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【57】KNIFE's NIGHT -馬小屋の中の攻防-

「……」

左手にランタンを提げたまましゃがみ込み、僕の顔をジッと睨みつける「父上」。

彼女の右手には鋭いショートソードが握り締められており、磨き抜かれた刀身がランタンの光を反射し銀色に輝いていた。

……もしかして、これは絶体絶命の大ピンチなのでは?

「ッ……!」

銀色の刃が躊躇無く振り下ろされる。

速すぎる! 反応できない――!

首筋から鮮血が飛び散る瞬間を想像し、僕は死を覚悟した……。


 いつまで経っても痛みが奔ってこない。

どうしたものかと目を開けてみると、躊躇無く振り下ろされたはずの刃は首を切り裂く直前で止められていた。

「……チッ、やめたやめた!」

そう吐き捨てると「父上」はショートソードを左腰の鞘へ収め、今度は僕の方へ顔をグイっと近付けてくる。

「(綺麗……いや、凛々しい顔つきだな……。あと、馬小屋の臭さに負けないほど良い匂いがする……)」

この状況でこういう感想を抱くのもアレだが、見れば見るほど「父上」の整った顔立ちに僕は目を奪われていた。

やはり、親子だけあって顔の部分部分は大変よく似ている。

「こういう純粋な瞳は好きじゃないんだよ……在るべき世界へ帰れることを期待しているのか?」

彼女から飛び出したのは意外すぎる言葉。

「もちろんです。僕たち異界人はこの世界にとっての異物――だから、本当はこの世界にいてはいけないんです」

その質問に対して素直に答えると、「父上」は肩をすくめながら僕から顔を離すのだった。


「私の名はノエル。知っての通り、貴様らの旅に付き合っていたマーセディズとシャーロットの父親だ」

左手に提げていたランタンを地面に置き、自己紹介を行う「父上」ことノエル。

「えっと……僕はジェレミーといいます。もっとも、これが本名かは分かりませんが……」

僕の名前を聞いたノエルは2~3回頷いた後、この期に及んでも熟睡している黒髪の少年――キヨマサの方をチラリと見やる。

「おい、あの愚かなガキは?」

「ああ、彼は――」

「いや、名前ぐらいは自分で名乗らせろ。そんな最低限のマナーまで甘やかす必要はあるまい」

そう言い放ちながら先ほど置いたランタンを再び持ち、寝息を立てているキヨマサの目の前まで近付くノエル。

ここまで迫られても起きる気配が無いとは……図太いのか単なるバカなのか判断に困るところだ。


 スヤスヤと眠るキヨマサの前に立った次の瞬間、ノエルは彼がもたれ掛かっている柱へ右足をバンッと叩き付ける。

「ヒヒンッ!?」

突然の音にユニコーンたちも驚いて目を覚ますが、周囲を確認すると彼らはまた眠りに就く。

「んんッ……!?」

しかし、中途半端に眠気が覚めたキヨマサはもう眠りに就くことができないようだ。

「おい、起きろ小僧! これが敵襲だったらどうするつもりだ!」

「ええ、うそぉ……」

「……(カチン)」

絵に描いたような寝坊助ぶりが頭にきたらしく、ついにノエルは実力行使へと打って出る。

「起きろと言っているだろ……何度言わせるつもりだ!」

彼女はキヨマサの頭へ手を伸ばすと、黒髪を鷲掴みにしながら右腕の腕力だけでキヨマサの身体を軽々と持ち上げてみせた。

あんなに引っ張られたら髪の毛が根元から抜けてしまいそうだ。

「痛い痛い痛いッ! そんなに髪を引っ張るなマーセディズさん!」

「ようやくお目覚めか。この私が娘と同じぐらい若く見えているのなら、これまでの無礼を多少は許してやる」

若く見られた(ただの勘違いっぽいけど……)ことで少し機嫌が直ったのか、ノエルは右手を離しキヨマサを解放するのであった。


「はぁ……頭皮が痛い。マーセディズさん、いくら何でも乱暴すぎるぜ」

「(似てるっちゃ似てるけど、見間違えるほどかなぁ……)」

致命的な人違いにまだ気付いていないキヨマサ。

そろそろ鉄拳制裁を食らうかもしれないと思いフォローしようとした時、ノエルは左手に提げたランタンを自らの顔へと近付ける。

「どうだ、これでもマーセディズと間違えるか?」

ここまでやればキヨマサもさすがに顔の判別が付くらしく、相手の正体が分かった瞬間表情を硬く引き締める。

「……ああ、見間違えるわけがねえ。悪く思うなよ、あんたが大豪邸に泊めてくれれば俺たちは不法滞在しなかったんだぜ?」

夕方の一件を根に持っているのか、彼は敵意を込めた口調でノエルの質問に答える。

その瞳は目の前に立つ銀髪の女性を忌々しげに睨みつけていた。

「フンッ、随分と減らず口を叩くガキだ。まあいい、まずは貴様から名乗ってもらおうじゃないか」

対するノエルも刺々しい視線を全く意に介しておらず、腰を下ろしながらキヨマサへ自己紹介を要求する。

「俺はキヨマサ。知っての通り、在るべき世界への帰還を試みる異界人だ」

「私の名はノエル。貴様らの旅に付き合っていたマーセディズとシャーロットの父親だ」

「ほう……それはそれは、娘さんたちには何度も助けられましたよ」

ノエルが握手のために差し出した右手を払い除け、露骨に挑発するような笑みを浮かべるキヨマサ。

明らかにギスギスしていて……決して良い空気ではなかった。


「あの……ノエルさん? どうして僕たちの所へ来られたのですか?」

「へッ、どうせ自分自身の手で俺たちの息の根を止めに来たんだぜ」

僕の質問に対して不信感剥き出しのキヨマサがそう答えた直後、彼の左頬を銀色の光が掠める。

「……クソッ、この俺の反応速度を超えていただと?」

光が掠めた痕を指でなぞると、そこから真っ赤な血液が少しだけ(にじ)み出す。

「随分と腕が鈍ったな。現役時代はこの距離なら確実に眉間を貫いていたんだが」

そう語るノエルの右手には銀色の光――投げナイフがいつの間にか握られていた。

「大した腕だぜ。そんなんじゃ虫の一匹も殺せねえよ」

「それはともかく、貴様は少しマナーが成っていないようだな。私はこっちの金髪の少年と話をしているのだ」

相変わらず皮肉と批判の応酬を繰り返す中、投げナイフを右腰の鞘へ収めながら僕の前に座り込むノエル。

「私も昔は冒険者をやっていてね。凶暴なボスモンスターの討伐はもちろん、単独で盗賊団を全滅させてやったこともある。引退するまでの間にたくさんの功績を残し、表彰だって何回もされたさ。だが……現役時代に後悔していることが一つだけある」

なるほど、投げナイフの技術は冒険者だった頃の名残か――。

そんなことを考えていると、次の瞬間ノエルは衝撃的な一言を放つのであった。


「それは、異界人を在るべき世界へ帰せなかったことだ」

【ボスモンスター】

特定の地域において最も強大なモンスターを指す俗称。

食物連鎖の頂点に君臨する種族の中でも特に強力な個体が該当する。

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