【55】HOMECOMING -帰郷-
「話には聞いていたけど、実際に見ると本当に大きい町だなぁ……」
高い城壁の内側に広がっていたのは、グッドランドやホームステッドよりも遥かに巨大な町並みであった。
街路沿いに並ぶ建物の規模はもちろん、道行く人々の数もこれまで訪れた町々とは比べ物にならない。
その趣きはまさに大都会といった感じだ。
「あまりキョロキョロするなよ、田舎者に思われるぞ」
「あ! すみません……」
「まあ、好奇心旺盛な年頃だからな。新しい土地の風景に興味が湧く気持ちは分かるが……」
上京したばかりの田舎者みたいに落ち着きが無い僕を窘めつつ、マーセディズは「師匠」ことドローレスと今後の予定について話し合うのだった。
「師匠、貴女は明日も出勤日なのですか?」
「うむ、明日からしばらくは通常業務になるが……それがどうかしたのか?」
「じつを言うと、騎士団長との面会について推薦状を書いて頂きたいのです」
真剣な表情で「騎士団長に直接会って話をしたい」と語るマーセディズの雰囲気から、彼女が何やら重大な使命を帯びていることを瞬時に察するドローレス。
彼女らが所属する騎士団ギルド「スターシアン・ナイツ」の最高責任者――騎士団長は分刻みでのスケジューリングが行われているほど多忙な人物であり、面会の優先順位は当然ながらクライアントや仕入れ業者のほうが高い。
内部関係者の場合は僅かな時間を見つけて会う必要があるが、それができるのは幹部クラスの上級騎士ぐらいだろう。
日常業務と鍛錬に明け暮れる中級以下の騎士にそんな余裕など無い。
そこで、スターシアン・ナイツでは騎士団長が末端メンバーの意見を確認できる手段をいくつか用意しており、その中の一つに「推薦面会」という制度がある。
これは騎士団長との面会を望む者に対し準上級騎士3人が推薦状を書き、それを上級騎士が集まる幹部会議で提示し過半数以上の賛成を得られた場合、騎士団長のスケジュールに15分間の「面会時間」を組み込んでもらえるのだ。
もっとも、推薦状を集めるのはともかく上級騎士も決して暇ではない以上、幹部会議を招集してもらうのは簡単な話ではないのだが……。
スターシアン・ナイツの本部に程近い集合住宅に暮らしているというドローレスと別れを告げ、僕たちはマーセディズの実家がある王都内の一等地を目指す。
中心街から少し離れているためか、夕暮れ時という時間帯も合わさり王都とは思えないほど静かな場所だ。
通行人とはあまり出会わないが、やはり一等地に屋敷を構えるような人たちは夜遊びなどしないのだろうか。
「(あの屋敷のベランダにいる人、ビノーキュラスで星を眺めてるのかな? お洒落な趣味だなあ……)」
それにしても、この辺りに建っている屋敷はどれを見ても非常に大きい。
マーセディズも元々はこれぐらい大きな屋敷に住んでいたのかと思うと、彼女との出会いは幸運であったとつくづく実感させられる。
「あの白い壁の屋敷が見えるか? あれがボクの実家だ。自慢じゃないが、この辺りでは王城の次に大きな建物だぞ」
彼女が指し示す先には、確かに純白の壁が一際目立つ大豪邸がその威容を誇っていた。
大豪邸まではもう少し距離があるはずだが、僕とキヨマサにはすぐ近くに建っているように感じられた。
大理石で造られた正門を潜り抜け、僕たちはついに大豪邸の敷地内へと足を踏み入れる。
どことなく寂れた印象だった賢者レガリエルの屋敷に対し、マーセディズの実家からは「上品な煌びやかさ」が醸し出されていた。
庭園の花壇に植えられた白いユリ――マドンナリリーの花がそう思わせる理由かもしれない。
なんでも、リリーフィールドという言葉は「ユリの楽園」という意味を持ち、スターシア王家やスターシアン・ナイツもマドンナリリーを紋章として掲げているらしい。
「あの、マーセディズさん?」
「何だ? 予想以上にボクの実家がデカすぎて驚いたか?」
「それも無いわけじゃないんですけど……多分、シャーロットさんもこの屋敷に帰って来ているんですよね?」
僕の質問に対してマーセディズは無言で頷き、屋敷の方――2階の左端にある灯りが零れている部屋を指差す。
おそらく、あの部屋が実家におけるシャーロットの居場所なのだろう。
「彼女はホームステッドにある研究員用の寮に住んでいるが、王都へ立ち寄る時は必ず実家に戻って来る。この家はボクたち姉妹にとっての帰る場所なんだよ」
「帰る場所……か」
マーセディズたちには生まれ故郷があるが、異界人の僕とキヨマサにそんなモノなど無い――。
その現実を噛み締めていた時、彼女は慰めるように僕の頭を優しく撫でてくれるのだった。
「……君たちの『帰るべき場所』を見つける旅、ボクは最後まで付き合ってやるさ。たとえ、それが帰れるかも分からない旅だとしても……だ」
僕たちへそう語り掛けながら正面玄関のドアノッカーに手を掛けるマーセディズ。
「そうそう、ウチの親父――ああ、親父といっても女なんだが、彼女は礼儀とかに結構厳しい人だからな。あまり粗相の無いよう――」
彼女が注意事項を説明しようとしていた時、ガチャリという音と共に突然ドアが開かれたことでマーセディズは慌ててドアノッカーから手を放す。
賢者レガリエルの屋敷でも似たようなことがあった気がするが、これは彼女の持ちネタか何かだろうか?
「ッ、危ないぞ! 倒れたらどうする――!」
ドアが開く方向へ前のめりになったマーセディズは抗議の声を上げるが、ドアを開けた人物を見た瞬間たちまち表情を凍り付かせる。
「あ、父上……!」
マーセディズに「父上」と呼ばれた女性は、鋭い眼光を以って僕たちのことを睨みつけている。
……控えめに言っても歓迎されているとは思えなかった。
「長期出張を終え、休暇のために戻って来ました……」
暫しの沈黙の後、娘の報告に対し「父上」は険しい表情のまま次のように切り返す。
「シャルルから話は聞いている。お前が帰って来たのを咎めるつもりは無い……だが」
彼女は少しだけ僕たちの方を一瞥し、首を横に振りながら長女の方へと視線を戻す。
「何処の馬の骨とも分からん小童を連れて来るとはどういう事だ?」
「父上! 彼らは確かに異界人ですが、信頼できる少年たちでもあります!」
異界人――。
その単語を耳にした瞬間、「父上」の表情がより一層険しいものへと変わるのが見て取れた。
ああ、マーセディズさん……どうして余計な一言を付け加えてしまったんだ。
「異界人だと? この世界の摂理を乱す者が……我が一族の屋敷に入れると思うなよ……!」
まるで苦虫を嚙み潰したかのような表情を僕たちへ向けると、「父上」はそう吐き捨てながらマーセディズを強引に屋内へと引きずり込み、そのままドアをバタンと閉めてしまう。
そして、僕たちが反応するよりも先にガチャリと鍵まで掛け、それ以上の対話を完全に拒むのであった。
「クソッタレ! そんなに俺たち異界人が憎いのか……同じ人間だろうがッ!」
「ピリッピーッ!」
固く閉ざされた正面玄関に両手を叩き付け、怒りを露わにするキヨマサと彼に同意するアスカ。
言うまでも無いが、僕たちは完全に締め出されてしまっていた。
「(マーセディズのお父さん……あの人は異界人に何か心当たりがあるのか?)」
今はそのような推測をしている場合では無い。
さて、この状況でどうやって一晩を凌ごうか……。




