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【60】RECOLLECTION -ノエルの過去Ⅱ-

※今回はエセ関西弁かすら怪しい関西弁を話すキャラがいますが、これは「スターシア人には無い訛り」を表現するためなのでご了承ください。

「ノエル……シルヴィ……僕はもうダメだ……」

心臓をマギアで射抜かれた異界人の少年――ジェンソンは苦しそうに吐血し、何とか握り締めていたロングボウを手放してしまう。

「ジェンソン! しっかりしろッ! 旅の終わりはすぐそこなんだぞ! 元の世界に帰れるまで死ぬんじゃないッ!」

そんな彼の痛みを少しでも和らげるため、慣れない回復マギアで治療を試みる若かりし頃のノエル。

だが、人体の急所をやられたジェンソンを救うことはもはや不可能であった。

「早く……あなたたちだけでも……安全な場所へ……」

「ジェンソンッ!」

「それ以上話さないで! 傷口が広がるわ!」

この状況下においても仲間を気遣う優しさに不安を覚え、ジェンソンの傍でしゃがんでいた軽装戦士(スカウト)――シルヴィアは「下手に体力を擦り減らすな」と制止を掛ける。

「……ありがとう……こんな結末になったけど……楽しい旅……うぅッ!」

最期の力を振り絞って感謝の言葉を述べ終えた時、ジェンソンはとても安らかな表情で永遠の眠りに就いていた。

空の柱の頂上にはノエルとシルヴィアの深い慟哭(どうこく)だけが響き渡る……。


「そうか……キサマが……『最後の敵』だったのかッ!」

「ヒルデ! どうしてこんなことを……!?」

悲しみを涙で洗い流した後、ノエルとシルヴィアはこの惨劇の元凶である黒衣のマギア使い――ブリュンヒルデを睨みつける。

彼女が握り締めるマギアロッドには、強力な雷撃を放った痕跡が生々しく残されていた。

「これがウチの仕事やからな。王族にとって障害となり得る存在を排除する――嫌われ者のゼーバッハ人が忠誠を示す方法といえば、それぐらいしかないんや」

仲間たちからの追及に飄々(ひょうひょう)とした態度で答えるブリュンヒルデ。

彼女の表情に後悔の念は全く見られず、特徴的なゼーバッハ訛りがノエルたちにとっては「挑発」のように感じられた。

「仲間を裏切って得た忠誠が何になる! 寝言を言うな!」

「そうよ! そういうことをするから嫌われるんじゃないの!?」

初めはノエルたちの非難など意に介していなかったブリュンヒルデだが、やがて口論が収まってくると「国家の犬」に成り果てた理由を自ら語り始めるのであった。


「シルヴィの言う通り、ウチらゼーバッハ人は嫌われ者や。治安が悪い祖国からよその国へ移住しても歓迎されないし、そんな状況じゃまともな仕事だって見つからん。野垂れ死にしないためには働かなくちゃいかんわけだが、当然ながら被差別民に回ってくるのは死刑執行人やモンスターの死体処理といった汚れ仕事ばかりやで」

その話を聞いたシルヴィアが少なからず呆気に取られている一方、ノエルは複雑そうな表情を浮かべながら話に耳を傾けていた。

というのも、シルヴィアのような中流階級以下の国民は「汚れ仕事を国が管理している」という事実自体知らないが、上流階級出身のノエルは噂で耳にすることがあったからだ。

被差別民に仕事を斡旋(あっせん)している関係者曰く、「被差別民と犯罪者は穢れた存在だから、汚れ仕事で穢れを重ねても問題無い」というオカルト的な理由によるものらしい。

「ま、その手の仕事はまだマシやね。人が死ぬ瞬間や無惨な死体の片付けに立ち会うのは確かにゴアやけど、それは精神的苦痛であって自分が怪我をするわけじゃない。でもな、汚れ仕事を受け入れられん奴にはもっと悲惨な仕事が待ってる。例えば……売春婦なんかは典型例やな。真面目な君らは知らへんと思うけど、娼館(しょうかん)で客を相手している娘の8割は外国人なんやで。ったく、スターシア人は変なところで潔癖症だから困るねん」

ゼーバッハ人を含む被差別民が置かれている実態を「経験者」として語った後、肩をすくめながら苦笑いするブリュンヒルデ。

彼女の表情に嘘をついている様子は全く見られなかった。


「幸い、マギアの才能を持っていたウチはアルバイトで学費を稼ぎながら魔法学校へ通い、外国人初の首席卒業者としてマギア研究所に就職した。3~4年前のことやったかな……王様の側近として働く偉い人が研究所を訪れ、ウチを王室の『特殊業務課』にスカウトしてくれたのは」

特殊業務課――。

王室に設けられているが組織図には載っていない、その部署の名前だけはノエルも聞いたことがある。

これはあくまでも噂だが、王制打倒を狙う革命家やクーデターを目論む危険人物の暗殺など、王室にとって不都合な存在の排除を担当しているらしい。

「ノエル、君は学校生活でも就職でも優遇してもらって良い御身分やなぁ。ウチとしては凄く羨ましい限りやで」

ニヤニヤと笑いながらノエルの隣まで近付き、彼女の右肩をポンっと叩くブリュンヒルデ。

「黙れッ! それは父親が勝手にやったことだ……私にとっては大きなお世話だった」

自身の肩に置かれたブリュンヒルデの右手を振り払い、神剣「フェニックス」を黒衣のマギア使いへと向けるノエル。

「スコードロンに加わる前、君のことについて少しだけ調べさせてもらったんや。いやはや……嫉妬したくなるほど恵まれてるんやね。裕福且つ伝統ある家庭に生まれたことで何不自由無く育ち、名家の淑女だけが入学できる王立寄宿学校で最高の教育を受け、就職活動でも考え得る限り最高の職場への道が用意されていた――にもかかわらず、君は冒険者という博打(ばくち)的な職業を選んだ」

スターシア人にとって「剣を向ける」という行為は最終通告に相当するのだが、それでもなおブリュンヒルデは飄々とした態度を取り続ける。

しかし、劣等感に囚われたその声音は全く笑っていなかった。


 これ以上話していても(らち)が明かないと考え、ブリュンヒルデの身体を押し退け臨戦態勢を整えるノエル。

彼女の後ろではシルヴィアもダガーを強く握り締めていた。

「チッ……君らは見逃してやろうと思ってたけど、やっぱやめるわ。『スターシア王国の黒歴史』を知ってしまった以上、生きて帰したらウチの首がギロチンに掛けられるかもしれへん」

「フンッ、裏切り者といえど命は惜しいようだな……他人の命は奪っておいてよく言う!」

「そうや! ウチは自分が生き残るためなら何だってする女や! だから……君らはここで殺す」

「死ぬのは貴様のほうだ! この……噓つきの裏切り者がッ!!」」

それぞれの得物に魔力を込め、マギアによる先制攻撃を狙うノエルとブリュンヒルデ。

旅が始まった時から仕組まれていた裏切り――その果てに待っていた、最悪な最終決戦の結末は……。

【ゴア】

スターシア語で「残虐」「流血表現」などを意味する言葉。

「この小説はゴアなので子どもには見せられない」といったように用いる。


【アルバイト】

本来はゼーバッハ語で「労働者」を意味する言葉だが、スターシアに暮らす若いゼーバッハ人の多くは出稼ぎ労働者であるため、そこから転じて「非正規雇用」「短期雇用」を指すようにもなった。

差別的なニュアンスが少なからず含まれており、この言葉を好ましく思っていない者も多い。


【神剣】

神の力が宿っているとされる剣を指す。

格付けとしては魔剣や聖剣よりも格上であり、世界に7本しか存在しないという(魔剣及び聖剣は一品物が世界各地に伝わっている)。

ちなみに、7本全て集めると神々しいドラゴンが姿を現し、3つの願いを叶えてくれるという伝説が遺されている。

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