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【62】TRAINING -集中特訓-

「いいぞ、昨日よりもペースダウンしなくなっている! その調子で持久力を付けていくんだ!」

現役時代の服装を再び身に(まと)ったノエルを先頭に、僕とキヨマサは屋敷の敷地内を一定のペースで走り続ける。

ノエル曰く「冒険者の基本は持久力だ」とのことで、僕たちのトレーニングメニューには必ずジョギングが含まれている。

初日の時は全行程の半分ぐらいで疲れ果ててしまったのだが、3日目になるとトレーニングの効果が出てき始めたのか、少なくともジョギングだけで体力を使い切ることは無くなった。

「くっそー、マーセディズさんたちにもトレーニングの過酷さを教えてやりたいぜ」

「ルクレールとアスカにもね。ファミリアは自由奔放で気楽なもんだよ……」

何より、ジョギング中にも軽口を叩ける余裕が生まれたのは良い兆候だろう。

僕に関して言えば初日は持久力不足が目立ち、ノエルから「喘ぎ声みたいな息切れをするんじゃない!」と怒られたものだ。

……本当にそんないやらしい声を出してたのだろうか?


 僕たちのトレーニングにマーセディズとシャーロットは帯同していない。

彼女らは大会には参加しないというのもあるが、最大の理由は僕たちの補助――所謂「セコンド」を務めるための準備で忙しいからだ。

対人戦で有効な作戦の勉強、簡易的な応急手当の仕方、そして対戦する可能性がある相手の情報収集――。

僕たちがトーナメントを無事に勝ち抜けるよう、マーセディズたちも必死に頑張っている。

その努力に少しでも報いるため、僕とキヨマサはトレーニングに集中しなければならない。

「ところでノエルさん、どうして俺とマーセディズさんを組ませたんだ? ジェレミーとシャーロットのコンビはあまり良いとは思えないんだが……」

先頭を行くノエルへ近付き、前々から抱いていた疑問を口にするキヨマサ。

少し打ち解けたのかノエルに敬称を付けるようになったが、口調自体は相変わらず刺々(とげとげ)しい。

「ん? ああ、ジェレミーとシャルルが一悶着あったという話はマーセディズから聞いたからな。それも試練の一つだ。困難な旅路を共にするつもりならば、いつまでもいがみ合っているわけにはいくまい」

「確かにその通りだが……ジェレミー、お前はどう思う?」

キヨマサからの問い掛けに対する僕の答えは……。


「ノエルさんの正論が心に()みるね。問題を起こすつもりは無かったんだけどなぁ……」

問題を起こす原因となったファミリア――頭上付近を飛びながらついて来るアスカを見上げつつ、僕はノエルの言葉を全面的に肯定する。

屋敷内に寝泊まりすることが許された後、例の件の謝罪も兼ねて久々にシャーロットと言葉を交わしたのだが、彼女の反応は淡々としたものであった。

一見すると今回の件を根に持っているようには見えなかったが、僕と話す時に一度も笑わなかったのが逆に恐ろしい。

キヨマサが僕たちのコンビを不安視するのも無理はなかった。

「そういえばジェレミー……お前、『フーリガン』というのを知っているか?」

「え……!?」

フーリガン――。

突然ノエルの口から出てきたその言葉に僕は驚きを隠せない。

知っているも何も、シャーロットと一悶着を起こした原因の一つとして認識していたからだ。


「……知っているのならば話は早い。一般的には避けるべきものだと認識されているフーリガンだが、制御下に置くことができれば今後の戦いで役立つはずだ」

一定のペースで走り続けながらノエルは平然とそう言い放つが、あの魔力の暴走を本当に制御することができるのだろうか。

「何か方法があるんですか?」

「うむ、私たちスターシア人が頼ることは滅多に無いが、フーリガン化がもたらす被害は先人たちも懸念していたらしい」

走る速さを徐々に落としてクールダウンしつつ、フーリガンを制御する手段について語り始めるノエル。

「骨董品屋や(のみ)の市で古いマジックアイテムが売り出されているのはよくあること――まあ、お前たちみたいな若者はあまり興味無いかもしれんが、『古いマジックアイテム』の中には今でも通用する物も少なくない。私が右腕にはめているコレもそのうちの一つだ」

出迎えに来てくれた使用人からタオルを受け取り、額の汗を拭き取りながらノエルは右腕のブレスレットを見せてくれる。

「これは『マギアバングル』と呼ばれるマジックアイテムの一種で、ここにはめられている宝玉から余剰魔力を放出することでコントロールしているらしい。原理的にはマギアロッドに近しいものがあるな」

マギアバングルにはめられている宝玉は、持ち主から漏れ出る魔力を吸収することで銀色に輝いていた。


 僕が興味深そうにマギアバングルを見つめていると、ノエルは右腕を引き「チッチッチィ」と人差し指を左右に振る。

「そんなキラキラした目で物乞いしても無駄だぞ。購入から修繕に掛けた大金を考えると、人に譲ることはできん」

「そ、そこまで卑小な人間じゃないですよ……!」

「……そうだな、試すような物言いをして悪かった。幸い、マギアバングル自体は鑑賞用にいくつか持っているから、一個ぐらいはプレゼントしてやってもいい」

実際のところ、マギアバングルが本当に効果的なのかは使ってみないと分からない。

だからこそ、譲渡というカタチで試す機会を与えてくれるのはありがたかった。

「上半身のトレーニングと昼食を終えたら、ウチの宝物庫を特別に見せてやる。そこでお前たちにマギアバングルを渡そう。相性が良い宝玉を探す必要もあるからな」

「俺も貰っていいのか? そのマギアバングルとやらを」

意外そうな表情をしているキヨマサの左肩をポンっと叩き、ニッコリと微笑み掛けるノエル。

数日前はキヨマサの髪が抜けそうになるほど頭を引っ張り上げていたはずだが、いつの間にか多少は彼のことを信頼するようになったらしい。

「当然だ、ジェレミーだけを優遇してお前には何もやらないというわけにはいくまい。お前はフーリガン化とは無縁かもしれないが、マギアバングルの力は魔力制御だけではないからな」

マギアバングルの能力は魔力制御だけにあらず――。

その言葉の意味を僕たちは実戦で知ることになる。


 体力強化のための献立で腹ごしらえを終えた後、僕とキヨマサは屋敷の宝物庫に連れて来られた。

「ほう、この剣は面白い形をしているな」

壁に掛けられている不思議な形状の剣を興味深そうに眺めるキヨマサ。

ノエルが元冒険者ということもあり、宝物庫に保管されているコレクションは武器や防具が非常に多い。

美術品もいくつか飾られているが、部屋の隅っこに置かれていることから熱心な美術品コレクターというわけではないようだ。

「それは『ショーテル』という他の大陸で使われている剣だ。横殴りに斬りつけることで盾をかわしつつ攻撃するのを目的としているらしい」

事実、彼女は古今東西から集めた武具については解説してくれる反面、美術品に関しては最低限の説明しかしてくれなかった。

「これをお前たちにやろう。15年ほど前に蚤の市でまとめ買いしたやつだが、購入後に修繕したから実用には十分堪えられるはずだ」

そう言いながらノエルが手渡してくれたマギアバングルを右腕にはめてみる。

「ジェレミー、そっちでいいのか? 矢を射る時に邪魔にならないようにしておけよ」

「大丈夫です。この位置ならショートボウを扱う時も干渉しませんから」

右手首の少し下に装着した金属製の腕輪を僕はじっくりと見る。

サイズ感は僕のために作られたかの如くぴったりフィットしていたが、宝玉をはめるべき部分にはぽっかりと穴が開いていた。


「宝玉か? ああ、マギアバングルにはめられる宝玉はいくつか種類があって、使用者との相性を考慮する必要がある。ええっと、お前たちの得意な属性は風と炎だから……」

厳重に保管されていた宝石箱を開き、その中に収められている宝玉を一つずつ確認していくノエル。

彼女はマギアに関する知識も豊富に持っているらしく、単独行動時に役立つ補助マギアや魔力と武器の連動について教えてくれた。

当然、僕とキヨマサの「魔力の癖」についてもノエルは完全に把握していた。

「ジェレミー、お前に合っているのはこの宝玉だ」

その言葉と共に手渡されたのは緑色の宝玉。

これまで一度も見たことが無い、言葉での表現が難しい独特な緑色に僕は心を奪われそうになる。

「それは『モルダバイト』という非常に珍しい宝玉で、風属性との親和性が極めて高いとされている。古い伝説では空の上から降って来たと云われているな」

「空の落とし物……か」

空の上から降って来た宝玉――モルダバイトはマギアバングルにはめ込まれたことで僕の魔力を感知し、緑色の輝きを放つのだった。


 一方、炎属性を得意とするキヨマサには水晶のような宝玉が与えられていた。

「水晶……か? なんか赤いゴミみたいなのが混じってるぜ」

確かに、僕やノエルが使用している宝玉とは明らかに系統が異なる気がする。

「『ファイアクォーツ』の価値が分からんとはまだまだ子どもだな。それは炎を象徴する宝玉であり、世界に数えるほどしか存在しない希少品だ。手に入れることができたのは非常に幸運だったと言える」

炎を象徴する宝玉――。

そう言われてみれば、キヨマサが「ゴミ」と評した包有物(ほうゆうぶつ)は燃え盛る火柱に見えなくもない。

「いいのか? そんな希少品を俺なんかに渡して……」

「フッ、宝石箱の中で永遠に眠り続けるよりはマシだろう。ジェレミー、キヨマサ、お前たちなら宝玉に秘められた力を最大限引き出せるようになるはずだ」

マギアバングルにはめ込まれたファイアクォーツはキヨマサの魔力によって紅く輝き、窓が無く埃っぽい宝物庫を明るく照らす。

まるで、彼自身の命を火種とする松明(たいまつ)のように……。

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