【70】RECONNAISSANCE -次の相手はどいつだ?-
僕とレウクトラによる第1試合の興奮冷めやらぬ中、アンフィテアトルムでは午前中最後のプログラムであるロイヤル・バトル最終予選の第2試合が行われている。
「うぅ、マギアの鎮痛作用が抜けたせいで痛みが……」
「それを無理矢理抑えている状況でよく頑張ったと思うぜ、俺は」
明日のAブロック準決勝まではフリータイムであることを活かし、僕は治療を受けつつキヨマサやマーセディズと共に第2試合を観戦していた。
この試合の勝者が準決勝で僕と当たる相手になる以上、ここで情報収集を行わない手は無い。
「申し訳ない、ルシールさん。ウチの妹が迷惑を掛けたみたいで……」
「ううん、気にしないで。ジェレミー君に世話を焼いているのは好きでやってることだしね」
妹――シャーロットの問題行動を姉として詫びるマーセディズに対し、謝罪など必要無いと笑顔で答えるルシール。
ちなみに、肝心のシャーロットは審判団と話をしたところまでは目撃証言があるが、それ以降の行方はマーセディズでさえ知らないらしい。
セコンドとしては彼女を申請しているので、せめて明日の午前中までには戻って来てもらわないと困るのだが。
第2試合で鎬を削っているのは上級魔術師のアンヌ=マリーと義賊のエリノーラだ。
実況解説者から試合の展望について尋ねられたジュリエットは「タイプが真逆の戦士による対戦なので、高度な駆け引きを用いたシビアな試合が繰り広げられるはず」と答えていた。
実際に試合が始まると彼女の予想通り、アンヌ=マリーとエリノーラは互いの手の内を探りながら一進一退の攻防を繰り広げる。
一撃が重い攻撃マギアを扱えるアンヌ=マリーに対し、絶対的な俊敏性で勝るエリノーラがスピードで対抗するという膠着状態が続いた末、第1ラウンドは狙い撃ちに成功したアンヌ=マリーが取ってみせた。
続く第2ラウンドでは戦い方を変えてきたエリノーラが流れを掴み、当たったらマズい攻撃マギアを全て掻い潜ることでアンヌ=マリーからダウンを奪い、最終ラウンドへと逆転の望みを繋いだ。
そして今、第2試合の決着は最終ラウンドまでもつれ込もうとしていた。
「(すばしっこい……! どのタイミングで本命を叩き込んでくるつもりかしら……)」
縦横無尽なフットワークから細かな牽制攻撃を繰り返してくるエリノーラに対し、アンヌ=マリーは少しずつではあるが確実に苛立ちを募らせていた。
ダガーの斬撃や投げナイフ程度ならバリアフィールドで簡単に防げるとはいえ、魔力消費を考えると守っているだけでは必ず限界が来る。
おそらく、エリノーラもそれを分かってやっているのだろう。
しびれを切らしたアンヌ=マリーがバリアフィールドを解除し、隙を晒す瞬間を……!
「(ええい、ままよ! そっちが仕掛けてこないのなら、こっちから打って出るまでよ!)」
そして、その時は意外に早くやって来た。
消極的な戦法に終始するエリノーラへ観客たちからブーイングが飛び始める中、それに流されるカタチでアンヌ=マリーはついに攻撃へと転じるのであった。
「草木よ、我に力をッ! テラドレイン!」
隙を晒す時間を少しでも減らすため、バリアフィールド解除と同時に予め詠唱しておいた植物属性マギア「テラドレイン」を放つアンヌ=マリー。
この攻撃マギアは魔力を直接飛ばすタイプではない。
「ッ……!?」
次の瞬間、それまで警戒にフィールドを駆けていたエリノーラが突然派手に転倒する。
よく見ると、彼女の右足首にはかなり太い植物の根がまるで蔦のように絡み付いていた。
「くッ……ぜぇ……ぜぇ……!」
別に直接攻撃を受けているわけでもないのに息切れし始めるエリノーラ。
「うふふ、あなたの魔力を吸収することで引導を渡してあげるわ!」
それを見ていたアンヌ=マリーは勝利を確信しニヤリと笑う。
この魔力吸収こそが「テラドレイン」の特筆すべき効果であり、攻撃と回復を兼ねた攻防一体のマギアを前にエリノーラは打つ手が無い――かと思われた。
右足首に絡み付いた根っこに魔力を吸われていく中、エリノーラは不敵な笑みを浮かべながら笑い出す。
「フフッ……甘い、甘いよ。ミンスパイなんかよりもね」
初めは諦めから来るブラフだと受け流そうとしたアンヌ=マリーだったが、持ち前の観察眼によりすぐに相手が「本気」であることを見抜く。
「ぐ、ぐうの音も出ないほどに絞り尽くしてあげるんだから!」
「遅いよ! 行けッ、ファンネルエッジ!」
慌てたアンヌ=マリーはすぐさまトドメに移ろうとしたものの、エリノーラが必殺技を繰り出すタイミングのほうが僅かに早く、彼女の腰ベルトから飛び出した多数の投げナイフがテラドレインの根を一瞬にして切り裂いていく。
「上級魔術師さん、あんたの敗因はたった一つだよ」
「逃がすものかッ! ソーラーザッパー!」
自由の身となったエリノーラに攻撃を当てるのは容易ではない。
彼女はアンヌ=マリーの放つ渾身のマギアをギリギリのところで回避し、舌戦で相手を煽りながらもう一つの必殺技の準備を開始するのだった。
「(私はここで負けるわけにはいかない。なぜなら、この最終予選の勝者が貰える副賞は……!)」
「これがアキナ人の忍者から学んだ『ニンジュツ』だ! 出でよ分身、カゲロウ!」
俗に「大陸式」と呼ばれる方法とは異なるマギア詠唱を行った次の瞬間、アンヌ=マリーの周囲を回るエリノーラの姿が2、4、6――と倍々ゲームのように増えていく。
これはスターシアから遠く離れたアキナの国で生み出された補助マギア「カゲロウ」。
魔力を利用して使用者の影をコピーし、あたかも姿が増えたかのように見せかける東洋のマギアだ。
アキナで活躍している「忍者」と呼ばれる冒険者たちが用いており、最近はアキナへ武者修行に向かった外国人が覚えて帰って来ることが多いらしい。
「ニンジュツ……なるほど! 分身が増えていくのなら、それを上回る飽和攻撃で圧倒するまでよ!」
増えていく分身に対する動揺を悟られないよう、あえて強気に振舞いつつ「飽和攻撃」が可能なマギアを唱え始めるアンヌ=マリー。
「弾けて爆ぜろッ! アトミックシード!」
次の瞬間、彼女の周囲を取り囲むように緑色の球体が複数個生み出され、その一つ一つがエリノーラの分身に襲い掛かって大爆発で消滅させていく。
「広大な範囲攻撃を前にあなたは為す術もあるまい!」
攪乱を目的とした厄介な分身を順調に処理していき、自らの優勢を確信するアンヌ=マリーだったが……。
「ッ! 当てたか!?」
アトミックシードが残り3体しかいないエリノーラの分身を掻き消した時、アンヌ=マリーはこれにまでに無い手応えを感じ取る。
おそらく、分身ではない本体をアトミックシードの爆発に巻き込むことができたのだろう。
「(クロークが飛んでいる……あの娘はどこへ!?)」
だが、地面が焼け焦げた場所に本体――エリノーラの姿は無く、彼女の身に纏っていたクロークだけが宙を漂っている。
「目の良さが命取りよ!」
「真上……直上!?」
その声に気付いたアンヌ=マリーが頭上を見上げた時、クロークを脱ぎ捨てたエリノーラは既に攻撃態勢に入っていた。
「教えたげる! あんたが負ける理由はたった一つのシンプルな答えだってこと!」
アンヌ=マリーの動体視力では攻撃をかわすことは叶わず、彼女は乾坤一擲の肘打ちをもろに浴びるしかなかった。
エリノーラの強烈な肘打ちを食らってしまい、そのまま地面へと倒れ込んでしまうアンヌ=マリー。
「あんたは私よりも遅かった……それがこの結果よ!」
確実にトドメを刺すため、仰向けに倒れている上級魔術師の喉笛にエリノーラはダガーを突き付ける。
実戦ならばこのまま掻き切っているが、今回はあくまでも「競技」なので本当に切り裂くことはしない。
「これで終わりにするか……それとも続けるか?」
絶対的優位を取った義賊からの最終通告に対し、押すも退くもできないアンヌ=マリーはついに両手を上げる。
「う……私の負けよ。今回は相手が悪かったわね」
アンヌ=マリーが降参の意を示したことですぐに審判が試合へ割って入り、勝者となったエリノーラの左手を高々と掲げる。
「第2試合の勝者はエリノーラ選手! これで明日のAブロック準決勝の組み合わせが確定しました!」
「うん、今回は一撃の重さとスピードスターのぶつかり合いだったね。若い選手が勝ち上がってくることはロイヤル・バトルにとって良いことだよ」
実況解説者とジュリエットによる総括を軽く聞き流し、戦闘中に脱ぎ捨てたクロークを回収しつつ選手控室へと戻るエリノーラ。
「(あの子が次の対戦相手か……決して油断はできないけど、勝ち目は十二分にあると見た)」
彼女の視線は特別観覧席にいる金髪碧眼の少年――ジェレミーの方へと向けられていた。
【ミンスパイ】
スターシア王国では一般的なお菓子。
元々は挽き肉を中身として入れていたが、現在はドライフルーツが使用されている。
【大陸式】
マギア詠唱にはいくつかの流派があり、スターシア人が使用するタイプはオーソドックスな「大陸式」である。
これに対してアキナなど東洋でメジャーな流派は「シノビ式」と呼ばれている。
流派の違いは詠唱時の手の合わせ方などで判別可能。
ほとんどのマギアは流派関係無く使用できるが、中には「カゲロウ」のように特定の流派でしか体系化されていないマギアも存在する。




