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【50】RUPTURE -ジェレミーの異変-

 ルクレールを連れて帰って来たマーセディズが、両腕に抱きかかえていた何か――。

「おいおい……こいつは酷い怪我だな……」

それを見たキヨマサは顔をしかめながら目を逸らす。

「酷い……誰がこんなことを?」

僕も「何か」の正体が分かった瞬間、先ほど食べたキイチゴを吐き出さないよう顔を背けるしかなかった。

なぜならば、マーセディズが抱きかかえていた「何か」とは大怪我を負った鳥型モンスターだったからだ。


「本当は野生モンスターに人の手を加えちゃいけないんだけど、連れて来ちゃったモノは仕方ないわね」

姉の行動を非難しつつも「怪我人」を見殺しにするわけにはいかず、やむを得ず応急処置を開始するシャーロット。

彼女はルクレールを育てていく中で獣医学を学んでいたためか、簡単な手当てをこなせるだけの知識と技術を持っていた。

残念だが、医療知識に乏しい僕たちは経過を見守りつつ必要に応じて手伝うことしかできなかった。

「まずは『オピオイ』で痛みを和らげて、次に『ステライザー』で傷口を消毒しつつ無菌空間を構築――誰か、包帯と回復薬を取って」

「コーン!」

僕たちが手を伸ばすよりも先にルクレールが道具袋へ頭を突っ込み、取り出した包帯及び回復薬を器用に咥えながら飼い主へと渡していく。

「ありがとう、ルクレール。姉さんたちは汚れてもいい布を敷いてくれない? もちろん、必要最低限の消毒は行った状態でね」

「ああ、分かった」

道具袋の中から毛布として使っているバスシーツを取り出し、消毒液を掛けながら地面に敷くマーセディズ。

消毒液の匂いが漂うバスシーツの上へ傷だらけのモンスターを寝かせ、シャーロットは包帯と回復薬を手に取るのだった。


 応急処置開始から十数分、作業が一段落したシャーロットは水筒へと手を伸ばす。

「シャーロットさん……このモンスターは大丈夫なんですか?」

「今のところはね」

それを聞いた僕はホッと胸を撫で下ろすが、肝心のシャーロット本人はどこか心配げな表情を隠さない。

「……本当は治療経過を見届けたいんだけど、自然界に医療なんてモノは無い。だから、治療を済ませたらこの子は置いて行かないといけないの」

「そんな……!」

「ジェレミー君、気持ちは分かるけど自然界に私たち人間の価値観は通用しないのよ。弱った個体から脱落し、強い個体だけが生き残り子孫を残す――それがモンスターたちのルールだから。そこに人道主義は存在しない。あるのは生きるか死ぬかの生存競争だけ……」

シャーロットの言いたいことは十分理解できる。

本来モンスターは人の手を借りること無く生きており、そこへ無闇に介入したら生態系に影響を与えるのは明白だからだ。

しかし……僕は目の前にいる傷だらけのモンスターを、元の場所へ放り出すことには賛同できなかった。


「傷だらけになって痛みを必死に堪えているモンスターを置いていくなんて……僕にはできません!」

それを聞いたシャーロットは黙って立ち上がると、突然僕の襟首を掴んで詰め寄ってくる。

彼女は今まで見たことが無い剣幕で僕を睨みつけており、先ほどの発言に対し明らかに怒りを抱いていることが分かる。

「あのね……このモンスターが助けを求めていると本気で考えているわけ? そういう人間のお節介が自然界の生態系をかき乱すのよ! 可哀想だからって安易な同情心でモンスターを保護していったら、個体数のバランスが崩れてしまうでしょう? もし、そのモンスターが凶暴な存在だったら……!」

シャーロットの言いたいことは分からないでもない。

だから、「お前は何も分かってない」と言わんばかりに正論で責め立てられると、余計に腹が立つのだ。

「シャーロットさん、一ついいですか?」

「なに?」

「今の言葉を聞く限り、あなたはこのモンスターについて何も知らないように思えます。じゃあ、こいつが凶暴だって根拠……どこにあるんです? あなたが勝手な思い込みで決めているだけじゃないんですか?」

このまま不毛な口論が続くかと思われた次の瞬間、バチンッという音と共に僕の左頬を強烈な痛みが襲う。

その勢いで後ろに倒れた僕は何をされたかを察し、マーセディズの制止を受けるシャーロットを忌々しげに見上げるのだった。


「落ち着け、シャルル! ジェレミーも言葉選びには気を付けろ!」

僕とシャーロットの間に立ちはだかり、強い口調でこう一喝するマーセディズ。

「らしくないぞ、ジェレミー。前はそんなに我が強い奴じゃなかったのに、賢者様に会ってから自己主張の仕方が激しくなったな。一体全体どうしちまったんだ……?」

「僕は……普通だよ……! おかしいのはあっちの方だ……!」

「ジェレミー! お前、何だか様子が変だぞ!?」

なぜか動揺しているキヨマサに肩を支えられ、目の前でこちらを見下ろすマギア使いを睨みながら僕は立ち上がる。

おかしくなんかない……僕は……僕が……イかれてるわけが無いッ!!

「ジェレミー……! ッ、まさか!?」

「マズいぞッ! キヨマサ、力尽くで押さえ込め!」

「あ、ああ!」

シャーロットたちの緊迫した声が聞こえなくなり、どんどん意識が遠のいていく……。

僕が最後に覚えているのは、激昂して「ソニックブーン」をシャーロットへ叩き込もうとする瞬間だ。

そこから先のことは……何も分からない。


「夫の死体はまだ発見されていないのでしょう!? 死体が見つかるまでは彼――ジェレミーが死んだとは認めませんから……!」

「ねえ、ママ。パパはいつになったらお仕事から帰って来るの?」

「……ちょっとだけ遠い場所にいるのよ。だから、安心してベッドに戻りなさいシャーロット」

「うん……分かった。ママもちゃんとお休みしてね」


 数時間後、目を覚ますと頭上には綺麗な星空が見えていた。

「(ん……長い夢を見ていたようだ。俺は一体……?)」

意識が飛んでからそんなに経ったのか――。

そういったことを考えていると、僕の目覚めに気付いた誰かが横から顔を出してくる。

「ようやく起きたな……大丈夫か? 冷静さを取り戻したか?」

「ピヨピー……?」

その正体は心配げな表情を浮かべるマーセディズと、数時間前に助けてあげた謎の鳥型モンスターであった。

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