【44】REPORTING -ノーマンの憂い-
ノウレッジ・パレスに一晩泊めてもらった翌日、賢者と使用人に見送られながら僕たちはホームステッドへの帰路に就く。
町へ辿り着く頃には既に日が暮れつつあったが、僕とキヨマサはマーセディズに別れを告げマギア研究所へと向かう。
マギア研究所のノーマン所長と交わした約束――「何か分かったことがあったら伝える」を果たすためだ。
「すみません、ノーマン所長はいらっしゃるでしょうか……?」
定時を迎えた職員たちがロビーを行き交う中、僕はカウンターで仕事上がりの準備を始めていた受付係の女性へ所長がまだ仕事中かどうか尋ねた。
「所長ですか? まだ部屋におられると思いますが……」
「彼に会わせてください! 話さなければならないことがあるんです!」
僕の気迫に圧倒されたのか、受付係は困惑したような表情を浮かべながらカウンターから出てくる。
「何やら、とても急を要する事情があるようで……分かりました、所長室まで案内しますね」
所長室までの道程は覚えているが、受付係の厚意に甘えるカタチで僕たちは彼女の後について行くのだった。
先日と同じように魔力ロック式の扉が開くと、そこには重要そうな書類と睨めっこしているノーマン所長の姿があった。
「くそー、こりゃ予算の増加を王都まで頼みにいかんとダメだな……」
どうやら、彼は研究所の予算編成について独り言が出てしまうほど悩んでいるらしい。
「あのー……ノーマン所長?」
「ん? おお、ジェレミーにキヨマサじゃないか! 賢者レガリエルに会って来たのか!?」
僕が声を掛けるとノーマン所長は笑顔でそれに応え、挨拶代わりのグータッチを交わす。
まさか、口約束を独自解釈すること無く馬鹿正直に守るとは思っていなかったのだろう。
「ええ、とても優しそうな女性でした。結論から言うと……僕たちは『異界人』です」
僕の報告にうんうんと頷きながら耳を傾けるノーマン所長。
「出自は判明しましたが、肝心の記憶については取り戻せませんでした。そこで、俺たちは賢者レガリエルの勧めで『空の柱』なる場所へ向かおうと――」
「何ッ? 『空の柱』だって!?」
しかし、彼の顔色はキヨマサの話を聞いた瞬間一変する。
ノーマン所長が「空の柱」という単語に過剰反応した理由は一体……?
険しい表情を浮かべながら椅子から立ち上がり、僕の両肩を強く握り締めるノーマン所長。
「『空の柱』に行かんほうが良い。あそこは一度入ったら二度と戻って来れない『禁忌の地』なんだぞ……!」
そういえば、レガリエルも「空の柱」への旅路については「帰れるかも分からない旅」だと警鐘を鳴らしていた。
彼女やノーマン所長といった実力者が少なからず恐れを抱くほど、「空の柱」というのは危険且つ困難な場所なのだろうか。
でも……それでも僕たちは行かなければならないのだ。
「もう決めたんです。『空の柱』の頂上まで登り、真実を追い求めると……!」
「禁忌ってのは破るためにあるんだろ? ノーマン所長、目的のためならばどんなことでもやるのが俺たち『異界人』なんだ」
僕とキヨマサの決意が伝わったのかは分からない。
ノーマン所長は背中を向け、ため息を吐きながら肩をすくめる。
「……そうだな、異界人からしてみればスターシア王国のタブーなど知ったこっちゃない――というわけか」
私の言葉次第で彼らは困難な旅へ自信を持って臨めるようになるかもしれない。
しかし、私が独断で彼らの背中を押してしまっても良いのだろうか?
いや……この少年たちの決意は既に固まっているのだ。
男に二言は無い――!
しばしの沈黙の後、ノーマン所長は再び僕たちの方を振り返る。
「私がいくら小言を並べようと、君たちの決意は揺るがないのだろう?」
彼の問い掛けに対し僕とキヨマサは静かに頷いて答える。
それを見たノーマン所長は少しだけ表情を和らげ、今度は僕の左肩をポンっと叩く。
「……その決意、確かに受け取った。君たちのために強力な助っ人を用意しよう……ただし!」
所長室から退室する直前、ドアノブに手を掛けながら三度僕たちの方を振り返るノーマン所長。
「助っ人を『空の柱』まで連れて行く前提条件として、君たちに仕事を頼みたい。詳細は助っ人に話させるが……何、彼女を王都まで護衛するだけの簡単な依頼だ」
ノーマン所長が太鼓判を押すほどの能力を持つ助っ人――。
彼女との対面に期待と不安を抱きつつ、僕とキヨマサも所長室を後にして宿屋への帰路に就くのだった。
マギア研究所――というよりノーマン所長個人からの支援を取り付けた翌日、僕とキヨマサとマーセディズは「助っ人」との待ち合わせ場所に指定された駅馬車のステーション前にいた。
先日の捜索隊の一件で有名になってしまったのか、広場を行き交う人々の中には僕たちへ軽く声を掛けてくれる人も少なくない。
なお、マーセディズは駅馬車の運行スケジュール確認及び予約をステーション内で行っているため、この場にいるのは僕とキヨマサだけだ。
「なあ、ジェレミー」
「何?」
「ノーマン所長が言ってた『強力な助っ人』って誰なんだろうな。個人的にはガートルードさん辺りだと心強いんだが……」
確かに、優れたマギア使いであるガートルードが旅路に加わってくれれば頼りになるだろう。
とはいえ、優秀な人材ほど仕事を任せられ多忙なはずだ。
僕はキヨマサほど「助っ人」には期待していなかったが……。
「すみません、少しお尋ねしたいのですが……あなたたちがジェレミー君とキヨマサ君ですか?」
「はい、そうですが――って、貴女は……!?」
黒いローブを身に纏う女性に声を掛けられ、そちらを振り向いた僕たちは驚きを隠せなかった。
マーセディズと同じ銀髪を風になびかせ、キツネ型の小さなモンスターを引き連れている彼女の名は……。
「王立マギア研究所ホームステッド支部所属のマギア使い、シャーロットです。そして、この子はファミリアのルクレール。今度はマギア使いとして力になれると思うから……少しだけ期待してね」




