【46】PRESENT -ガートルードからの贈り物-
「(ん? あそこの人混み……姉さんたちがいるところだよね?)」
姉たちと同じ駅馬車のチケットを取れたシャーロットが外へ出てくると、先ほどまでは無かった人混みがいつの間にか形成されていた。
「すみません、あの人混みは何かあったんですか?」
その光景が気になったシャーロットは人混みまで近付き、外縁部の野次馬へ目の前の状況について尋ねる。
「ああ、騎士様と二人の小僧が言い争いをしていたんだけど、いつの間にか仲直りしちゃったのさ」
「はぁ……」
「会話内容は上手く聞き取れなかったが、旅の方針についてすれ違いがあったみたいだ。まあ、仲直りできたのならそれに越したことは無いけどな」
状況が落ち着いてきたのか、30人程度は集まっていたであろう人混みは疎らになりつつある。
質問に答えてくれた野次馬の女性も「そろそろ仕事に戻るかぁ」と言い残し、その場から立ち去っていく。
「(何があったんだろう? まあいいや、姉さんたちに直接聞こうっと)」
疎らになったとはいえまだまだ数が多い人混みを掻き分け、シャーロットは姉たちのもとへ向かうのであった。
「姉さん姉さん! 随分と注目の的になっていたみたいだけど、何があったの?」
僕とキヨマサとマーセディズが互いの立場――「旅においては対等の関係」ということについて改めて確認し合っていた時、周囲の人混みの中からチケットを握ったシャーロットが姿を現す。
この反応を見る限り、彼女には僕たちの口論は聞こえなかったようだ。
「ん? まあ、色々とな……だが、もう大丈夫だ。そっちこそ無事にチケットを取れたのか?」
妹を心配させまいと最大限の笑顔でそう答えるマーセディズ。
「ええ、姉さんたちと同じ駅馬車に乗れるわよ。はいこれ、車両を探すために借りていたチケットを返しとくわ」
その表情を見たシャーロットは安堵し、姉から半ば強引に取り上げていたチケットを返却する。
「ボクたちが乗る駅馬車の出発は1時間後か……ふむ、パブで少し腹ごしらえをしてもいいな」
「オコーン!」
「ああ、お前にも餌を上げないといけないな、ルクレール。ファミリアを同伴できる店があると良いんだが」
返してもらったチケットを鎧のポケットへ収め、キツネ型ファミリアの頭を撫でながらマーセディズは懐中時計で現在時刻を確かめる。
今日は朝早く宿屋をチェックアウトした関係で軽い朝食しか取れなかったため、ちょうどお腹が減っていたところだ。
シャーロットとルクレールを旅のお供に加えた僕たちは、ランチタイムという書き入れ時を迎えつつある駅前大衆食堂「リリィズ」へと入店するのだった。
地元の観光ガイドに掲載されるほどである「リリィズ」の郷土料理に舌鼓を打ち、腹ごしらえを終えた僕たちは店を後にする。
捜索隊に参加し成果を挙げたことで莫大な額の報酬金を貰っており、少なくとも食事代には困らないようになっていた。
「出発時刻まであと30分か……もうそろそろ乗車する駅馬車の所へ行こう。ボクたちが予約した車両は6人乗りだから、残り2人が待っていれば前倒しで出発できる」
「早く出発すればそれだけ日程に余裕ができる。もしかしたら、王都の実家へ立ち寄る機会を作れるかもしれないわね」
そういえば、マーセディズとシャーロットの生まれ故郷については一度も聞いたことが無かったが、彼女らは王都リリーフィールドで生まれ育った都会っ子のようだ。
「さて、馬車に乗る前に飲料水を確保しなければ――って、あの人……ガートルードさんじゃないか?」
ステーションに併設されている道具屋へ向かおうとした時、マーセディズは駅前広場でキョロキョロしている一人の女性に注目する。
オレンジ色のロングヘアに青い瞳――そして、マギア研究所のシンボルマークが描かれた黒いローブを身に纏うその姿……。
それは紛れも無くガートルードであった。
マーセディズの視線に気が付いたのか、ガートルードは手を振りながら笑顔でこちらへと歩いて来る。
「良かった、何とか出発前に会えたわね! 郵便馬車を使う手間が省けたわ」
「ガートルード先輩! 今日は休みだって聞いていたけど、もしかして私たちの見送りに……?」
困惑顔を浮かべながらも先輩との再会を喜ぶシャーロットだったが、それと同時に彼女はある疑問を抱く。
郵便馬車? 王都まで届けなければいけない物が他にもあったのかしら――?
「ええ、それもあるけど……」
後輩からの質問に対してはこう答えつつ、道具袋の中を漁りながら僕とキヨマサのもとへ歩み寄るガートルード。
「本当の目的はこっち。困難な旅路へ臨む少年たちのために、私なりの餞別を送ろうと思ってね」
「せ、餞別……ですか?」
赤の他人である僕たちのことを最後まで気遣ってくれるのはありがたい。
だが、そこまで世話を焼くほどの義理などガートルードには無いはずだ。
一度は遠慮して謝絶しようと考えた僕だったが……。
「いいのいいの、今からあげるのは私が修行していた頃のお下がりだから。必要無いと感じたら売り払って換金しても構わないのよ?」
笑顔でそう言われてしまうと、さすがに断るわけにはいかなかった。
ところで、ガートルードが「私のお下がり」と称する餞別とは一体何物なんだろうか?
聞くところによると彼女が修行中に使っていた、換金アイテムとして価値がある物のようだが……。
「これはマギア使いの資格試験の時に使う教科書よ。マギアに関する基礎知識が事細かに記されていて、一通り読めばマギアの効率的な使い方が覚えられるわ」
最初に手渡されたのは「マギア入門書」というタイトルの分厚い学術書だ。
試しに斜め読みしてみると、確かにマギアを扱うにあたって重要な情報が多数記されていた。
ガートルードやシャーロットのような本格的なマギア使いになるためには物足りないかもしれないが、マギアをサブウェポンと割り切るのなら必要十分な知識を得られるだろう。
「そして、こっちはマギア研究所が存在を公認している全てのマギアを纏めた『マギアカタログ』。研究所で使われている物よりも少し古いバージョンだけど、大きな違いは無いから安心してね」
そう言いながらガートルードが次に手渡してきたのは、先ほどのマギア入門書よりは薄い学術書。
だが、裏表紙に書かれている価格は倍近い額が記載されていた。
「(ええ……? どこにそんな値上がりする要素が……)」
怪訝に思いながらマギアカタログの中身を確かめたところ、この書物はカラフルな挿絵や図解を多用することで見易さを追求しているらしい。
なるほど、複雑な印刷技術を用いているのであればコストアップにも納得がいく。
それにしても、このマギアカタログというものは非常に分かり易い。
「これなら自分でも覚えられるかも」と思わせてくれる文章表現になっているからだ。
……そうだな、宿屋で眠る前にでも読むと良いかもしれない。
「それじゃあみんな……もしかしたら二度と会えないかもしれないけど、幸運を祈っているわ。無事に『空の柱』から帰って来れたら、また元気な顔を見せてね」
ガートルードと永遠になるかもしれない別れを告げ、僕たち4人+1匹は駅馬車が待つステーションへと向かう。
彼女の言う通り、確実に生きて帰って来れるという保証は無いし、下手したら門前払いされる可能性もあるだろう。
だが……僕たちは困難な旅路に臨まなければならないのだ。
失われた記憶を取り戻し、在るべき世界への帰還を果たす――ただ、それだけのために。




