を震わせるほどの雄叫びを上げ、モンスターは僕の方へと突っ込んで来る。

速いうえに迷いが無い……!

これではショートボウを構えることも難しい。

「横に避けろ! まずは間合いを取るんだ!」

必死に叫ぶキヨマサの声が状況の深刻さを物語っていた。

「くッ……!」

彼のアドバイスに従い、モンスターが目前まで迫って来たところで右へサイドステップを行う。

突進攻撃をかわされながらもフォックスバットは地面を滑りつつ向きを変え、再び攻撃態勢へと移る。

マズい、これはさすがにかわし切れない。

「クォォォォォンッ!!」

モンスターの獣臭さが感じ取れるほどの距離。

絶体絶命の状況の中、僕が危機を脱するべく取った行動は……。


 武器屋で弓矢を買った時、店主がサービスと称して付けてくれた装備がある。

いつでも使えるよう左腰に収めているのだが、早速役立つ時が来たらしい。

今思い返すと、この時の僕は自分でも驚くほど冷静だった。


 接近戦では使用できないショートボウを放り投げ、左腰の小さな鞘からナイフを取り出す。

鋭い牙を剥きながら飛び掛かって来るフォックスバット。

「でやぁぁぁぁッ!」

負けじと僕もナイフを頭上へ向けて突き上げる。

次の瞬間、ズシンという重みと共に生温かな深紅の液体が両腕を伝っているのが見えた。

「うっ……!?」

両腕では支え切れない重さと液体の不快感が合わさった結果、僕は思わずナイフを手放してしまう。

僕の手は……フォックスバットの血液で真っ赤に染まっていたのだ。


 初めての戦いを終え、疲れがドッと出た僕はその場にへたり込む。

「お疲れ様」

歩み寄って来たキヨマサに左肩を叩かれ、そこでようやく我に返ることができた。

「一時はどうなるかと思ったが、意外に戦えるじゃないか。弓からナイフへ持ち替えた時の決断力――称賛に値する」

労いの言葉を掛けながら彼は一枚の布切れを目の前に差し出す。

「これは一見するとただの布切れだが、じつは凄く便利なアイテムなんだ。見てろよ――」

血糊がこびり付いた僕の手を布切れで優しく拭うキヨマサ。

すると、拭き取られた部分から汚れがきれいさっぱり無くなっていくのが見えた。

「こいつは『マギアダスター』というマジックアイテムで、布に込められた魔力があらゆる汚れを浄化する。魔力が尽きるとただの布になるのが欠点だが……冒険者にとっては必需品と言ってもいい。ほら、お前にも何枚か分けてやるよ」


 分けてもらったマギアダスターで自分の両腕とナイフを掃除し、先ほど放り投げたショートボウも回収して僕は冒険再開の準備を整えた。

「彼らの亡骸は肉食性モンスターの餌になる。だから、狩猟目的じゃないなら放って置け」

フォックスバットたちの死体を眺めていると、懐中時計を確認していたキヨマサから声を掛けられる。

予定外の戦闘で時間をロスしてしまったが、タイムリミットは大丈夫なのだろうか。

「時間か? 道中が予想以上にスムーズだったから、むしろ基準値に近付いたな。余程の事が無い限り、タイムオーバーの心配はいらないだろう」

よかった、時間にはまだ余裕があるみたいだ。

「とはいえ、もたもたしている暇は無いぞ。血の匂いに気付いたモンスターが集まって来る前に、往復地点まで急ごう」

フォックスバット2体だけでそこそこ苦戦していたのに、更にモンスターがやって来るのはさすがにマズい。

キヨマサの助言に従い、僕たちはそそくさと戦いの現場を後にするのだった。


 宝箱が置かれている「往復地点」はすぐそこにまで迫っていた。

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