【38】RESUME -いざ、賢者のもとへ-
「世の中には大きな代償と引き換えに願い事を叶えられる、魔法のランプが在るというが……私はそんな物に興味は無い。死人を土から掘り起こすわけにはいかないからな」
僕が返したマギア・キャメラを机の中に戻し、自嘲気味にそう笑うノーマン所長。
大切な思い出を大事にしまった後、彼は部屋の隅にある頑丈そうな金庫を開け、その中からお金のマークが描かれた袋を2つ取り出す。
「これが捜索活動に協力してくれたのと……私の昔話に付き合ってくれたお礼だ」
遠慮するなと言わんばかりに袋を渡すノーマン所長だが、僕たちがそれを受け取るわけにはいかなかった。
「所長……少なくとも僕は受け取れません。捜索隊に協力してくれた他の冒険者への報酬か、負傷者の治療費として使ってください」
首を横に振りながら僕はお金が入った袋をノーマン所長へ差し出す。
「気を遣うな、その分の資金は既に確保してある。今手渡したのは君たちのために用意した報酬金だ」
余計な心配に対し彼はこうフォローしてくれるが、それを踏まえてもパンパンに詰まった大金を受け取る気にはなれなかった。
「ですが……こんな大金、僕には重すぎます。この世界に来て1か月も経ってないのに――!」
「ジェレミー!」
キヨマサが横で叫んだ時、僕は自分の失言にようやく気付かされた。
お金の受け取り拒否云々の話ではない。
この世界で目覚める前の記憶が無いこと――。
それは、本当に信頼できる人以外には明かしてはいけない秘密だったのだ。
永遠にも感じられるほどの静寂。
「……そうか、やはり君は『異界人』のようだな」
その沈黙を破ったのはノーマン所長の一言であった。
「いかいびと?」
聞き慣れない単語について尋ねると、彼はやはりといった感じの表情で「異界人」なるものについて説明してくれる。
「これはあくまでも噂話の類なんだが、ごく稀に私たちが全く知らない異世界から人や物が紛れ込んでくることがあるらしい。彼らは我々の世界における常識を知らない代わりに、未知の知識や技術を持っているという。もっとも……彼らの大半は環境に適応できず、そのまま野垂れ死ぬかモンスターに食い殺されるらしいがね」
ノーマン所長の口振りを聞く限り、スターシア王国の人々は異界人をあまり快く思っていないらしい。
やはり、この世界においても「異物混入」は避けるべきものなのだろう。
「もちろん、私は君が異界人であろうとなかろうと感謝の気持ちは忘れないつもりだ。そうだ……これもついでに持って行け!」
知らず知らずのうちに複雑な表情を浮かべていた僕を気遣ったのか、ノーマン所長はお金の袋と共に許可証のようなもの渡してくれるのだった。
「それは町の東側にあるチェックポイントの通行許可証だ。もし、君たちが真実を知りたいのならば……その先の森の中の古城『ノウレッジ・パレス』へ向かえ。そこに暮らしている賢者『レガリエル』なら異界人にも詳しいだろう」
レガリエル――。
そういえば、グッドランドから発つ時にヴァレリー団長も「レガリエルに会えば全て分かる」と言っていた。
そもそも、僕とキヨマサがホームステッドまで足を運んだのは、そのレガリエルという賢者に会うためである。
「決まりだな、ジェレミー。準備を済ませたらすぐに『ノウレッジ・パレス』とやらに向かうぞ」
僕がノーマン所長から受け取った通行許可証を覗き込み、こう語り掛けてくるキヨマサ。
「ああ、そこに真実があるのだとしたら……行って確かめよう!」
それに対して僕は力強い頷きで答える。
そして、ノーマン所長とガートルードの二人にも感謝しなければ……!
「ノーマン所長、ガートルードさん……色々とありがとうございました」
「真実がどのようなものであれ、俺たちはもう一度ここへ戻り結果を報告しようと思います」
お金の袋と通行許可証をついでに渡された道具袋へ収め、僕とキヨマサは退室前に深々と頭を下げる。
「少年たちよ、行ってこい! 君たちがなぜこの世界に来たのか……真実を知るんだぞ」
「君たちの旅に実りがあることを願っているわ……応援してるからね」
二人のマギア使いの激励を受けながら僕たちは所長室を退出し、新たな旅の準備を進めるために宿屋への帰路に就く。
「ガートルード、頼み事があるのだが任せられるかい?」
「何でしょう、所長」
「伝言をしてもらいたいのだが――」
その直後、ノーマン所長たちが何やら話し始めたことを僕は知る由も無かった。
翌日、消耗品を道具屋で補充し終えた僕たちはホームステッドの東にあるチェックポイントへと向かう。
立派な城壁と門を構えていたカイオワ街道側に対し、東側のチェックポイントは明らかに整備が行き届いていなかった。
「あ……おい、待て! ここから先は通行許可証を提示しなければ通せないぞ!」
だが、整備の優先度は低くとも警備担当の女剣士だけは配置されている。
彼女は僕たちのことを訝しげに睨みながら近付き、早くしろといった感じの様子で通行許可証の提示を求めた。
「どうぞ、正真正銘の本物ですよ」
「むッ……これはマギア研究所のサイン入りだな。分かった、門を開けよう」
僕が通行許可証を取り出しドヤ顔で見せつけると、女剣士は困惑しながらも本物だと判断し門を開けてくれる。
やはり、僕たちのような「ガキ」に通行許可が下りたことが納得いかないらしい。
「この先にあるのは賢者が住んでる廃墟だけだぞ? 子どもが行く場所とは思えんがな」
「それでも、僕たちはそこへ行かないといけないんです」
「――そうだ。彼らは賢者に会い、真実を知る義務がある」
女剣士とちょっとした言い争いを繰り広げていた時、後方から別の女性の声が聞こえてくる。
かなり聞き覚えのある声――。
今更考える必要も無さそうだが、彼女の正体は……?
「マーセディズさん!?」
「何とか間に合ったみたいだね――そこの剣士、通行許可証はあるんだから道を開けろ」
開かれたチェックポイントへ近付くとマーセディズは女剣士を睨みつけ、僕の右手を引っ張りながら前に突き進んでいく。
「は……はいッ……!」
その剣幕に女剣士は生返事で応じるしかなかった。
「おい、シャーロットさんの看病はしなくていいのか?」
かなりのハイペースで歩くマーセディズに追従しつつ、彼女へこう尋ねるキヨマサ。
「もう日常生活に支障は無いと医者からお墨付きを貰っている。それに……彼女はもう大人だ。姉のボクがいつまでも付き添う必要もあるまい」
彼の問い掛けに対し微笑みながら答えると、マーセディズは歩くペースを緩めて僕の右手を放すのだった。




