【61】PUT ONE'S HOPES -新たなる目標-
「――それで、その後はどうなったんですか?」
暫しの沈黙の後、ノエルは深く息を吐きながら僕の質問に答える。
気が付くと小窓から見えている空が明るくなっており、外では日の出を知らせる鳥型ファミリアの甲高い鳴き声が響き渡っていた。
馬小屋の中で共に一晩過ごしたユニコーンたちもそろそろ目覚めそうだ。
「ああ、互いに手の内を知っている相手だったんで決して楽な戦いではなかったが、最後は私の『正義の一撃』が裏切り者の首を刎ねた」
そう言いながら「首切り」のジェスチャーを見せるノエル。
この人の言動は数時間前までは物騒で仕方なかったが、今なら彼女なりの表現方法として捉えることができる。
「もちろん、こっちも無傷じゃ済まなかったさ。私の身体には強烈な攻撃マギアを受けた時の傷痕が今も残っているし、シルヴィアに至っては右脚に重傷を負い冒険者を引退せざるを得なくなった。後遺症という点で言えば、歩行能力に支障があるシルヴィアのほうが遥かに重篤だ」
ノエルの姿を改めて観察してみると、確かに火傷痕のような痕跡が左頬で存在感を示していた。
火が消えたランタンを持ち上げ、娘たちと同じ色の銀髪を空いている左手で掻き上げるノエル。
「……お前たちの覚悟は認めてやる。だが、今の強さで『空の柱』へ挑むのは無謀だな。帰れるかも分からない旅路へ娘たちを向かわせるわけにはいかん」
年頃の娘を持つ親としては当然の反応だ――。
マーセディズたちとの旅はここまでかと諦めかけた時、ノエルは起きたばかりのユニコーンを撫でながら僕たちの方を振り向く。
「しかし、一方的に決定を突き付けるのはフェアじゃないよな。ウチに来る道中で『アンフィテアトルム』を見ただろう?」
「アンフィテアトルム?」
初めて耳にした単語を聞き返すと、彼女とキヨマサは少し意外そうな表情で僕のことを見つめてくる。
「何だ、見てないのか。アンフィテアトルムというのはスターシア最大の円形闘技場で、対人戦に自信のある冒険者や『剣闘士』と呼ばれる戦闘のプロが腕を競う場所だ」
「毎年秋になると王家主催の大会が3週間掛かりで行われ、試合結果にスターシア国民の多くが一喜一憂するんだぜ。ある意味、戦闘行為に対する嫌悪感が薄いこの国では最大の娯楽かもな」
冒険者や戦士同士の対人戦か。
正直、人と戦うことを目的としない僕たちには関係無い話だと思うが……。
「お前たち、アンフィテアトルムの試合に出場しろ」
その直後、ノエルから発せられたのは思わず耳を疑うような言葉であった。
「ええ? そんなことをいきなり言われても困ります……」
「俺も右に同じだ。大体、『ロイヤル・バトル』の予選はもう終わってるはずだろ?」
「いや、今年は規約変更の関係で最後の1枠がまだ埋まっておらず、5日後に行われる最終予選の勝者がそこへ収まる予定だ」
状況を呑み込めていない僕とキヨマサが反発しているにもかかわらず、それを気にすること無く話を続けていくノエル。
残念だが、ここまで来ると僕たちは流れに身を任せるしかない。
「お前たちのどちらかが最終予選で優勝できたら、在るべき世界へ帰るための旅路に娘たちを同行させることを認めよう。ただし、初戦敗退するようなことがあったら二度と娘たちには関わらんでくれ。お前たちの存在は……彼女らには強烈すぎるんだ」
「……もし、意地でも大会には出ないと断ったら?」
「何を言ってるんだ? お前たちに拒否権など無いし、逃げだしたところで娘たちの失望を買うだけだぞ」
勝てば今まで通り、負けるか逃げ出せば一巻の終わり――。
不敵な笑みを浮かべるノエルの前に跪き、僕とキヨマサは彼女が出した条件を呑むしかなかった。
「そこまで言うのなら、やってやりますよ。人間相手に負けるようでは今後の旅路が不安になりますから……!」
「ああ、やってやるぜ! 俺たちの可能性をあんたに示してやるよ!」
僕たちの返事を聞いたノエルは相変わらず笑っている。
だが、その笑顔は先ほどよりも穏やかさが増したように見えた。
「返事だけは一人前だな。分かった、せめてもの情けとしてトレーニングに付き合ってやろう。大会期間中は屋敷に寝泊まりしたり、移動に馬車を使うことや武具職人の雇用も認めてやる」
「おいおい、あんたは俺たちの敵味方どっちなんだ?」
キヨマサの率直すぎる疑問――矛盾を孕んだ言動への追及に対し、ノエルは次のように答える。
「お前たちには期待しているさ。ただ、私の見込みが正しいか否かの確証が欲しいだけだ」
これは後々知ったことだが、一匹狼が多いアンフィテアトルム選手の事情を考慮すると、ノエルが提示した条件は非常に好待遇だったのだ。
なぜならば、怪我や事故死のリスクが潜むアンフィテアトルムに出場するような人間というのは、その多くが一攫千金を狙う中流階級以下の出身者だからである。
上流階級生まれの選手なら優秀なバックアップ体制を用意できるだろうが、そもそもそういった人間はアンフィテアトルムの特等席で試合を楽しむ「上客」であり、血生臭い職業に就く必要性自体が無かった。
「のんびりしている余裕は無いぞ。今日の午後から早速トレーニングを開始するから、私が代わりにエントリー手続きへ赴いている間に仮眠を取っておけ――ほらよ」
そう言いながらノエルはカードのような物を上着のポケットから取り出し、僕たちの方へと投げつける。
何とかキャッチできたカードを確認してみると、それだけで相当の魔力が込められていることが分かった。
「それは屋敷内にある魔力ロック式の扉を開け閉めできるマスターキーだ。込められているのは私の魔力だから、使用人に見せながら事情を説明すれば客人として扱われるだろう。もっとも、お前たちにくつろいでいる暇は無いがな」
僕とキヨマサに向かって微笑んだ後、馬小屋の扉を開けて外へ出ようとするノエル。
「……こんな年寄りの昔話とワガママに付き合わせて悪かったな。それじゃ、午後からのトレーニングに備えて体調を整えておけよ」
右手の人差し指と中指を交差させるハンドサイン――「頑張れよ」という激励を残し、ノエルは今度こそ馬小屋から出ていくのであった。
旅の最終目的を考えると脇道に逸れてしまっているが、5日後に臨むのは絶対に負けられない戦いだ。
どんな結果になっても後悔しないよう、僕とキヨマサは全力でトレーニングに励むことを決意した。
【武具職人】
武器や防具の手入れを専門とする職人のこと。
スターシアン・ナイツのように専属で雇っているギルドもあるが、小規模ギルドや個人冒険者の多くは自営業の職人へ武具を預ける方式を採っている。
なお、手入れ専門とは言うものの、実際には一定の製作技術を持つ職人も少なくないため、彼女らの中には「チューナー」と呼ばれる武具改造業へ発展または兼業する者も多い。




