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【4】ARCHER -放たれた矢-

 騎士の起床時間は早い。

朝日が昇りニワトリが鳴き始めるのと同時に僕は叩き起こされ、マーセディズの素振りへ付き合わされるハメになった。

練習用の木剣による素振り100回を終えたら軽い身支度の後、宿屋の前の通りを中心にランニングを行う。

酒場「オールド・アダム」で朝食にありつけるのはトレーニングを終えてからだ。


「お待たせしました! フル・ブレックファスト2皿でございます!」

酒場のマスターと同じ色の瞳をした、物腰柔らかな女性がカウンターテーブルに料理と紅茶を出してくれる。

マーセディズによるとスターシア人は紅茶を1日5~6杯ほど飲むらしい。

……僕もその気持ちはよく分かる。

暖かい紅茶を飲むと、とても懐かしい気分になるのだ。

もしかしたら、僕の生まれ故郷は紅茶文化が盛んな土地だったのかもしれない。

「朝食を食べ終わったらチェックアウトするからな。今日は忙しくなるから、しっかりと腹ごしらえをしておけ」

そう言いながらトマトとマッシュルームのソテーを食べ始めるマーセディズ。


 フル・ブレックファストとはスターシア王国の言葉で「重めの朝食」を意味し、その名の通り一皿の上に多種多様な料理が盛り付けられている。

内容は前述のソテー、ベーコンエッグ、ベイクドビーンズ、ソーセージ、ブラックプティング、スコーン、「キッパー」と呼ばれる魚の燻製――。

これら「おかず」に加えて「ポリッジ」という(かゆ)が主食として別皿で提供されているのだ。

そして、食後には本日2杯目の紅茶が待っている。

量が多いのは人を選ぶかもしれないが、相性が良いのか僕は見事に平らげることができた。


 朝食を終えた僕たちは受付でチェックアウトの手続きを済ませ、ノールズ・インを後にする。

これから向かう場所は前日の就寝前にマーセディズから聞いていた。

「冒険者がたくさんいるだろ? この辺りは装備や道具を扱う店が並んでいるんだ」

彼女の言う通り、鎧で身を固め武器を携えた女性冒険者たちが店へ出入りしている。

中には胸当てなど最小限の防具にダガーを装備する軽装な人や、クロークを着込み杖を持つ魔法使いらしき人物も見受けられた。

ちなみに、彼女らは視線が合うと僕へ微笑み掛けてくれることが多い。

そんなに男が珍しいのだろうか。

「さあ、君に合った武器を探しに行こうか! 剣士(ソードマン)射手(アーチャー)軽装戦士(スカウト)下級魔法使い(ウィッチ)――少年がこなせるジョブはこれぐらいだな」

意気揚々と武器屋らしき店舗へ入っていくマーセディズ。

その背中を僕は慌てて追いかけるのだった。


「いらっしゃい! ――おっと、貴女は王都の騎士様ではないか」

商品と思わしき片手剣を磨いていた女店主は作業を止め、驚いたような表情でマーセディズを見る。

「悪いけど、今日はボクの用事じゃない。この少年に適した武器を探しているんだが」

マーセディズに背中を軽く押され、僕は店主に向かってペコリとお辞儀をした。

「フッ、ハハハ! 君みたいな可愛らしいお客さんは初めてだよ」

僕の姿を一目見た店主が笑い出す。

この世界には男性がほとんどいないという事実を改めて痛感させられた。

「それはともかく、子どもだろうが大人だろうが私は対等に扱う主義だ」

しばらくすると店主は真剣な表情に戻り、片手剣を置いてカウンターの奥から出てくる。

「いいかい? もしかしたら使ってみたい武器があるかもしれないが、大事なのは自らの適性を知ることだ。『好きな武器』と『得意な武器』は全く違うことも少なくないからね」

そう言いながら彼女は僕の右手を掴み、店の奥にある「Test Field(試験場)」と書かれた扉を目指す。

「騎士様、ちょっとこの子を借りるぞ! ――プリシラ、しばらくの間カウンターを頼む」

プリシラという少女にカウンター業務を任せ、店主は僕を扉の先へ連れ出した。


 ここは武器屋の奥にある屋内試験場。

コンパクトに纏められた施設ながら、剣を打ち込むための案山子(かかし)や弓矢及び遠距離マギア用の(まと)など、様々な武器を試す設備が一通り備わっていた。

「ふぅ、君でも扱えそうなサイズの武器はこの4種類かな」

倉庫で何やら漁っていた店主がいくつかの武器を抱えて戻って来る。

僕の前に並べられた武器はショートソード、ショートボウ、2本のダガー、先端に宝玉がはめ込まれた杖――。

おそらく、マーセディズが言っていた「ジョブ」に対応する装備だろう。

「さて、まずはどれから試す?」

「じゃあ……このショートソードからいきます」

朝に素振りをやっていたためか、僕は無意識のうちに片手持ちのショートソードを選んでいた。

「よし、あそこに案山子が2体いるだろ? 私は右のヤツに攻撃を打ち込むから、君は私の動きを真似て左のヤツを叩け」

壁に立て掛けられている別のショートソードを持ち出し、案山子の前へ移動する店主。

「まずは縦斬りだ。可能な限り私の動きをトレースするんだぞ」

彼女と同じように僕も案山子の前で剣を構え、見よう見まねの斬撃を繰り出すのだった。


「次、ダガー!」

小柄な体格の僕にはダガーのほうが向いているらしく、ショートソードほど疲れずに試験を終えることができた。

「休む暇は無いぞ! マギアを使う時は『ロッド』の先端を的の方へ構えて、意識を集中! あの的を貫くビジョンをイメージするんだ!」

自分を参考にしろと言わんばかりに店主は「ロッド」なる武器を構え、先端の宝玉を十数メートル先の的へと向ける。

「すぅ……」

彼女が大きく息を吸った直後、宝玉の上に手の平サイズの紅い火の玉が発生。

「『ブレイズ』!」

詠唱しながらロッドを軽く振りかざすと火の玉が真っ直ぐ飛んでいき、的の中心部に直撃して弾け飛ぶ。

着弾した部分には黒い焦げ跡が残っていた。


「これが炎の初級マギア『ブレイズ』だよ。本職の上級魔法使い(ウィザード)魔導師(メイジ)ならもっと大きい火の玉になるけど、私は素人だからリンゴ並みのサイズで精一杯かな」

恥ずかしそうに頭をかく店主。

「凄い……! 僕にも今の技ができるんですか?」

だが、僕にとっては「人間が火の玉を放つ」という現象自体が新鮮であった。

「君のマギア属性が炎ならね。生まれつき得意とする属性は人それぞれだから、まずは一番相性の良い属性を見つける必要がある」

感動の余韻がまだ残っているが、僕は店主がやっていたようにロッドを構える。

「そうそう、その調子だ。集中力を可能な限り高めて……的にぶつけてやれ!」

余計な情報をシャットアウトするために目を瞑り、ゆっくりと深呼吸を行う。

それを察してくれたのか、店主は先ほどのアドバイスを最後に一言も発していない。

「(的のど真ん中を貫く……的のど真ん中を貫く……!)」

極限まで集中力が高まった瞬間、僕はカッと目を見開いて十数メートル先の的を睨みつける。

その直後、どこからともなく吹きつけた「風」にあおられ、僕の小柄な身体はよろめくのだった。


「なるほど。どうやら、君は風属性の下に生まれたらしい」

「これが……僕のマギア……!?」

屋内試験場を見渡してみる。

窓は1か所だけ設置されているが、今は完全に閉じられている。

どうやら、さっきの「風」は隙間風ではないらしい。

……それにしても、マーセディズの「氷柱」や店主の「火の玉」みたいな技が、まさか自分にもできたなんて。

「風属性のマギアは主に大気に作用するんだ。今みたいに風を巻き起こすのもそうだし、修練を積めば衝撃波だって放てる」

風属性について簡単な解説をした後、店主は最後に残った武器――ショートボウを僕に手渡す。

「私が見た限りなんだけどね……君に刀剣類は向いてないよ。マギアに対する適性は高そうだけど、明日にでも必要ならばオススメできない。基礎を覚えるには少し時間が掛かるんだ」

武器のプロである店主から宣告される、率直且つ現実的な評価。

個人的には朝の素振りは結構上手かったと思うのだが、プロの眼ではそうじゃなかったのだろう。


 矢を射る時の姿勢や弦の引き方について一通り教わった後、僕は的の直線上へと移動する。

「(この距離で本当に当たるんだろうか……)」

湧き上がる不安を振り払い、店主が教えてくれた通りに右手で弦を引く。

彼女はすぐ隣で静かに見守っている。

「ッ!」

的の中心を見据え、右手を離す。

放たれた矢は左右にブレること無く飛び抜け、的の中心より少し下へと突き刺さっていた。

「おおッ!」

その瞬間を見ていた店主が思わず声を上げる。

100点満点中70~80点程度の位置ではあったが、弓矢を扱うのは今回が初めてだ。

「ナイスショットだ、少年! 君はもしかしたら『アーチャー』としての才能があるのかもな」

「まさか、いきなり命中するなんて……」

まぐれ当たりじゃないことを確かめるため、僕はもう1本の矢を取り出して放つ。

2発目は……中心から僅かに左へ逸れた場所に当たっていた。

「これ、イカサマでもしてあるんじゃ……?」

ビギナーズラックのようでどうも納得がいかず、3本目の矢を射ってみる。

さすがに初心者が3連続で中心付近に命中させることは……。


「うーん、もう少し練習すればクリーンヒットを連発できると思うよ。とにかく、私としては弓矢の購入をオススメするね」

使用した武器を片付けながら「アーチャー」になることを勧めてくれる店主。

3本目の矢も同じように当てたことで、彼女は僕の才能を「只者じゃない」と評価したようだ。

買いかぶり過ぎのような気もするが、意外な才能を発掘する機会を与えてくれたことには大変感謝している。

「さあ、弓矢の代金は誰が払ってくれるんだい? あの騎士様のおごりかな?」

意地悪な笑みを浮かべながら笑う店主。

……そうだ、今の僕は完全に無一文だ。

なるべく安い商品を選ぼうと決意しつつ、僕たちは店内へ戻るのであった。


 マーセディズを交えた3人で話し合った末、小型で扱い易いエントリーモデルのショートボウと汎用品の矢32本セット、矢を収めるための矢筒を「初めての武器」として買ってもらうことができた。

また、店主は弓が破損した際の応急措置や簡易的な矢の作り方を書き記したメモをオマケで付けてくれた。

武器購入に掛かった費用は3点合計で320バックナム。

今朝のフル・ブレックファストが1人前で14バックナムだったのを考えると、結構高い買い物かもしれない。

にも関わらず、マーセディズは嫌な顔一つせずに費用を捻出してくれたのである。

「あの……マーセディズさん」

店を出た後、僕は意を決して彼女へと質問をぶつける。

「何だい?」

「どうして……僕に優しく接するんですか?」

それを聞いたマーセディズはしばらく考え込んだ後、真面目な表情で僕にこう告げた。


「助けられる者を助けないのは、スターシア王国の騎士道に反する事だからだ」


 マーセディズは騎士である。

だから、騎士道精神に基づき行動しているに過ぎない。

「……ま、単純に困っている人を放って置けない性質(タチ)なんだけど」

真面目だった表情を崩し、微笑みながら僕の頭を撫でるマーセディズ。

今、目の前にいるのは「銀色の騎士」ではなく「優しいお姉さん」であった。

「さて、武器を手に入れたら次は防具だ。さすがに胸当てぐらいは用意しないとな」

そう言うと彼女は僕の左手を掴み、通りの向かい側にある防具屋へと歩き始める。

「べつに(かしこ)まって敬称を付ける必要は無い。普通に『マーセディズ』と呼んでくれて構わないよ」

「分かりました……マーセディズ」


 この時間がずっと続けばいいのに――。

でも、僕はマーセディズに頼らず一人で生きていかねばならないのだ。

【バックナム】

スターシア王国における通貨。

流通は全て硬貨で行われており、豊富に産出する銀を原材料としている。

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