表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/150

【EX3】VESTIGE -在りし日の記憶-

「……」

ジェレミーの異世界での体験談を一通り聞き終え、怪訝な表情を浮かべながら考え込むアスカ。

どうやら、話の真偽について疑いを抱いているらしい。

「……(にわ)かには信じられないですね。でも、それと同時にあなたの話し方には説得力もあった。妄想をそれらしく語っているのか、事実を脚色せずに話しているのか――そこまでは分かりませんけど」

彼女の発言はあまりにも無礼で今すぐつまみ出されても不思議ではなかったが、立場が逆だったら同じようなことを考えていたかもしれないので、ジェレミーはこの若い客人の失言を特に咎めることはしなかった。


「信じるか否かは君の自由だが……僕としては真実だけを述べたつもりだ」

その時、ティーカップの中身を見つめながら思索に(ふけ)っていたアスカは顔を上げ、ジェレミーの碧い瞳へと視線を注ぐ。

「あ……その……申し訳ありませんでした。あなたのことを疑っているわけじゃないんです」

次の瞬間、彼女は意外なほどあっさりと頭を下げながら失言を謝罪する。

「いやいや、事故の後は色々と疑いを掛けられていたから気にしてないけど……どうしたんだい?」

ジェレミーが目を丸くして驚いたのも無理はない。

なぜなら、彼がアスカに対して抱いた第一印象は「こいつ、気が強くて歯に衣着せぬ発言をするタイプだな」だったからだ。

「ええ、あなたの眼を見ていたら嘘を()く人だとは思えなくて……心優しい人の眼差しをしていますね」

「そうかね? お人好しだとは妻や娘からよく言われていたが」

「良いじゃないですか、誰かに優しさを分け与えることができるって。私はこんな感じだから友達が少ないし、この歳になってもボーイフレンドがいないんですよ。最近の男どもは気が強い女は苦手みたいで……」

日本人らしい黒髪を弄りながら窓の外へ視線を移し、思わずため息を吐くアスカ。

「ま、まあ……恋愛は自分のペースでやればいいんじゃないかな」

彼女の悩みに対し明確な解決策を出すことができず、ジェレミーは苦笑いしながら無難な答えに終始するのであった。


「そういえばアスカさん、今回は日帰り旅行の予定なのかい?」

客間に置かれているビッグ・ベンを模したホールクロックで現在時刻を確認し、先ほど広げた小説を片付けているアスカに向かってジェレミーはそう尋ねる。

「日帰りでも何とかなる距離ですけど……大学の講義がしばらく休みなので、明日はスティーブニッジを観光しようと思っています」

「そうか。この町の見ものといえば、噴水広場の銅像とそのモチーフになった人物を記念する『ハミルトン・ミュージアム』ぐらいしかないが、たまには田舎で過ごすのも悪くないだろう」

「銅像はここへ来る前に見ました。ガイドブックに載っていなかったのを見る限り、つい最近落成したものだったんですね」

荷物を全てまとめ上げ、ジェレミーに対して一礼しながら立ち上がるアスカ。

「ところで、この辺りにホテルとかってありますか?」

「無いよ。ロンドンに比較的近いから、そっちの宿を取ればいい話だからね。私が子どもの頃はB&Bがあったんだが……」

ジェレミーがホテルの有無についてバッサリと言ってのけると、それを聞いたアスカは「どうしよう」といった感じの困惑顔を浮かべるのだった。


「……あの、この時間帯になるとロンドン行きの列車も出てませんよね?」

「無いね。都会と違って田舎は店仕舞いするのが早いんだ」

宿が無いとなればロンドンにある学生寮へ帰るしかないが、終電を逃したのであればそれすら叶わない。

都市間バスなら急げば間に合うかもしれないものの、バスターミナルがある市街地までの夜道を女子大生一人で歩くのは不安が残る――と言いたいところだが、柔道を習っているアスカは特に心配していなかった。

彼女の身の安全を気遣っているのはむしろジェレミーのほうだ。

「今日はもう遅い。こうして言葉を交わせたのも何かの縁だし、今夜は(うち)に泊まっていってはどうだね?」

予想外の助け舟に驚いたのか、アスカは目をキラキラと輝かせながらジェレミーのことを見つめる。

「いいんですか!?」

「ああ、娘が使っていた部屋が余っているから構わないよ。それに、私の妻も久々の来客を喜んでくれると思うからね」

そう言いながら重くなった腰を上げ、遠路遥々訪ねてくれた若者の右肩をポンっと叩くジェレミー。

突然肩を触られたことにアスカは少し戸惑っていたが、いたずらっ子のような笑顔を浮かべながらジェレミーはこう告げるのであった。


「君を見ていると思い出すのさ。昔、僕と一緒に冒険をした少年の姿をね……」

異世界スターシアでジェレミーと苦楽を共にした少年――。

こちらへ戻って来てから数十年経つが、彼は向こうの世界で今も元気に暮らしているのだろうか。

【ハミルトン・ミュージアム】

噴水広場にある銅像のモチーフとなった人物を永遠に記憶し、その偉業を称えるための博物館。

スティーブニッジを訪れる観光客の8割が立ち寄る場所だと云われており、毎年4月4日は入館料が無料になる。


【B&B】

「ベッド・アンド・ブレックファスト」の略称で、英語圏各国における小規模・低価格な宿泊施設を指す。

かつてはイギリス各地で見受けられたが、2070年代においては全国規模のホテルが地方まで進出してきたことで数を減らしつつある。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ