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【40】WISE MAN -賢者レガリエル-

 絶滅危惧種のレアモンスター「ネコヤンケ」を追い掛け、古城の廊下を進む僕たち。

突き当たりでは鳴き声が聞こえた方へ曲がるが、その先にネコヤンケはいなかった。

だが……。

「お待ちしておりました、真実を追い求める方たちよ」

代わりに立っていたのはモンスターではなく、使用人と思わしき女性であった。

当然彼女との面識は無いが、あちらは僕たちが「ノウレッジ・パレス」を訪ねた目的を知っているらしい。

「私の名前はハツユキ。賢者レガリエルに仕える使用人の一人……そして――」

使用人の女性――ハツユキが自己紹介をしながらヘッドドレスを外すと、白髪(はくはつ)の隙間からネコヤンケと同じ形状の獣耳がぴょこっと現れる。

そう、彼女の正体は……。

「かつて、人間の身勝手な理屈によって虐殺されたネコヤンケの生き残りです」


 ネコヤンケ――。

スターシア王国を含む広大な範囲に生息していた彼女らは美しい姿を持ち、極めて高い知能と合わせて人々から大切に保護されていた。

ところが、生物学者による調査で人間へ擬態する能力が判明したことで状況は一変。

生物学者に「近い将来、擬態能力をモノにしたネコヤンケが人間社会を汚染する可能性がある」という杞憂を吹き込まれ、愚かな王族は「危険なモンスター」の駆除を決定。

重武装の兵士たちをネコヤンケの生息地へ派遣し、皆殺しと呼べるほどの破壊と殺戮をもたらした。

その結果、元々個体数が少なかったネコヤンケはこの「亜人戦争」で更に数を減らしてしまい、種族存続のため人々の前から姿を消したという。

幸い、前述の生物学者が「王族を(たぶら)かした罪」で処刑されたことで駆除作業は中止となったが、その決断はハッキリ言って遅すぎた。

少なくとも、この時代は動物愛護という考え方自体がまだ浸透しておらず、一度減ったモンスターを効率的に増やす方法は無かったのである。


 沈黙が一瞬だったのか永遠だったのかは分からない。

「……気にしないでください、あなたたちが危害を加えないことは分かっていますから」

だが、ハツユキの笑顔とこの一言により沈黙は破られた。

「御主人様が面会を望むほどの人物だと聞いております。これより部屋まで案内致しますので、しっかりついて来て下さいね」

そう言うと白銀の使用人は僕たちに背中を向け、深紅の絨毯が敷き詰められた廊下をつかつかと歩き始める。

本来の姿がネコ型モンスターであるためか、ハツユキの足取りは人間とは思えないほどしなやかだ。

「人間たちの生活圏から離れ、ひっそりと生きてきたのか……君たちは」

「心無い密猟者から逃げる途中で家族とはぐれ、途方に暮れていた私を匿ってくれたのが御主人様だったのです」

マーセディズの問い掛けに対するハツユキの答えはこれだけだった。


 無言のまま歩き続けるハツユキについて行くこと数分、僕たちはこれまで見たことが無い立派な扉の前に辿り着く。

「ここが御主人様が普段使われている書斎です。賢者レガリエルは滅多なことでは怒らない方ですが、念のため失礼が無いよう気を付けて下さい」

最低限の注意事項を説明した後、書斎の扉をコンコンコンと3回ノックするハツユキ。

鍵穴らしきものが見当たらないため、この扉もマギア研究所の所長室と同じ魔力ロック式のようだ。

「失礼します、レガリエル様」

「例の客人? 入れていいわよ」

扉の向こうにいるであろうレガリエルは食い気味な反応を示し、客人こと僕たちを部屋へ入れるよう使用人に促す。

「は、はあ……珍しいですね、御主人様が来客をあんなに喜ばれるなんて。今日は雪でも降るのかしら」

困惑しながらもハツユキは錠前の解除を確かめ、書斎の扉を丁寧に開く。

その扉の先に広がっている、賢者が過ごすような空間とは一体……?


 書斎へ入室した僕たちの目に飛び込んできたのは、膨大な数の本を収める書棚だった。

壁自体が書棚となっているらしく、書斎机を囲うように配置されている。

「3名の客人をお連れしました、レガリエル様」

報告と共に頭を下げ、こちらから賢者のもとへ歩むよう促すハツユキ。

用件があるのなら客人から切り出せ――彼女はそう言いたげな視線でこちらを見ていた。

「本来の仕事を中断させて悪かったわね。ここからはセヴリーヌに引き継がせるから、貴女は自分の持ち場へ戻りなさい」

「はい、承知致しました」

新たな指示を受けたハツユキはレガリエルと僕たちへ一礼し、例のしなやかな足取りで書斎から退室していく。

彼女が立ち去ったことで、この書斎にいるのは僕たちと賢者の4人だけになった。

「『ノウレッジ・パレス』へようこそ、異界より来たりし少年たちよ。私の名はレガリエル、スターシア王国の人々からは賢者と呼ばれているわ」

読んでいた本を閉じるとレガリエルは書斎机から立ち上がり、優しく微笑みながら僕たちへ右手を差し出すのだった。


「ジェレミーといいます」

「俺はキヨマサです」

「ボク……いえ、私はスターシアン・ナイツ所属の騎士マーセディズだ。今日はこの少年たちの付き添いをしている」

僕、キヨマサ、そしてマーセディズの順番で握手を交わした後、レガリエルは僕たちに椅子へ腰掛けるよう促す。

「グッドランドから1週間ぐらいでこちらへ来るはずが、イレギュラーな厄介事に巻き込まれて散々だったでしょう?」

「レガリエルさん、どうして僕たちがグッドランドから来たことを?」

これまで辿ってきた旅路を言い当てられたことに驚いていると、彼女は書斎机の上を整理しながら僕の疑問へ答えてくれた。

「そうね……『賢者の勘』というヤツかしら?」

はにかみながらウィンクする姿は賢者とは思えないほど愛嬌があったが、肝心の答えについては見事なまでにはぐらかされてしまった。

というより、この人は一体いくつなんだろうか?

見ようによってはマーセディズと同年代に見えなくもないが……。


 結局、僕はレガリエルに年齢を聞くことは諦めた。

初対面から間もない女性への質問としては、さすがに失礼すぎると判断したからだ。

「さて、まずは少年たちに質問したいのだけれど……ちょっと場所を移動するわね」

「え――!?」

そう言いながらレガリエルは魔力を集中し始め、ある程度高まったところでパチンとフィンガースナップを決める。

次の瞬間、僕たちの視界は突然真っ白な光に包まれてしまう。

「(う……眩しい!)」

まぶた越しでも眩しさを感じるほどの閃光が収まり、ようやく目を開けた僕たちの周囲に広がっていた光景は……。

「こ、ここは……?」

「ようこそ、『ノウレッジ・パレス』の地下書庫――この世界のあらゆる知識が集う場所へ」

【亜人】

ネコヤンケなど人間へ擬態できるモンスターに対する蔑称。

また、「人でなし」「ろくでなし」といった意味のスラングにもなっている。

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