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【3】MYTHOLOGY -歴史のお話-

 チェックポイントを通過した僕たちの前には、いくつもの商業施設や屋台の並ぶ大通りが広がっていた。

「ここはグッドランドの目抜き通りの一つで、地元住民は『ファースト・ストリート』と呼んでいるんだ」

探し物をするように辺りを見渡しながら、この町の簡単な解説をしてくれるマーセディズ。

周囲の森に生息するモンスターがあまり強くないため、新米冒険者の修行拠点としても栄えているらしい。

……ということは、先ほど遭遇した「トトウルフ」でさえ、この世界の基準では雑魚モンスターなのだろうか?

「この辺りのモンスターはボクにとっては物足りない相手だけど、規格外の強さを持つヤツが出るという噂があってね。その調査の帰り道で君を見つけた――というわけさ」

どうやら、マーセディズとの出会いは相当幸運なものだったようだ。

彼女に助けてもらえなかったら、今頃僕はモンスターの餌になっていたかもしれない。


「あ、あったあった」

マーセディズは突然立ち止まると、出入口に「Knolles Inn(ノールズ・イン)」という看板が掲げられている建物を指差す。

「今日は宿屋で休んで、明日から君の身元調査を行うことにしよう。日没後の行動は少々危険が伴うからね」

この世界は日没が早いのか、目覚めてからまだ1時間半しか経っていないのに、空は既に薄暗くなり始めていた。

「僕、お金なんて持ってませんよ」

「お金? ハハッ、困っている子どもに請求するわけないだろ。宿代の追加ぐらいなら問題無い」

僕の発言を笑顔で一蹴するマーセディズだったが、直後に僕の頭へ右手を置きながら優しく語り掛ける。

「人の善意を無視する奴は、一生苦しむことになるぞ。だから……甘えられる時は甘えておけ」

結局、行く当ての無い僕は彼女の優しさへ再び甘え、一泊分の宿泊費と夕食代を融通してもらうことになった。


 ノールズ・インは最小限の荷物で旅する冒険者を顧客層とした宿泊施設であり、1階部分の酒場「オールド・アダム」は大勢の冒険者で賑わっていた。

僕とマーセディズはカウンター席に座ると、メニュー一覧が書かれた立て看板へ視線を移す。

「マスター、エールビールとバターミルクを1つずつ」

マーセディズに「マスター」と呼ばれた若い女性はすぐに2つのタンカードを取り出し、注文された飲み物をなみなみと注ぐ。

「王都の騎士様、仕事はどうだった?」

代金を受け取りながら親しげに話し掛けるマスター。

「まあ、ボクにとっては簡単な討伐依頼さ。それよりも……」

エールビールで喉を潤した後、マーセディズは僕の左肩へポンっと色白な右手を置く。

「この少年の住んでいる場所を知らないか? 頭を打って記憶を失っているらしいが」

マスターの赤い瞳は僕をまじまじと見つめていたものの、しばらくすると彼女は肩をすくめた。

「悪いね、あたしには分からないよ。最初はてっきり若いツバメかと」

「……深読みし過ぎだ、マスター。彼はまだ子どもだぞ」

酒場のマスターは地元住民だと思われるが、残念ながら僕の正体を知る手掛かりは持っていないらしい。


 注文した料理を待っている間、僕はバターミルクを飲みながら他の席に座る客たちを一瞥(いちべつ)する。

マーセディズは仕事の資料と思わしき文書に目を通しているため、今は話し掛けるべきではないだろう。

「(この世界で目覚めてから、若い女性と小さな女の子しか見てない気がするな)」

ずっと気になっていた事が一つある。

グッドランドのチェックポイントを抜けてからノールズ・インへ入るまでの間、自分以外の男性を一度も見ていないのだ。

生物にはオスとメスがあることぐらい、さすがの僕でも知っている。

……もちろん、人間というものが「有性生殖」で繁殖することも。

「女ばかりで気になるかい?」

僕の思考が読まれていたのか、文書へ目を通しながら器用に尋ねてくるマーセディズ。

「はい、性別の概念ぐらいは覚えてますよ」

「性別か……我々人間にとっては古い話だ」

真面目な返答をしたつもりだったが、彼女からは鼻で笑われてしまう。

「さて、少し歴史のお話でもしようか」

文書を革袋の中に収めると、マーセディズはスターシア王国に伝わる昔話を語ってくれるのだった。


 遥か昔、人間には男と女が存在し、これらが交わることで次の世代が生まれていた。

ところが、子孫繁栄のための行為である「交わり」に対し愚かな人間は快楽を見い出してしまい、徐々に堕落への道を歩んでいく。

惨状を嘆いた女神は人間から発情期を無くしたが、それでも人間は不要不急な「交わり」をやめない。

ついには自ら人間界へ飛び込み禁欲を説くものの、信仰心を失った人間の耳には届かなかった。

無下に扱われた女神はとうとう怒り狂い、人間への「断罪」を決意する。

ある時、女神は「異世界の神々と戦争をするから、兵士として人間を求めている」という名目で、この世界にいた全ての男を「禁断の地」と呼ばれる場所へ集結させる。

もちろん、戦争をするという話は真っ赤な嘘であり、真の目的は性欲に溺れた男たちを皆殺しにすることだった。

まんまと騙された男たちは女神の手で全て惨殺され、彼らの死体は「禁断の地」に遺棄されたという。


 この昔話を聞かされた時、僕は言葉を失った。

確かに、男にはそういう面があるのかもしれない。

しかし、それだけの理由でこの世界の女神は残虐非道になれるのだろうか。

……女だって同じ人間じゃないのか。

「この昔話にはまだ続きがある。ボクたちスターシア人のご先祖様は呪いを掛けられ、それが今を生きる人々にも受け継がれているのさ」

話を聞いていたマスターも同意するように頷く中、エールビールを飲みながらマーセディズは昔話の後編を語り始めた。


 女神が男たちを皆殺しにしたことを知った女たちは当然激怒し、各地にあった「テンプル」と呼ばれる神殿を全て破壊。

女神の方もこの出来事を「人間へ天罰を下す絶好の機会」と捉え、配下の神々を集めて軍団を結成。

かくして、人間VS神々の壮絶な最終戦争――通称「アルマゲドン」が勃発する。

今から3200年前の出来事であった。

七日七晩に亘る激しい戦いの末、数的不利を個々の力で覆した神々が勝利を収め、生き残った人間は「禁断の地」で全員処刑されることが決まってしまう。

だが、一人の心優しい女神が「無謀にも神々へ挑んだことを悔いているし、命だけは助けてあげるべき」と進言したため、処刑は延期される。

主要な神々による協議の結果、人間に対し下された審判は「孫子の代まで生きることで罪を背負い、女しかいない世界で贖罪の道を歩むべし」であった。

それからだ――この世界から男がいなくなり、女には老いること無く100年の時を生きるという「贖罪」が科せられたのは。


 かくして、人間の絶滅は免れることができた。

人々は助命を進言した慈悲深い女神へ感謝し、自分たちの土地に女神の名を冠するというカタチでこれを表現した。

アルマゲドンを生き残った人々がゼロから作り上げたのがスターシア王国であり、神々の赦しを得られる時まで何世代もかけて贖罪を続けているのである。

だが、決して忘れてはならない。

人間がより大きな罪を背負った時、この世界は神々でさえ予想できない「大いなる力」によって終焉を迎えるということを。


 そう、これがこの世界の歴史。

堕落と天罰による滅亡の危機を経験し、未来永劫まで続く贖罪の道と引き換えに人類は蘇った。

「この昔話をスターシア人は子どもの頃から聞かされている。ボクたちにとってはマギアの使い方と同じぐらい当たり前のことなんだ」

エールビールのおかわりを注文しつつ、マーセディズは僕の目を見て語り掛ける。

「君はこの話を全く知らないだろう?」

彼女の質問に対し僕は無言で頷いた。

「そうか……やはり君は――いや、この話は後にしよう」

シリアスな表情で何か言おうとしていたが、首を横に振り笑顔を浮かべるマーセディズ。

「お待たせ! ご注文のミートパイとスコーンだよ」

その直後、マスターが美味しそうな料理を僕たちの前に置いてくれる。

ミートパイはマーセディズ、スコーンは僕が注文したものだ。

スコーン――記憶が無いはずなのに、なぜかとても懐かしい感じがする。

「少年、そんなにあたしのスコーンが気に入ったかい?」

笑いながらそう尋ねるマスターに対し、僕はスコーンを頬張りながら頷いていた。


 夕食と入浴を終えた後、マーセディズ曰く「明日は忙しいぞ」とのことなので早めに(とこ)に就く。

「悪いね、ジェレミー。このベッドは一人用なんだ……床で寝るのはさすがにアレだろう? さあ、ボクの隣で寝るといい」

……この世界の宿屋はシングルベッドが当たり前らしく、彼女と添い寝するカタチになったのは内緒だ。

【タンカード】

現実世界では「ビールジョッキ」「ビアマグ」とも呼ばれるコップ。

作中時代のタンカードは木製または陶器製が主流である。

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