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【63】LAST SUPPER -最後の晩餐-

 ノエルによる集中特訓の最終日――。

開会式及び試合会場のチェックを翌日に控え、僕たちは荷造りを行うためにトレーニングを午前中で終了。

そして、夕方には「必勝祈願」を兼ねたノエル一家の食卓へ招かれることになった。

普段は体力増強に特化した食事を別の場所で取っていたため、屋敷の大食堂――グレート・ホールの椅子に座るのは今日が初めてとなる。

「使用人の人たちが慌ただしくしてる……もしかして、来るのが少し遅すぎた?」

「そうでもないと思うぜ。貴族ってのはいつも遅れてやって来るもんだからな」

失礼が無いようにと気持ち早めにグレート・ホールへ赴くと、既に一人の女性が食卓に就いていた。

「あら、ジェレミー君にキヨマサ君。こんなに早く来るとは意外だったわ」

柔らかな笑顔で微笑み掛けてくれる彼女の名はシルヴィア。

ノエルの妻――つまり、マーセディズとシャーロットの母親である。


「こんばんは、シルヴィアさん」

「こいつが『失礼が無いように早めに行こう』って言ったのに、先を越されてしまいましたね」

「遅れて来て顰蹙(ひんしゅく)を買うよりはマシだろ?」

僕たちの遣り取りを見たシルヴィアはクスクスと笑っている。

彼女とはこれが初対面ではない。

シルヴィアは「夫への差し入れ」という名目でトレーニング中の僕たちに紅茶やスコーンをご馳走してくれたことがあり、その時に何度か言葉を交わしたことがあった。

……会話が盛り上がってくると、ノエルが少し妬ましそうにしていたのをよく覚えている。

「フフッ、君たちは相変わらず仲が良いのね。ノエルたちもすぐに来ると思うから、ここに座って待つといいわ」

シルヴィアに笑顔でそう促され、僕は彼女の隣の席に腰を下ろす。

キヨマサの席は僕の向かい側だ。

「こうやって面と向かって話すのは初めてかしら。まずは……ノエルの無理難題に付き合わせてごめんなさい」

そう言いながら頭を下げるシルヴィア。

まさか謝られるとは予想していなかったので、僕とキヨマサは思わず互いの顔を見合わせるのだった。


「そんな……! 謝るのはむしろ僕たちのほうですよ。敷地内の馬小屋に不法侵入して一夜明かそうとして……こちらこそ申し訳ありませんでした」

「ううん、別に何かを盗まれたり誰かが怪我したわけじゃないから気にしてないわ。頭を上げてちょうだい」

いとも簡単に許しを得られ、僕は頭を上げながらシルヴィアの表情を窺う。

「私の寝室に忍び込んできたらさすがに怒ったかもしれないけど……まあ、君たちは私みたいなオバサンよりも若い娘のほうが好きでしょ?」

……よかった、ノリが軽いと言うか世俗的で親しみやすい性格な人のようだ。

ノエルの昔話で間接的には知っていたが、やはりシルヴィアは中流階級出身者らしい価値観を持ち合わせているらしい。

身分違いの恋路がどうやって成就したのか気になるところだが、そこまで深入りする勇気は僕には無かった。

「冗談はこれぐらいにして……君たちに申し訳ないと思っているのは本当。ノエルはジェンソンを在るべき世界へ帰せなかったことを今も悔やんでいて、その反動で異界人に関わることを避けるようになってしまったの。そしてもちろん……私も後悔を背負い続けている一人よ」

そう語るシルヴィアの視線は天井――いや、その先にある帰らざる日々を見つめていた。


「シルヴィアさん……」

「素直に言ってくれればよかったのに……背負い込み過ぎなんだよ、あの人は」

遠い場所を見上げているシルヴィアへ僕たちが声を掛けると、彼女は優しく微笑みながらこちらの方に視線を戻す。

「いえ、彼女は何度も忘れようとしたわ……そのためにカンナビスに手を出したことだってある。『空の柱』から戻った後の1~2年間は特に酷かったわね」

「カンナビスだと!?」

カンナビス――。

裏社会で流通しているとされる、人体に悪影響を及ぼす危険な違法薬草だ。

かつてノエルがそれを「キメていた」という事実を聞かされ、僕は言葉が出ないほど強い衝撃を受けていた。

一方、キヨマサは話に反応できる程度の冷静さを維持していたが、内心では相当驚いていたに違いない。

「身も心もボロボロになって……にもかかわらず、『異界人に関わったのは自業自得』と周囲から責められた挙句実家を勘当され、彼女は文字通り孤立していた。そのストレスからまたカンナビスを吸って――という悪循環に嵌まっていたの。正直に言うと見ていられなかったわ」

あの堅物そうなノエルにそんな苦しい過去があったなんて……。

シルヴィアが嘘をついているとは思えないが、彼女の話をすぐに信じることはできなかった。


「――だが、シルヴィだけは私を支えてくれた。どれだけ後ろ指を指されようと、彼女は私の味方だった。もし、彼女がいなかったら……私は転落人生まっしぐらだっただろう」

聞き慣れた声に僕たち3人はギョッとし、恐る恐る後ろを振り返る。

そこには娘たちを引き連れたノエルが両腕を組んで立っていた。

「お前たちもそういう相手――生涯のパートナーを見つけられるといいな」

そう笑いながら僕とキヨマサの肩を叩くと、ノエルは上座にある特等席に腰を下ろす。

「シルヴィ、暗い昔話は終わりにしよう。二人の少年が武運に恵まれることを願い……今夜は滋養強壮に向いた晩餐を用意させた。明日からの厳しい戦いに備えるため、今日はしっかりと英気を養ってくれ! もちろん、食い過ぎには気を付けろよ!」

こうして、ノエルの宣言によって最後の晩餐――カーボパーティが幕を開ける。

僕たちは宮廷料理に連なるとされるリリーフィールドの郷土料理に舌鼓(したづつみ)を打ち、一夜明けたらいよいよ運命の日を迎えるのだ。

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