【51】REGRET -懺悔-
「くッ……僕は……一体……」
痛む頭を押さえながら立ち上がろうとした瞬間、猛烈な眩暈と共に僕の身体がぐらりと揺れる。
「待て、まだ横になってろ! ずっと高熱にうなされてたのを忘れたのか!?」
そう叫ぶマーセディズに促され額に手を当てると、確かに自分でも驚くほど汗が噴き出ているのが分かる。
一見するとタチが悪い風邪のような症状だが、咳や鼻水は特に出ていない。
今の感覚をあえて言葉にするなら、「火で炙った針を身体の内側から突き刺され、全身が灼け付くように痛む」感じだろうか。
とにかく、気を失う前に感じていた「魔力に呑み込まれる感覚」はすっかり消え失せていた。
「……そういえば、シャルルさんに謝ら……ないと……」
ぶり返してきた高熱にうなされながらうわ言のように呟く僕。
痛む首を動かして周囲を確認するが、シャーロットとルクレールの姿を見つけることはできない。
ちなみに、キヨマサは近くの焚き火で何か料理を作っているようだ。
「ピッピリッピー……」
「? この鳥は……?」
そんなことを考えていると、首や翼に包帯を巻いた鳥型モンスターが僕の頬にすり寄ってくる。
どうやら、この子が自然界に戻されることは無かったらしい。
シャーロットが折れるカタチで僕の意見を呑んでくれたのだろうか?
「ああ、君の介抱をしている間に少し調べてみたんだが……その子は『トリバード』というとても希少なレアモンスターらしい」
僕のために道具袋から図鑑を取り出し、目の前のモンスターが描かれた挿絵を見せながら解説してくれるマーセディズ。
説明文には「本種は生息数がとても少なく、生態調査が進んでいない」と前置きされたうえで、「ナイトホークなど肉食モンスターに近い形態を持つが、食性は果実を中心とする草食性」「肉や羽毛の質が極めて高く、将来的な飼育方法及び繁殖技術の確立が期待される」などと記されていた。
「ピッピッピー」
なるほど、人もモンスターも見かけによらないというワケか。
あのナイトホークを彷彿とさせる鋭い眼光や強靭そうな趾からは想像できないが、トリバードは自然界においては「食われる者」に該当する存在だったのだ。
「ところで……シャルルのことについてだが……」
僕が読み終えた図鑑を道具袋へ戻した後、マーセディズは真面目な面持ちでシャーロットの状況について語り始める。
「そうだな……君が気に病むことは無い。シャルルも大人げ無い対応をしてしまったと反省し、去り際には『すまなかったと伝えて欲しい』と言っていた。結局、彼女はルクレールを連れ単独で王都まで向かうことを選んだ」
「いえ、謝るべきなのはむしろ僕のほうです。僕の言動は生態系に対する冒涜だった……!」
スコードロンを瓦解させてしまったことを悔やみ、肩を落とす僕へ銀色の騎士は優しく微笑み掛ける。
「気にするなと言っただろう? 元はと言えば、ボクがトリバードを連れて来てしまったのが悪いんだ」
「……」
「まあ、神経質になりやすい年頃だからね。自分の意見を通したいがあまり、他人にきつく当たってしまうこともあるさ。ボクもシャルルもそうやって両親と対立し、家出してまで冒険者になった身だからな。家を飛び出してから2~3年は実家に一度も帰らず、下宿させてもらった騎士団の訓練所で散々シゴかれたものだ」
自らの経験談を語りながら僕の隣へ腰を下ろし、満天の星空を見上げながら横になるマーセディズ。
そんなことがあったんだ――と意外に思っていると、彼女は過去の記憶を遡るように思い出話を続けてくれた。
「ウチの一族の人間は基本的に気が強くてな。今でこそ保守的な父上も昔は冒険者として危険を顧みなかったというし、シャルルも普段は猫を被っているだけで本性はあんな感じだ。そして……ボクのことはもちろん言わずもがなだ」
両親との喧嘩別れに騎士団での修行、そして今日の出来事――。
マーセディズは帰らざる日々に思いを馳せた後、僕に向かってこう告げる。
「そうだな……もし、シャルルと再会する機会があったら、その時にしっかり詫びればいいさ。双方が素直に『ごめんなさい』すれば簡単にカタが付く。そこに『謝罪と賠償』なんかを要求するから面倒になるのさ」
彼女の発言へ同意するように頭上を一筋の流れ星が奔っていく。
「……そういえば、気になることが一つだけあります」
「何だい?」
シャーロットの動向は分かった。
次に気になるのは、スコードロン崩壊のキッカケとなった突然の暴走だ。
自分で言うのも何だが、思春期特有の情緒不安定だけであそこまで暴れられるとは到底思えない。
「僕は……狂ってしまったのでしょうか……?」
あの時の魔力が湧き上がり、そのまま呑み込まれそうになる感覚――。
思い出すだけでもゾッとする。
もし、正気に戻れなかったらと思うと……。
「そんなことは無いと信じてるぜ。ほらよ、ポリッジでも食って身体を休めろ」
謎の「暴走」が再発する可能性に恐怖を抱いていると、焚き火の前で作業をしていたキヨマサが木皿に入ったポリッジを持って来てくれる。
正直に白状するとあまり食欲は無いのだが、何か腹に入れなければ体力回復が遅れるのもまた事実だ。
「ありがとう……いただきます」
「俺は料理人じゃないから人並みのモノしか作れんが……ま、食えないことは無いだろ?」
ジャーキーと日持ちする野菜を入れただけの、ある意味では男らしいスタイルのポリッジ――。
キヨマサは料理の腕前についてかなり謙遜していたが、今の僕にとっては全身に染み渡るほど美味しいポリッジであった。
「おいひい……!」
「そりゃ良かった。ところで……昼間の暴走について俺は少し心当たりがあるんだが、食いながらでいいから独り言を聞いてくれるか?」
ポリッジを頬張りながら頷くと、キヨマサは道具袋に入れていたジャーキーをかじりつつ「独り言」を始めるのだった。




