【5】GUILD -グッドランド冒険団-
「少女用の防具で身体に堪えるかもしれないが、お金に余裕ができたら専用品を仕立ててもらうといい」
「でも、体格が中性的で良かったです。そのおかげで女の子用が何とか使えるし……」
射手用の初歩的な防具一式を購入し、僕とマーセディズは防具屋を後にする。
男性――しかも未成年の冒険者は少数派であり、男性用はともかく少年用の防具は取り扱っていなかった。
そのため、やむを得ずサイズが合いそうな少女用の防具一式で我慢しているのだ。
マーセディズのような一流冒険者は特注品を装備するらしいが、職人のレベル次第では相応のコストが掛かるという。
「さて……装備が整ったらいよいよ『ギルド』へ向かうぞ。君のギルド入りまでは面倒を見させてもらう」
「この国の冒険者はみんなギルドに入っているんですか?」
「私利私欲で動く盗賊のような輩もいるが、基本的にはギルドメンバーだと思っていい」
冒険者の集まりである「ギルド」について色々と聞いているうちに、グッドランドの町で2~3番目に大きな広場へと出てきた。
いくつかの建物が並んでいるが、その中でもレンガ造りの施設に目を奪われる。
「あのレンガ造りの建物が『グッドランド冒険団』の本拠地――君が入る予定のギルドだ」
そう、マーセディズの指し示す建物が今日の目的。
グッドランドで最も実績あるギルド「グッドランド冒険団」の本部だ。
ギルドの本部へ近付くと、チェックポイントと同じように2人の女剣士が正面玄関を警備しているのが見えた。
「君たち、一つ聞きたいことがあるんだけど……いいかな?」
マーセディズの声に反応し、そちらへ視線を向けた女剣士たちは驚いたような顔をしている。
「王都の騎士様……!」
「我がギルドにどのような御用件でしょうか……?」
王都の騎士様というのは相当格式が高いのか、女剣士たちは畏まりながらマーセディズへ用件を伺っていた。
「依頼の完了報告――それと、今日は入団テストを実施できるか知りたいんだが」
そう言いながら親指で僕の存在を指し示すマーセディズ。
「入団テストは実施できると思いますけど……でも、あの少年が受けるんですか?」
僕の姿を一目見るなり、怪訝そうな表情を浮かべる白髪の女剣士。
ムッとして睨み返してやると、彼女は慌てて視線を逸らす。
「人を見かけで判断する奴は、その慢心に足を掬われるぞ。最終判断はテストを終えてからでも遅くないだろう」
「申し訳ございません……ギルドリーダーのもとへ案内するので、ついて来てください」
「いや、結構。ここのリーダーとは顔見知りなのでね――行こう、ジェレミー」
バツが悪そうに引き下がる女剣士たちを尻目に、マーセディズは僕を連れて建物内へと足を運ぶのだった。
「(あの少年が冒険者になるの? まだまだ子どもじゃない)」
「(スターシアン・ナイツの騎士様の目利きを信じよう。それに、ウチのギルドにも似たようなのがいるだろ?)」
ギルド本部の1階はロビーになっているらしく、依頼の受付カウンターやメンバー向けのカフェテリアなどが置かれていた。
メンバー入りが認められればこれらの施設を利用できるようになるが、そのためには入団テストをパスする必要がある。
しかし、この世界の感覚では僕はまだ親の庇護を必要とする年齢であり、門前払いされてしまう可能性も否定できない。
そこで、「王都のギルドに所属する騎士」ということで一定の影響力を持つマーセディズが直接交渉に持ち込むというわけだ。
「団長、スターシアン・ナイツのマーセディズだが……入っていいか?」
2階へ上がった僕たちは「Grandmaster's Office(団長室)」という立て札を掲げた扉に辿り着き、マーセディズは何の躊躇いも無くその扉をノックする。
「おお、マーセディズか! 遠慮せずに入ってくれ!」
扉越しに返って来たのは快活な女性の声。
「失礼する、団長。依頼の完了報告と……個人的な用件を伝えに参りました」
マーセディズの後を追うように僕も団長室へ入室し、彼女の右隣に立って一礼するのだった。
団長らしき女性は僕を見るなりニコッと微笑みつつ、まずは銀色の騎士へと歩み寄って握手を交わす。
「君の実力だから依頼に関しては何ら問題無いだろう。本題は……連れの少年のことかな?」
そう言いながら再び僕の方に視線を移す団長。
団長という肩書きからもっと年配の女性を想像していたが、外見年齢はマーセディズと同等かそれより若く見える。
答えは団長自ら教えてくれた。
「少年、私の歳が気になるかい? 好奇心旺盛なのは結構だが、初対面の女性の年齢を窺うのは感心しないねえ……」
どうやら、思考が完全に外へ漏れていたらしい。
「あ……え、えっと……ごめんなさい」
さすがにマズかったと思った僕は反射的に謝ってしまう。
「ハハハッ! その素直さに免じて正解を教えてあげよう! 私の名前はヴァレリー、こう見えてグッドランド冒険団の団長を務めている」
僕の姿を見た団長――ヴァレリーは怒るどころか逆に機嫌が良くなり、机へ戻ると何かを探し始める。
「(ボクもあの人の実年齢を聞いた時は思わず耳を疑ったよ)」
耳打ちでそっと教えてくれるマーセディズ。
彼女が耳を疑うレベルということは、ひょっとして想像を絶する年齢なのだろうか。
「お待たせ、これが私の冒険者免許証だ。ここに記載されている生年月日を確認するといい」
ヴァレリーから手渡された「冒険者免許証」なる物に目を通す。
彼女が指差す生年月日欄には「1515/3/2」と書かれていた。
「マーセディズ、今は何年なの?」
「今年は1557年だよ」
えーと、1557-1515は42だから――42歳!?
「……あの、マーセディズは何歳?」
自分の計算が間違っているんじゃないかと心配になり、恐る恐るマーセディズに年齢を確認してみる。
「20歳」
「マーセディズは20歳で、団長は42歳……」
「そう、団長はああ見えて40代なのさ」
……いや、これはマーセディズに限らずみんな驚くだろう。
「アハハ、スターシア人の実年齢を見極めるのは相当難しいからね」
満足したのかヴァレリーは僕の手から冒険者免許証を取り戻し、机の中へと再び片付ける。
「私の年齢の話はこれぐらいにして……本題へ入ろうか。このギルドの入団テストを受けたいんだろう?」
これまでの陽気な言動が一変する。
真剣な表情でそう語り掛ける彼女は、1枚の古びた地図を僕に差し出すのだった。
古びた地図を率直に言い表すとしたら……宝の地図だ。
森の中には目印と思わしき岩場や特徴的な樹木が描かれ、それらを指でなぞっていくと一つの宝箱に辿り着く。
宝箱の上には「Please take this!(これを取れ!)」と赤文字で書かれていた。
「本来ならウチの入団テストは筆記試験も行うんだが、騎士様の推薦で特別に免除してやる。その代わり、実技試験は厳しく判定するから覚悟しておけ」
そう言うとヴァレリーは再び机の中を漁り、地図とは対照的な真新しい紙切れを取り出す。
紙切れに対し羽根ペンで何かを描き込むと、今度はそれを僕へ手渡してきた。
「入団テストには審査員兼サポート役を1人だけ同行させる決まりになっている。ウチには君と同年代の少年がいるから、今渡した推薦状を見せれば察してくれるだろう。詳細に関しては彼から聞いてくれ。私は実技試験のための準備をしなくちゃならん」
机の上に置かれていた書類を片付け、外出準備を整えるヴァレリー。
「マーセディズ、時間があるなら手伝ってくれ」
「ああ、騎士団のお偉いさんからも『骨休めのつもりで気楽に外回りをしてこい』と言われているからな。全然構わないさ――ジェレミー、しばらくは別行動だな」
団長室を出る直前、マーセディズは僕の頭へ優しく右手を添える。
「大丈夫、全力を尽くせばきっと上手くいくさ」
「分かった……僕、頑張るよ!」
彼女からの激励に対し、僕は自分でも驚くほど力強い返事で答えていた。
推薦状を携えた僕は「同年代の少年」がいるという、1階の共同倉庫へと向かう。
「坊や、ここは関係者以外立ち入り禁止――推薦状?」
倉庫の搬入口を警備していた女性は僕を見るなり追い返そうとするが、推薦状に気付くと僕の手から取り上げ中身へ目を通す。
「……入団テスト希望者か。すまない、まさか坊やが実技試験を受けるとは思わなくてな」
推薦状を返却し、申し訳なさそうに頭を下げる警備の女性。
「おーい、キヨマサ! お前を入団テストのサポート役にしたいと、団長からの推薦状を持った奴が来ているぞ!」
顔を上げた彼女は倉庫内の方へ振り向き、大声で「キヨマサ」なる人物を呼び出す。
推薦状に書いてあった名前だ。
しばらく待っていると、黒髪の少年がこちらへ向かって来るのが見えた。
「入団テストって……彼が受けるのか?」
「ああ、推薦状を持っているだろ? 団長が認めた存在であることは確かだ」
警備の女性と話しながら訝しげな表情を浮かべる少年。
「(何だよ……君だって似たようなモンじゃないか)」
彼――キヨマサに対する第一印象は……そうだな、好意的とは言えなかった。
この時の僕と彼は知る由も無かったんだ。
まさか、お互い全く違うカタチで再び関わり合うことになろうとは。
【冒険者免許証】
国に認められたギルド所属の冒険者であることを証明するライセンス。
王都の高級武器屋などではこれの提示を求められる場合も少なくない。
所持者の実力に応じてランク分けされており、最高ランクは俗に「スーパーライセンス」と呼ばれる。