【45】PASSING EACH OTHER -すれ違う想い-
「シャーロットさん!? なぜ貴女がここに!?」
冷静沈着な性格のキヨマサが驚きの声を上げるのも無理はない。
いやはや、まさか「強力な助っ人」が以前助けた人だったとは……。
「もしかしたらノーマン所長から聞いたかもしれないけど、私が王都へ書類を届ける大役を引き受けたの。あと、私のことは気軽に『シャルル』と呼んでもらって構わないわ」
「あの……怪我とかは大丈夫なんですか?」
ナイトホークの営巣地から助け出した時、シャーロットは自力歩行が困難なほど脚に大怪我を負っていたはずだ。
にもかかわらず、あれから数日経った今ではこうして元気な姿を見せてくれている。
思っていたよりも傷が浅かったのか、それともマーセディズの介抱や回復マギアが良かったのか――。
いずれにせよ、銀髪のマギア使いの怪我は綺麗さっぱり消え去っていた。
3人で他愛の無い世間話をしていると、ステーションの建物から駅馬車のチケットを持ったマーセディズが姿を現す。
僕たちは居場所を知らせるために両手を大きく振るが、当のマーセディズはポカンとしながらこちらを見つめていた。
奇妙だな……あの表情は状況をあまり呑み込めていない時の顔だ。
「シャルルさん、お姉さん――マーセディズさんに説明していないんですか?」
不審に思った僕がシャーロットへそう尋ねてみたところ、彼女は頬を指で掻きながら天を仰ぐ。
……ああ、これは情報伝達が上手くいってないパターンだな。
「うーん、どうせ姉さんも王都まで一度戻るんだし、彼女へついて行く時に説明すればいいかなって……」
「はぁ、だからマーセディズさんはあんな顔をしながら向かって来てるんですね」
呆れながらも僕は人混みを掻き分け近付いて来るマーセディズの姿を確認する。
彼女の表情は困惑というか何と言うか、兎にも角にも驚きを隠せないといった様子であった。
「シャルル! どうしてここに?」
「研究所の仕事で王都へ向かわなければならないの。まあ、この書類を見てくれれば事情は分かると思うわ。私は姉さんたちと同じ駅馬車のチケットを探してくるから、ちょっと一枚貸してよ」
「あ、ああ……」
呆然とするマーセディズの手からチケットを抜き取りつつ書類を押し付けると、シャーロットは右手を挙げながらステーションへと向かって行く。
先日会った時は儚げなイメージだったのに、今の遣り取りを見た限りどうやら図太い一面も持ち合わせているらしい。
「ふーむ、何々……『二人の少年へ、先日君たちが助け出したマギア使い――シャーロットに重要な書簡を持たせている。彼女を無事に王都の大蔵省へ連れて行ってもらいたい。なお、彼女には遭難事件の療養を目的とした長期休暇を与えているので、最低限の仕事を果たしたら《空の柱》まで同行させても構わない。もちろん、王都から先の冒険は自己責任でやってもらうことになるが』――だと? ノーマン所長め、余計なことを……!」
内容を一通り確認したマーセディズは書類を強く握り締め、これまでに見たことが無いほど険しい表情を浮かべていた。
例の書類を僕へ手渡し、ため息を吐きながら空を見上げるマーセディズ。
「あの娘もああ見えて大人だからな。ボクがいちいち口出しするべきではないけど……でも、心配なんだ。『空の柱』は自分の身を守れるかさえ分からない場所なのに、そんな所へたった一人の妹を連れて行く気にはなれない……」
彼女は「スターシアン・ナイツの騎士」ではなく「シャーロットの姉」として、正直な思いを打ち明ける。
僕に兄弟姉妹がいるのかは定かではないが、マーセディズの妹を想う気持ちは痛いほどよく分かる。
だが……。
「マーセディズさん、じつを言うと僕たちもあなたを『空の柱』まで連れて行くつもりはありません」
正直なところ、僕たちもまたマーセディズを危険な旅へと巻き込みたくは無かった。
「!? な……ボクの実力に不満があるとでも言うのか!?」
「落ち着けって、マーセディズさん。ジェレミーはあなたのことを気遣っているんだ」
その発言に当然の如く食って掛かるマーセディズを抑えつつ、キヨマサは僕の言葉足らずだった部分を適切にフォローしてくれる。
「王都までの旅はあなたの腕を頼りにさせてもらうぜ。だが、そこから先は俺たち『異界人』の問題だ。それにあなたたち『地元民』を巻き込むわけにはいかない」
僕たちとしてはマーセディズを気遣ったつもりだったが、彼女にとっては身勝手且つ余計なお世話に映ったらしい。
次の瞬間、話を聞き終えた銀色の騎士はキヨマサの襟首を掴み上げ、物凄い剣幕――いや、少し悲しさが混じった表情で彼のことを睨みつけていた。
周囲の視線に気付いたマーセディズはすぐに冷静さを取り戻し、キヨマサを掴んでいた両手をゆっくりと下ろす。
「……子どものくせに水臭いんだよ、お前たちは。自分たちの問題は自力で何とかしたいという気持ちは分かるが、お前たちの今の実力では『空の柱』を拝むことすらできないぞ」
「そんなこと、僕たち自身が一番分かっているよ!」
「いや、分かってない! 『空の柱』が建っている島は船で行くような場所じゃないんだ! お前、ワイバーンに騎乗できるのか!?」
「え……?」
マーセディズを心配するあまり無意味な反論を続ける僕だったが、ワイバーンなるモンスターの話を切り出されたことで思わず閉口してしまう。
「ほら見ろ、何も知らないじゃないか。まさかとは思うが……手漕ぎの船で荒海を渡るつもりだったのか?」
「そ、それは……」
答えに窮する――何も考えていなかった僕の惨状を見たマーセディズは呆れたように首を横に振り、僕とキヨマサを抱き寄せながら本音を語り始めるのであった。
「お前たちが元々いた世界ではどうか知らないが、スターシア王国ではお前たちぐらいの年頃は子どもと見做される。そして、ボクたち大人には子どもたちのことを見守り、必要であれば彼女らの成長を手助けする責任がある」
発言内容自体は大人から子どもへの「上から目線の言葉」なのだが、不思議なことにマーセディズの言葉に僕たちは安心感と頼り甲斐を覚えていた。
何事かと気になり立ち止まっている聴衆たちも同意するように頷いており、中には「よく言った!」「それでこそスターシア人だ!」と銀色の騎士へ歓声を送る人もいる。
そういえば、ヴァレリー団長やノーマン所長、それにガートルードやマリリンといったスターシアの大人たちは、赤の他人にすぎない僕たちのことを何かと気遣ってくれていた。
……もしかしたら、彼女らにとっては至極当然の行動だったのかもしれない。
「余計なお世話かもしれないけど、お前たちのことが心配で仕方ないのさ。戦闘技術やマギアを少し齧った程度の青二才が、超一流の冒険者さえ恐れる『禁忌の地』へ挑むなんて……とんだ大バカ野郎だ」
大バカ野郎、か――。
僕とキヨマサは大切なことを忘れていたのかもしれない。
マーセディズの鎧を取り返した時、彼女と交わした約束を……。
そうだ、僕たちは同じ旅路を歩む「仲間」なんだ……!




