【66】FIRST MATCHⅠ -最終予選、開幕-
ロイヤル・バトル最終予選2日目――。
初戦の第1試合から戦うことになった僕は選手控室で最終調整を行っていた。
「ジェレミー君、昨日のフィールドチェックで出た意見を参考に装備を微調整しておいた。対戦相手の大盾を貫ける強力な矢も何とか準備できたが、数本しか無いから使い所は見極めてくれ」
徹夜で武器防具を整えてくれた武具職人から新たなショートボウ「シルバーアロー」と射手用の防具を受け取り、セコンド役のシャーロットに手伝ってもらいながら身に着けていく。
「いい、ジェレミー? 相手は防御が得意な大盾使いよ。真っ向勝負で矢を射っても勝ち目は薄いから、盾で防ぎ辛い角度から狙うこと。真剣勝負である以上、遠慮はいらないからね」
「分かりました」
シャーロットからアドバイスを受けながら立ち上がると、応援に来ていたキヨマサとマーセディズが僕の背中をポンっと叩く。
「こんなところで負けるんじゃねえぞ。次は決勝戦で会おうぜ」
「初戦だからこそ気を抜くなよ。なに、大丈夫だ……お前なら勝ち抜ける」
旅の仲間たちの期待を一身に背負い、僕はいよいよ戦場へと赴くのだった。
雲一つ無い青空に大歓声が鳴り響く中、フィールドの中央では初戦の対戦相手であるレウクトラが既に待っていた。
「私は宗教国家パルテノン生まれの誇り高き大盾使いレウクトラだ。今日の試合は正々堂々互いに全力を尽くそう」
「僕はジェレミーといいます。こちらこそよろしくお願いします」
スポーツマンシップの一環として力強い握手を交わし、僕とレウクトラはフィールドに描かれている白線まで下がる。
審判が試合開始を宣言するまで白線を超えてはならないのだ。
そこで初歩的なミスを犯してしまった場合、ジャンプスタートという規則違反で失格にされる恐れがある。
「……それでは、これより第85回ロイヤル・バトル最終予選第1試合――レウクトラ選手とジェレミー選手の対戦を始めます。両選手は『ファイト!』という掛け声が聞こえてから動き出してください」
対戦カードの紹介と試合開始の手順に関する説明を終えると、審判は安全確保のためバトルフィールドから離れていく。
観客たちの声が徐々に静まり、アンフィテアトルムは緊迫した空気に包まれる。
聞こえるのは風の音と僕自身の息遣いだけだ。
「5、4、3――」
カウントダウンが進むごとに僕とレウクトラは姿勢を落とし、スタートダッシュに備える。
相手がどう動き出すかは予想できないが、少なくとも僕は左右のどちらかへ移動しようと考えている。
ルール上は試合開始前に弓を引いていても構わないとはいえ、先制シールドバッシュを食らう可能性があることを考えると、ここは先制攻撃に拘るべきではない。
「――2、1……ファイトッ!」
掛け声と共に審判の右腕が振り下ろされた瞬間、僕は相手の右側面を射線に捉えるよう動き出す。
レウクトラは僕がいる方向に対して大盾を構えつつ、何かしらのマギアの詠唱を行っているようだ。
おそらく、補助マギアで防御力を高めてから行動する腹積もりなのだろう。
「さあ、いよいよ始まりました! ロイヤル・バトル最終予選の第1試合ですが、本日もゲストとしてジュリエット選手をお呼びしています。ジュリエット選手、対戦中の両選手は慎重に互いの出方を窺っているみたいですね?」
ハイテンションに話題を振ってくる実況解説役に対し、ジュリエットは首を横に振りながらこう答えるのだった。
「いや……ジェレミー選手はマズったかもしれないね。レウクトラ選手の狙いは……!」
「ッ! ジェレミー、足元よッ! 逃げて!」
「え?」
セコンドエリアから戦いを見守っていたシャーロットが突然大きな声を上げる。
初めはその理由が分からなかったが、僕はすぐに彼女が叫んだ意味を思い知ることになる。
「唸れよ大地! ストーンエイジ!」
レウクトラがマギアの詠唱を終えたその時、僕の足元が大きな地鳴りと共に凄まじい勢いで隆起していく。
足場が不安定になったことで僕はたまらず投げ飛ばされたものの、幸運にも地面に叩き付けられただけで済んだ。
……先ほどまで僕がいた場所には岩の柱がそびえ立っていた。
「その隙を逃がすものか!」
レウクトラのマギア攻撃はまだ終わっていない!
まだ立ち上がっていなかった僕は咄嗟に地面を転がることで回避を試みるが、装備が邪魔をして上手く回転できなかった。
当然、そうこうしているうちに地面が隆起し、僕の小柄な身体は再び空中へと投げ出されるハメになる。
「(くッ、このままじゃ埒が明かないぞ……!)」
「ジェレミー、空中でも攻撃マギアぐらいは撃てるでしょ!」
シャーロットの助言を耳にした僕は気合で体勢を立て直し、レウクトラが立っている方向を注視しながら魔力を両手に集中させる。
「風よ、星をも切り裂け! ソニックブーン!」
次の瞬間、僕は両腕を前に振りかざすことで風の刃を放つのであった。
「おお! 初戦からここまでアクロバティックな戦いが見られるとは……!」
「うん、初動は相手に踊らされたけどそこからのフォローは見事だった。ジェレミー選手は経験が浅いわりに面白い戦い方をする男だね」
「いやぁ、空中から風属性マギアを放つ大胆さには観衆も大喜びです!」
実況解説者とジュリエットが暢気に話している中、地面に着地した僕は弓を回収しながら追撃態勢を整える。
「くッ、やってくれるな!」
ソニックブーン程度の威力ではレウクトラの防御を切り崩すことはできないが、それでも彼女は攻撃マギアの詠唱を中止せざるを得なかった。
「撃ち込むなら今しかない!」
相手の懐へ斬り込むため、僕は全力疾走で間合いを詰めていく。
「おおっと、ジェレミー選手は大盾使い相手に格闘戦を仕掛けるつもりなのでしょうか!? ジュリエット選手、これは正統派とは言い難い戦い方ですよね?」
「弓矢の攻撃力だけでは盾を貫けないからね。勝利のためには時に邪道へ堕ちる必要がある」
「なるほどー」
武具職人が用意してくれた「大盾を貫ける強力な矢」を弓にセットし、僕は走りながら弦を引くのだった。
今回の戦いのために特別に用意された矢「ストライクアロー」には魔力を込めた楔が装着されており、大盾に突き刺さった後魔力を解放することで内側からダメージを与えることを目的としている。
攻撃目標の防御力に依存しないダメージが期待できる反面、普通の矢に比べると飛翔力が極めて低いため、確実に命中させるにはインファイトへ持ち込むことが必要不可欠だ。
「貫けッ!」
レウクトラの目と鼻の先まで近付いたところで弦を押さえている右手を離し、少し上向きに長く重たいストライクアローを撃ち放つ。
普通の角度で放ってもあっと言う間に落ちてしまうので、少しでも射程距離を稼ぐためだ。
ちなみに、こういった射撃技術も全てノエルに叩き込まれたモノである。
「その程度の矢など……!」
独特な軌道で降って来るストライクアローの動きを予測し、何の苦労も無く大盾で受け止めるレウクトラ。
「(かかったな!)」
だが、この防御行動こそ僕が狙っていたものだ。
「ん……何の光――!?」
レウクトラはここで僕の作戦に気付いたようだが、ハッキリ言ってもう遅い。
次の瞬間、ストライクアローから放たれた閃光が動揺する彼女の姿を掻き消すのであった。
「ジ、ジュリエット選手……今の技は何ですか!?」
閃光の中から現れたレウクトラの姿を確認しつつ、ジュリエットに説明を求める実況解説者。
戦闘を見ていたジュリエットは興味深そうに何度も頷いている。
「ほう、よく考えたものだね。改造を施した矢で大盾を内側から破壊する――普通の射手ではなかなか思い付かない、面白い戦術だ」
「なるほど……しかし、得物の大盾を失ったとなるとレウクトラ選手は一気に劣勢へ立たされますね」
「まあ、このレベルの戦士ならば予備の装備を1セットぐらいは用意しているだろう。ただ、ルールで試合中の装備変更は禁止されているから、少なくともこのラウンドは難しくなるよ」
ジュリエットたちの解説が影響したのか、僕がダガーで「トドメ」を刺そうと走り出した時、レウクトラは悔しそうに両手を挙げる。
「見事だ……こんなに早くラウンドを取られるとはな」
これは降参の意を示すジェスチャーであり、この間は相手選手を一切攻撃してはならない。
さもなければ「スポーツマンシップに欠けている」と見做され、一発で退場させられてしまうだろう。
「おおっと、これはまさかの展開か!? まずはジェレミー選手が1ラウンド先取しました!」
「無理に戦い続けて負担を掛けるよりも、態勢立て直しを優先したね。良い判断だ。決勝まで勝ち抜くつもりなら、時には1ラウンド捨てる覚悟も必要だよ」
相手の意図は分からないが、とにかく1ラウンド奪うことには成功した。
この流れのまま次のラウンドも取れば初戦通過だ!




