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【58】BLACK HISTORY -スターシア王国の黒歴史-

「そうだな……まず、何から話せばいいか」

馬小屋の小窓から見える夜空を眺め、昔話の切り出し方について悩むノエル。

彼女は間を持たせるために懐から喫煙用のパイプを取り出すが、ここにはユニコーンがいることを思い出したのか、実際に火を点けるまでには至らなかった。

「お前たちに一つ尋ねたい。異界人についての話は誰から聞いた?」

「ホームステッドの西に住んでいる賢者レガリエルからです」

別に隠す必要も無かったため、ノエルからの質問に対して僕は事実だけを答える。

すると、彼女は驚いたように「賢者だと?」と小さく呟いた後、僕とキヨマサの顔をジッと見つめてくる。

「……賢者に認められた異界人か。確かに、お前たちはじつに良い目をしている――よし!」

ついに昔話をしてくれる決心が付いたのか、重い腰を上げながらノエルは自らの過去――若き日に味わった挫折について語り始めるのだった。

「それじゃあ、私が異界人と旅をした時の話をしよう……お前たちと同じく賢者レガリエルに認められた者として、だ」


 まず、私たちスターシア人が異界人に対して抱く印象を話さねばなるまい。

単刀直入に言ってしまうと、彼らの存在を快く思う者は残念ながらあまり多くない。

多元世界を隔てる絶対不可侵の壁――「世界線」を超えてしまう者は「世界の(ことわり)を乱す」とされ、彼らの周囲には災いが起こると考えられているからだ。

しかも、それに拍車を掛ける要因は異界人自身にもあった。

時にこの世界とは全く異なる価値観や文化を持つ世界からやって来る彼らはスターシアのやり方に馴染めず、中には元々いた世界のルールを私たちに押し付けてくる愚か者も存在した。

「郷に入っては郷に従え」という言葉に従い、この世界の価値観へ適応できた異界人も当然ながらいるのだが、大半は適応が上手くいかずスターシア人のコミュニティからは拒否されたと云われている。

そのまま野垂れ死にするなら……決して良いとは言わないが、誰も迷惑を(こうむ)らないだけマシかもしれん。

問題は素直に朽ち果てることができず、中途半端に力を持つばかりに悪の道へ堕ちた者がいたことだ。


 もちろん、最初は「異界人とはいえ人間である以上、生きるためには仕方ない」と彼らを庇う意見も少なくなく、純粋な善意から援助の手を差し伸べる良識者もいた。

しかし、スターシア人から忌み嫌われ精神的苦痛を味わった者が徐々に集まり、新たなコミュニティを形成し始めるとそういった苦い経験を共有する機会が生まれ、やがて彼らの中から「自分たちを否定したスターシア人に一泡吹かせてやろう」という危険思想が芽生えてくる。

まだ私が冒険者になる前――今から40年ぐらい前の話だが、当時のことについてはそれなりに覚えている。

最初の頃は可愛いものだったさ。

隊商ギルドのキャラバンにちょっかいを掛けたり、農地に踏み入って作物や家畜を盗む程度の悪事だったからな。

だが……そこで取っ組み合いになって殺したのはやりすぎだった。

これでタガが外れたのか、一部の過激な異界人は「力を以ってスターシア人に対抗すること」を公然と主張し始め、スターシア側の取り締まり強化もあって対立は急激に深刻化。

そんな状況下で起こった「リリー8世暗殺未遂事件」は異界人排斥の大義名分としては必要十分なものであり、スターシア王家はついに近衛騎士団と冒険者ギルドを動員し戦争を開始した。


 かつてリリーフィールドの周辺――城壁の外の森には異界人の集落があった。

スターシア王家の勅命を受けた近衛騎士団及び冒険者ギルドは集落へ押し入り、女子供も含めた全ての住民を躊躇無く皆殺しにした。

「異界人は存在そのものが有害である。ゆえに善悪問わず抹殺せよ」というプロバガンダの下に……。

一説には「異界人を殺した数だけ報酬金を上乗せする」という契約条項があり、資金難に苦しむギルドが虐殺に加担したと云われているが、真偽の程は分からん。

何せ、スターシア王家と異界人掃討作戦に関わった組織は隠蔽工作を行い、表向きは「正体不明の疫病により異界人は全滅した」と発表したからな。

……おっと、このことはあまり人に言い漏らすなよ。

もし、異界人が異界人虐殺の真実に近付いていることがバレたら……私の二の舞を踏むことになるぞ。


 ノエルが語った「スターシア王国の黒歴史」に僕とキヨマサはショックを受け、ただただ啞然とするしかなかった。

「……信じられません。僕がこれまで出会ってきたスターシア人はみんな優しかったんですよ……!」

「俺たちは幸運だったのかもしれん。運が悪かったら異界人だとバレた瞬間、袋叩きになって処刑されていたのか……」

僕たちの悲痛な声に耳を傾けながら両腕を組み、首を横に振るノエル。

「まあ、40年も前の出来事――しかも、国家ぐるみでひた隠しにされている黒歴史だからな。若い連中は知らなくても無理はない。もっとも、知らないほうが幸せかもしれないが……」

この言葉を聞いたことで僕は一つの疑問を抱く。

国があらゆる手を使って真実を覆い隠しているのに、なぜノエルはそういった知識を持っているのだろうか?

「しかし、ノエルさんはどうして異界人虐殺について知っているのですか?」

「私か? ああ、私もお前たちと同じように突然真実を教えられたのさ。しかも、仲間の裏切りという最悪のカタチでな……!」

仲間に裏切られた――。

彼女のカミングアウトに僕たちは再び衝撃を受けるのであった。


「あの女がやらかした、最悪の場面での裏切り……奴が奪ったモノを私は一度も忘れたことは無い」

【キャラバン】

隊商ギルドが移動時に組んでいる隊列のこと。

同じ目的地に向かう行商人及びその護衛が集まることで、少人数で行動する盗賊に襲撃を諦めさせる狙いがある。


【リリー8世】

スターシア王国の先王で、現国王リリー9世の父親(女性)にあたる人物。

暗殺未遂事件の時に負った傷により譲位を余儀なくされ、現在は療養を兼ねた隠居生活を送っているという。


【黒歴史】

スターシア王国には「色言葉」という概念があり、その中で黒は「人には言えない秘密」などを意味している。

そこから転じて「あまり言いふらしたくない過去」を指す若者言葉として、「黒歴史」が生まれたと云われている。

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