【54】CAPITAL CITY -王都リリーフィールド-
ファミリア――トリバードこと「アスカ」を仲間に加え、僕たちは王都を目指す旅を再開する。
駅馬車を降りてから3日ほど迂回路を歩き続けた末、ようやく土砂崩壊を免れた区間を発見し、道無き道を無理矢理下ることでコマンチ街道へ合流することに成功した。
「久々に石畳の道を見た気がするぜ。やはり、こっちのほうが歩きやすくて楽だな」
慣れない道での行軍により靴擦れが生じた左足を押さえながら呟くキヨマサ。
「そうだね。慣れない道は可能なら歩くべきじゃないよ」
じつを言うと僕も突き出ていた小枝に右脚をやられ、マーセディズによる応急手当を受けていた。
とはいえ、そういった苦労の甲斐もあり最小限のロスで土砂崩壊した部分を突破することに成功し、今や王都リリーフィールドを囲う城壁が地平線の先に薄っすらと見えている。
旅の中間地点――スターシア王国最大の都市の姿が……。
「あれがこの国の王都……」
「そうだ、スターシア王国――いや、俺たちが生きるこの世界で最大規模の都市だと思う。他に規模が並ぶ都市といえばオリエント超大陸のヴワルやエオヌスぐらいだろうな」
リリーフィールドの光景を初めて目の当たりにする僕に対し、キヨマサは簡潔に王都について説明してくれる。
元々この一帯は温暖な気候の大平原にすぎず、多種多様な野生モンスターが暮らす「自然保護区」のように機能していた。
まだ井戸を掘る技術が未発達だった先史時代、人々は湧水や川沿いといった水資源が容易に得られる地域に住んでおり、狩猟採集や牧畜以外で内陸部を訪れることは滅多に無かったのだ。
いくら自然豊かな土地とはいえ、生きるために必須となる水が入手困難な場所に好き好んで移住する者などいなかった。
人類が文明を興したのは今から数万年前と云われている。
その頃になると井戸や水道の整備が盛んに行われ、これにより人々は新たに地下水という水資源を利用できるようになった。
これまで僕が巡ってきたグッドランドやホームステッドも井戸が掘られたことで生活用水の確保に目処が付き、井戸の周りに人々が移住してきたことで集落から発展を遂げた町である。
前述の町々はより良い生活環境を求める人々が自然に寄り集まって形成された都市だが、リリーフィールドだけは少し事情が違う。
スターシア王国の首都であるリリーフィールドは街路の配置などが予め決められた「計画都市」として建設が進められ、元々は王族の居城と家来の住宅を高い城壁で囲っただけの町であった。
白いユリの花が咲き誇るこの地が選ばれたのは、スターシア史上最高の名君とされる「リリー・ルナ・スターシア4世」がユリの花畑を気に入ったからだとされている。
過去の伝承についてはともかく、周辺都市とのアクセスが容易で拡張性にも優れるリリーフィールドは移住希望者を多数呼び寄せ、100年ほど昔となるリリー6世の時代には名実共に国の中心にして最大の都市へと発展を遂げたのである。
「ボクのご先祖様はリリー4世を護る近衛騎士団の団長を務めていて、リリーフィールドへ最初期に移り住んだ人物の一人でもある。そのおかげでボクの一族は今もリリーフィールドの一等地に屋敷を構え、何一つ不自由しない生活を送らせてもらっている」
雲一つ無い青空を見上げながら自らの一族の歴史について語り始めるマーセディズ。
前々から育ちが良さそうな雰囲気は醸し出していたが、まさか国王とも関わりがあるほど由緒正しい一族だったとは……。
「……ま、そういうボクは親の七光りが嫌で家出したこともあるけどな! アハハハハッ!」
「はぁ……マーセディズさんにもお転婆な時代が……」
「いや、今でも十分お転婆だろ――あ、何でもないです……」
「ピリッピー?」
3人+1羽でそんな他愛の無い話をしながらコマンチ街道を歩いていると、王都方面からマーセディズと同じように鎧を纏った女性騎士が近付いて来る。
彼女はそのまますれ違う――かと思いきや、手を振りながら僕たちの方へ向かって来るではないか。
少なくとも僕は全く知らない人物なのだが、あっちは何か心当たりがあるらしかった。
「マーセディズじゃないか! 意外とすぐ近くまで来ていたんだな!」
「師匠……!? お久しぶりです!」
相手方の女性騎士はマーセディズのことを知っているらしく、彼女らはグータッチで再会の喜びを分かち合う。
もちろん、僕とキヨマサ(とアスカ)は状況が呑み込めず呆気に取られている。
「しかし、いつ長期出張から帰られたのですか?」
あのマーセディズが丁寧な物腰で受け答えしているところを見る限り、彼女の「師匠」は相当凄い人物に違いない。
「ああ、仕事が予想以上に順調に進んだおかげで少し早めに帰って来れた。今日が休み明けだったんで久々に騎士団本部へ出勤したんだが、そこでいきなりお前を迎えに行けと『依頼』を出されてね」
「依頼?」
「お前の妹さん名義だよ。『恥ずかしくて顔を合わせられないから、私の代わりに迎えに行ってほしい』とのことだ」
それを聞いたマーセディズは頭を掻きながら深いため息を吐く。
「はぁ、素直じゃない奴だな……」
僕たちも心の中で彼女の言葉に同意していると、こちらの姿を見た「師匠」がニコッと微笑み掛けてくる。
「ほぅ……若いながらも良い目をしているな、少年たちよ」
「あの……どちら様でしょうか?」
「おっと、すまない。弟子との再会が嬉しくて自己紹介を忘れるところだった」
少し怪訝に思った僕がそう尋ねたところ、「師匠」は冒険者免許証を道具袋の中から取り出す。
「私の名はドローレス。スターシアン・ナイツの指揮騎士を務めつつ、必要に応じて新人教育も担当している」
「指揮騎士だって!?」
僕はいまいちピンと来なかったが、紫色の髪をポニーテールで纏めた女性騎士――ドローレスの肩書きを聞いたキヨマサはかなり驚いていた。
「知ってるの、キヨマサ?」
「知ってるも何も……最前線に出張る騎士の中でも最強の存在――それが指揮騎士だ。優れた剣術と戦術眼を併せ持つ者だけが就けるポジションで、その戦闘能力の高さから騎士団の花形とも云われている」
「おいおい、買い被り過ぎだよ」
キヨマサから尊敬の眼差しで見つめられ、照れ臭そうに頭を掻くドローレス。
「……早く王都に入れ。君たちをつけている連中がいるぞ」
だが、彼女はすぐに表情を引き締め僕たちの耳元でそう囁くのだった。
ドローレスに促され、早足で王都リリーフィールドのチェックポイントへと向かう僕たち。
「バーカッ……!(見つけたぞ……我が同胞の仇!)」
「アホゥ……!(貴様らの罪……死を以って償え!)」
その様子を2羽の黒鳥が遥か上空から眺めていたことに、少なくとも僕はまだ気付いていなかった。
【ヴワル】
オリエント超大陸の中央及び北部を支配する「ヴワル-オリエント王国」の首都。
広大な湖の周辺に築かれた、世界最大級の都市の一つ。
【エオヌス】
オリエント超大陸の最西端に位置する「アロンソ王国」最大の都市。
王宮など政治中枢は内陸部の首都モンテイロに置かれているが、経済規模は港湾都市であるエオヌスのほうが遥かに大きい。
【リリー王】
スターシア王国の国王は世襲制となっており、王位に就いた者だけが「リリー・ルナ・スターシア」の名を冠することを許される。
そのため、国王は「一個人としての名前」と「王としての名前」の二つの名を持っている。




