【53】YOUR NAME -君の名は-
色々なことがあった翌日――。
平原で一晩を凌いだ僕たちは王都への旅を再開し、未だ手付かずになっているコマンチ街道の崩落箇所を一瞥しながら迂回路を進んでいた。
主に僕のせいで長時間足止めを食らっていたため、先行しているはずのシャーロットへ追い付くことは不可能だろう。
もちろん、別に僕たちは彼女と競争しているわけではないので、多少の遅れは全く気にしていなかった。
「ねえ、キヨマサ」
「何だ?」
僕からの問い掛けに対しこちらを振り返ること無く応じるキヨマサ。
これ自体はいつものことなのだが、注目すべきは彼が普段見慣れない被り物をしている点だ。
「頭にトリバードを乗せていて重くないの?」
いや、キヨマサが被っているのは季節外れの帽子ではない。
「ピッピ―……」
鳥のさえずりのような音を立てる、まるで生きているかのような被り物――。
その正体はキヨマサの頭に座ってくつろぐトリバードであった。
トリバード自体は決して大きなモンスターではないが、かと言って手乗りで餌付けできるほど小さいわけでもない。
「ん? ああ、重装騎士が被るヘルムよりは軽いからな。むしろ、頭に適度な荷重が掛かって丁度良い」
「ピー!」
「ハハッ、どうやらこいつも俺の体温が心地良いみたいだな」
キヨマサは頭にモンスターが乗っかっている状況を嫌がるどころか、逆に笑いながらトリバードの頭を優しく撫で始める。
何と言うか……トリバードと戯れている時の彼はとても楽しそうに見えた。
モンスターの自然治癒力はさすがと言うべきか、昨日保護した時は大きな外傷を負っていたにも関わらず、今のトリバードは包帯を必要としない程度にまで回復していた。
羽毛の隙間をよく見ると傷痕が残っていることは否めないが、それ以外の後遺症はほとんど見られない。
懸念事項を強いて挙げるとすれば……。
「ピー! ピー!」
「甘えん坊だなあ。もう少し進んだら休憩を取るから、その時まで我慢してくれよ」
キヨマサにすっかり懐いてしまい、自然界へ戻る気が無くなってしまったことだろうか。
というより、キヨマサのほうもトリバードの世話を始めてから随分と性格が丸くなったように思える。
たしか、僕と初めて出会った時はもっと刺々しかったはずだ。
「そこまで懐いているのなら、いっそのことファミリアにしてしまったらどうだ? シャルルの助言を裏切るようで多少気は引けるが……ボク個人としては君とトリバードの幸せを優先したい」
僕たちの会話が聞こえていたのか、スコードロンの先頭を歩きながらそう提案するマーセディズ。
「そう簡単にモンスターをファミリアにすることができるんですか?」
「ああ、モンスターとファミリアの違いは『人間の庇護下にあるか否か』ぐらいだからな。両者を明確に分ける法律が無い以上、言ったもの勝ちというの現状だ。そもそも、ルクレールも原産地では単なる一モンスターに過ぎなかったのを、ウチの両親が現地人の知り合いを通じて取り寄せた個体なんだぞ」
「なるほど……意外にアバウトなんですね」
「もっとも、血統書の作成に代表される法整備も進みつつあるがな。外来種の輸入について制限を設けるという噂も聞いている」
もし、この場にシャーロットがいたら再び大論争に発展していたかもしれないが、今回は彼女の不在により満場一致で「トリバードを保護下に置き、今後はファミリアとして扱うこと」が決まった。
少なくとも、僕とマーセディズはトリバードが旅の仲間へ加わることに異論は無かった。
さて、トリバードを仲間へ迎え入れるにあたって決めなければならないことがある。
「キヨマサ、トリバードの名前はどうするの?」
「ピーッ!」
「わ、分かってるよ……君も種族名で呼ばれ続けるのは嫌なんでしょ?」
そう、彼(彼女かも?)に名前を付けてあげなければならない。
個体数が少なく他人のファミリアと種族被りが起きづらいトリバードには必須というわけではないが、種族名で呼び続けるのは僕たちが「人間」と言われ続けるようなものだ。
それを思えば名前を付けてあげたほうが愛着が沸くし、トリバード自身にとっても幸せだろう。
事実、彼(彼女?)は種族名でしつこく呼ぶと嫌がる素振りを見せるようになってきている。
「俺に命名権を与えてしまっていいのか? 後悔しても知らないぞ」
「ピリッピー!」
キヨマサが名付け親になろうとしているのが嬉しいのか、彼の右肩へ下りて頬に擦り寄るトリバード。
「まず、お前の性別を確かめさせてくれ。男なのに女の名前を付けたら殴られるかもしれんからな」
「ピャー!」
そう呟くとキヨマサはトリバードの身体をひょいッと持ち上げ、彼(彼女)のお尻――生殖に関わる部分を覗き込む。
「……『アレ』が付いてないから、多分メスだな」
「ピギャーッ!」
「分かった分かった! 謝るから暴れないでくれ!」
このリアクションを見る限り、やはりトリバードは女の子のようだ。
珍しくたじろぐキヨマサの手から逃げ出し、彼女は僕の足元で「乗せてちょうだい!」と鳴き声を上げるのだった。
しかし、名前を付けるといってもどうすればいいのか。
妙な名前を提案してキヨマサを後悔させたくはないし、かと言って名前如きに何時間も費やす必要性も感じられない。
「ファミリアには外国語の人名を付けてあげることが多い。ルクレールも元々は遠く離れた異国の男性名だからな。たしか……『紅き跳ね馬を駆る騎手』と称される英雄の名だったか」
真剣に思い悩むキヨマサの姿を見かねたのか、マーセディズはルクレールを例に挙げてアドバイスを授ける。
「外国語の女性名を思い付く限り挙げてみたら? もしかしたら、トリバードにぴったり当てはまる名前が出てくるかもしれないし」
彼女へ続くように僕も助言を送ると、キヨマサは首を傾げながら思い付く人名を挙げていく。
「セシル、ルナール、カリーヌ、オリヒメ、リリス、ルミア、ミキ、リリカ――」
彼は驚くほどスラスラとスターシア風ではない女性名を列挙していくが、その努力をよそにトリバードは退屈そうに欠伸をしていた。
モンスターも欠伸をするんだ――と意外に思いながら眺めていると、やがてキヨマサは一つの名前へと辿り着く。
「――アスカ。そうだ、『アスカ』にしよう!」
「ピッピリッピー!」
スターシアではあまり聞き慣れない単語を聞いた瞬間、これまでで最も強い反応を示すトリバード。
……どうやら、これで名前は決まったようだ。
「アスカ! 今日からお前の名前はアスカだ!」
「ピリッピー!」
新たな名前を授かり、嬉しそうにさえずりながら飛び込んできたトリバード――アスカを受け止め、力強く抱き寄せるキヨマサ。
彼の笑顔自体は何度か見てきたが、ここまで純粋な笑顔を見せてくれるのは初めてかもしれない。
「良かったな、二人とも。その姿を見せればシャルルも考えを改めざるを得ないだろう」
「力ではダメだ……自らの意思を示すには、結果を見せればよかったんだ……!」
そうだ、僕が――いや、僕たちがシャーロットに期待していたのはこの光景だったのだ。
【ヘルム】
所謂「鉄兜」のこと。
マーセディズは機動力を重視する「軽装騎士」なので、重いヘルムは滅多に着用しない。




