【48】LECLERC -ルクレールの出番-
コマンチ街道の中継地を出発してから約2日――。
僕たちは野宿を繰り返しながら草木が生い茂る旧道を歩いていた。
道が荒れている迂回路を通る物好きは一匹狼の冒険者と郵便配達員ぐらいであり、僕たちのような多人数スコードロンとはまだ一度も出会っていない。
リスクが高い迂回路は可及的速やかに突破しなければならないが、多人数になるとどうしても進行速度が遅くなってしまうからだ。
おそらく、マーセディズやキヨマサ単独なら今頃はもっと先へ進んでいるに違いない。
じゃあ、誰がこのスコードロンの足を引っ張っているかというと……。
「はぁ……はぁ……ちょっと待って、二人とも速いよ!」
「肉体派じゃないこっちの身にもなってよ!」
残念ながら、スタミナが足りない僕とシャーロットがスコードロンの足枷となってしまっていた。
特にマーセディズは重い鎧を身に着けているはずなのに、常に僕たちの先を歩きながらも疲れの色さえ見せていない。
「ったく、だらしねぇな」
「まあ、そう言ってやるなキヨマサ。今日はかれこれ3時間歩きっぱなしだからな、疲れが溜まってても仕方ないさ」
僕たちの方を振り向いて肩をすくめるキヨマサを制し、マーセディズは「そろそろ休憩しようか」とジェスチャーで尋ねてくる。
それを見たシャーロットが二つ返事で応じると、銀色の騎士は道から少し外れたところにある木陰を指し示す。
「あそこで少し休もう。なに、多少足を止めるぐらいの余裕はあるさ」
おあつらえ向きに生えている大樹の下を目指し、僕たちは少しだけ寄り道をするのだった。
ジェレミーたちが木陰で一息ついている間、高台にキイチゴが生えているのを見つけたシャーロットはどうにかして採取しようと試行錯誤していた。
「うーん、困ったわね……」
「コーン……」
険しい岩壁を前に首を傾げて思い悩むシャーロットとルクレール。
身体能力が高ければ僅かな足場を見つけて無理矢理登れるかもしれないが、あいにく銀髪のマギア使いにそこまでの体力は無い。
補助マギアで身体能力を引き上げて強引によじ登るという方法もあるものの、たかだかキイチゴ数個のために貴重な魔力を消費するのも考え物だ。
「コン! オコーン!」
「うん? 何か良いアイデアがあるの、ルクレール?」
いや……まだやり様はある。
シャーロットの左肩に乗っかっているこの聡明なファミリアは、どうやら妙案を考え付いたようであった。
人間がよじ登るにはいささか困難な崖――。
それは傾斜の厳しさはもちろん、足場となり得る出っ張りがあまりに少なすぎるからだ。
僅かな出っ張りもシャーロットが体重を掛けただけで崩れてしまうだろう。
「コーン!」
だが、人間よりも遥かに小柄で体重が軽いルクレールなら話は変わってくる。
彼の種族「フーシエン」は野生では断崖絶壁を生息地としており、垂直に近い崖を登ることなど造作も無いのである。
「行ってくれるかしら? あそこに生えているキイチゴを何個かもぎ取って、下に落としてちょうだい。落としたヤツは私がしっかりとキャッチするからね」
「コンコン!」
頭を撫でられたルクレールは威勢の良い鳴き声と共に飼い主の左肩から飛び降り、足場が不安定な岩壁を軽やかに駆け登っていく。
「頑張ってねー――って、早いなぁ。もう声が届かない高さまで行っちゃったよ……」
シャーロットが声援を送った時、小さなファミリアは既に岩壁の中腹まで登り切っていた。
軽々と頂上まで辿り着いたルクレールは飼い主が指し示していたキイチゴの木を見つけ、食べれそうな果実を匂いと「野生の勘」で選別していく。
「ロコーン……?(咥えながら摘み取ったら汚いって言われるかな? でもまあ、前脚じゃキイチゴを持てないから仕方ないだろ。僕は毎日シャルルに身体を洗ってもらってるんだから、病気の心配なんか無いって!)」
人間が生食しても問題無さそうな状態の果実を的確に判別し、口で丁寧に摘み取っていくルクレール。
十数個ほど採ったところで崖から身を乗り出して飼い主――シャーロットの位置を確認する。
彼女は薬草として使える草を探し回っているためか、ファミリアが崖の上から見下ろしていることに気付く様子は無い。
「コーン……(おいおい、雑草と戯れてたらキイチゴをキャッチできないだろ。ったく、しょうがねえな……ちょっと驚かしてやるか)」
それを見たルクレールは小さなキイチゴを1つだけ咥え、薬草探しに夢中な飼い主の頭上へと狙いを定める。
「コン!」
宙へ放り投げられたキイチゴの果実は重力に任せて自由落下していき、ちょうど立ち上がったシャーロットの後頭部に見事直撃するのであった。
「痛っ、何か飛んで来た――って、ルクレール! もう……いたずらっ子なんだから」
後頭部に痛みを覚えたシャーロットは足下に落ちていたキイチゴを発見し、すぐにファミリアのイタズラだと分かり崖の上を見上げる。
「今度はちゃんと受け取れるわよ! さあ、早く収穫したキイチゴを投げなさい!」
動体視力に自信があるのか、挑発的なジェスチャーでルクレールに対し催促してくるシャーロット。
人間特有の挑発行為を理解できるほどルクレールは知能が高く、飼い主の意図を察した彼は先ほどと同じようにキイチゴを崖下へと放り投げる。
ただし、今回は3~4個同時にだ。
「あわわ! それはさすがにやりすぎだって!」
同時に降り掛かるキイチゴを慌てながらも見事キャッチしてみせるシャーロット。
改めて言うが、僅か数センチの果実を捉えられる彼女の動体視力は凄まじいものがある。
だが、飼い主の活躍などルクレールの眼中には無かったのだ。
「コン……(何だ、この臭いは……? 周りで流血沙汰でもあったのか?)」
彼の鋭い嗅覚が嗅ぎつけたのは、自分以外のモンスターの体臭と血の臭い。
それがどうしても気になったルクレールは藪の中へと入り込み、お世辞にも良いとは言えない臭いの元を辿り始めるのだった。




