【56】SCUDERIA -一時凌ぎ-
「……はぁ、野宿する場所を探さねえとな。とはいえ、今から市街地に戻って宿の予約を取るのも難しい話だ」
屋敷の壁にもたれ掛かり、思わずため息を吐くキヨマサ。
良い宿屋は利口な冒険者や行商人が昼過ぎの早い段階で確保してしまうため、この時間帯でも残っている宿屋というのは大抵の場合何かしらの問題を抱えているのだ。
正直なところ、僕たちのような子どもがそういった宿屋に泊まるのは避けたい。
「どうする? この屋敷の敷地内にテントを張るのが一番安全だけど、警備の人に見つかったら追い出されるよね……」
「ピッピリッピー?」
「アスカはそこら辺の木をねぐらにすればいいけど、僕たちはそういうわけにもいかないんだよ」
必死に策を練ろうとしてくれているアスカを撫でていたその時、僕の右隣にいるキヨマサの頭に白い物体が激突する。
彼のリアクションを見る限り、白い物体は途轍もなく軽い物のようだ。
「ッ、何じゃこりゃ? ゴミを外に放り投げるな――!?」
イライラを露わにしながらゴミが降ってきた方を見上げた瞬間、キヨマサは予想外の再会に思わず呆然とするのであった。
僕とキヨマサが見上げた視線の先――。
そこにある窓からは見慣れた人影が身を乗り出していた。
「し、シャーロットさ――!?」
彼女の名を呼ぼうとした時、シャーロットは「お口にチャック」のジェスチャーで僕たちに沈黙を促す。
確かに、大声を出さずとも声が聞こえる程度の距離感ではある。
「君たち、私のパパに締め出されちゃったんでしょ?」
一連の出来事が起きたのはついさっきのことだが、何かしらの方法でシャーロットは既に情報を掴んでいたらしい。
ともかく、事情を知っているのなら是非とも「パパ」を説得して欲しいところだ。
「そう、『異界人は入れん』とか言われて……このままじゃ俺たちは野宿になっちまう」
「私も屋敷に入れてあげたいのはやまやまだけど……」
2階にある自室から庭園の様子を窺っていたシャーロットの表情が曇る。
「ウチの敷地の奥に馬小屋があるの。夜は滅多に人が来ない場所だから、その中で今日は凌ぎなさい」
「馬小屋だって? 勘弁してくれよ……」
馬小屋という単語を聞いた瞬間、今度はキヨマサが露骨に嫌そうな表情を見せる。
まあ、臭いことが明白な場所で寝泊まりしたくない心情はよく分かるが……。
「そんなワガママ言ってる場合じゃないよ、キヨマサ。僕たちが不法滞在して摘まみ出されたら、きっとマーセディズさんたちにも迷惑が掛かる」
同意したい気持ちを抑え込み、僕はシャーロットの意見を呑むようキヨマサへ促す。
グッドランドでの邂逅からここまで付き合ってくれたマーセディズにこれ以上迷惑を掛けることは、何としてでも避けたかった。
「……そうだな。ああ、分かったよ。一晩ぐらいは馬小屋で我慢しようじゃないか」
物分かりが良いキヨマサを何とか説得したところで、僕たちはもう一度シャーロットの方を見上げて指示を仰ぐ。
「ありがとう。馬小屋までの地図はさっき投げ捨てた紙に書いてあるから、それを頼りに向かってちょうだい」
さっきキヨマサの頭上に降ってきたゴミ――。
その正体はくしゃくしゃに丸められたシャーロットの厚意だったのだ。
「それじゃ……この状況がパパに見つかったら怒られちゃうから、さっさと行きなさい!」
そう言い残すと彼女は窓をピシャリと閉め、次いでカーテンも閉じてしまう。
「(シャルルさん……ありがとうございます)」
戸締まりをする直前、シャーロットは少しだけ笑顔を浮かべていたような気がした。
シャーロットが提供してくれた地図を頼りに、僕たちは敷地の奥にあるという馬小屋を目指す。
ちなみに、スターシア王国ではユニコーンというファミリアを指して「馬」と呼ぶことが多い。
「馬車が置いてあるな……あそこが馬小屋で間違い無い」
キヨマサが指差した先には5~6人乗りの馬車が停めてあった。
非常に高価なことで知られる馬車を自家用で所有しているあたり、マーセディズの実家が相当裕福なことを改めて実感させられる。
たしか、駅馬車で使われている車体「ステージコーチ」は92000バックナム(約1000万円)もすると聞いたことがある。
言うまでも無いが、この大金を個人名義で出すことなど到底不可能だろう。
「入口はあそこだけ? 開ける時の軋む音でバレないかな?」
「見た感じは正面以外に入れる扉は無さそうだ。ここは慎重にいかないとな。下手に音を立てたらユニコーンに騒がれるかもしれん」
馬小屋の出入口扉へ近付き、丁寧に閂を抜こうと試みるキヨマサ。
こういった繊細さを要求される仕事は冷静沈着な彼のほうが向いている。
「――よいしょっと。早速牧草の臭いがしてきたな……クソッ、ここに一晩いたら鼻がおかしくなりそうだぜ」
「仕方ないよ。布に包まって耐え忍ぶしかないね」
そんな遣り取りをしながら僕たちは暗い馬小屋の中へと忍び込む。
だが、この時の僕たちは「閂の差し忘れ」という大きなミスを犯していたことに全く気付いていなかった。
牧草臭い馬小屋の中で眠りに就いた夜――。
「(ううん……眩しいなぁ、もう夜明けなの?)」
まぶた越しに不快な明るさを感じ、眠りを妨げられた僕は目を開けて周囲を確かめる。
キヨマサは向かい側で壁にもたれ掛かりながら寝息を立てている。
この明るさでよく眠っていられるものだ。
「こんなところにいたのか小童ども……馬小屋に潜むとはなかなか頭が回る奴らだ」
押し殺すような敵意に満ちたその声を聞いた瞬間、僕の眠気は完全に吹き飛ぶ。
間違い無い、左手にランタンを提げているこの人物の正体は……!




