【37】HOMESTEADⅡ -マギア研究所の偉い人-
ポンチョのフードを脱ぎ、素顔を晒すマギア使いの女性。
紫色のサイドテールに銀色の瞳――彼女のことをガートルードとシャーロットは知っていた。
「メイヴィス! メイヴィスなのね!」
「やはり、さっきのドデカい『スターシェル』は君だったか。……生存者はシャルルだけか?」
メイヴィスと呼ばれた女性はガートルードとグータッチを交わしつつ、遠征隊の情報について報告を求める。
砕けた話し方を見る限り、この二人はどうやら同僚のような関係らしい。
「ええ、今のところは……詳細な調査は夜が明けないと難しいわね」
今回助けたのは数十人の遠征隊メンバーの一人でしかないことを思い出し、首を横に振りながら同僚へ厳しい現実を伝えるガートルード。
「そうか……いや、生存者を見つけられただけでも十分だ。所長へ全滅だと報告するよりはずっとマシだろう」
それに対しメイヴィスはガートルードの両肩を優しく叩き、彼女と彼女に率いられた捜索隊の努力を労う。
「先輩……」
「何も言うな、シャルル。君以外の生存者の発見を諦めたわけじゃない」
姉に背負われたままのシャーロットをそう励ましつつ、メイヴィスは僕たちを含む全員へ帰還指示を出すのだった。
「みんな、帰るまでが冒険だぞ。馬車に戻ったら好きなだけ寝ていいから、それまでは頑張って歩け!」
気が遠くなるほど長い夜の翌日、王都から派遣された特別救難捜索隊に後を託し、僕とキヨマサはマギア研究所を訪れていた。
なお、マーセディズは妹と共に診療所が近い宿屋へ宿泊しているため、残念ながら彼女は不在である。
「ジェレミーさんとキヨマサさんですね――アポイントメントの確認が取れました。これより所長室まで案内致しますので、私について来て下さい」
「は、はい……!(所長室だって?)」
研究所の受付カウンターの女性に促され、僕たちは彼女の背中を追い掛けながら所長室を目指す。
今日の朝、マギア研究所から寄越された手紙には単に「研究所へ来て欲しい」とだけ書かれており、所長との面会については全く記されていなかった。
フォーマルとは言い難い冒険者スタイルで来てしまったが、果たしてドレスコードに引っ掛からないだろうか?
コンコンコン――。
「ノーマン所長、客人2名をお連れ致しました」
「うむ、扉のロックを解除するから少し待ってくれ」
受付係の女性が「Manager's Office(所長室)」と書かれた扉を3回ノックすると、所長らしき人物の返答と共に固く閉ざされていた扉の鍵がガチャンと解錠される。
「ほう、魔力ロック式とはさすがマギア研究所と言うべきか」
マギアを用いた高度な錠前に感心するキヨマサ。
鍵穴が見当たらないので僕も気になってはいたが、どうやら本当に物理的な鍵を必要としない扉だったらしい。
「「「失礼します」」」
軽く会釈しながら入室すると、そこには少し高そうな椅子に座る少年とその隣に立つガートルードの姿があった。
「初めましてだな、ジェレミー君にキヨマサ君。私が王立マギア研究所ホームステッド支部の所長ノーマンだ」
白髪の少年――ノーマン所長は椅子から立ち上がり、僕たちへ握手を求める。
「ジェレミーです、よろしくお願いします」
「俺がキヨマサです。所長、貴男の功績についてはよく存じております」
所長のちょっと柔らかい右手を握り、僕とキヨマサもそれぞれ自己紹介をするのだった。
「(しかし……僕よりも小柄ってすごいな。この人は何歳なんだろう?)」
そんなことを考えながらノーマン所長を眺めていると、心中を見透かされていたのか彼は突然僕の方を向く。
「ジェレミー君、『なんでこんなちっこいガキが所長なんだ』って侮っているだろう?」
「え!? いえいえ、そんなことなど微塵にも思っておりません!」
突然の言いがかりを必死に釈明しようとする僕の姿をニヤニヤしながら見守るノーマン所長。
この人、じつはいじめっ子気質なのかもしれない。
「聞いて驚くなよ、私は今年で39歳になるんだぞ。君よりもずっと『おじさん』だからな」
「さ、さんじゅうきゅうさい!?」
あらかじめ「驚くなよ」と前置きされていたにも関わらず、僕は思わず情けない声を上げてしまう。
外見年齢と実年齢が必ずしも一致しないのがスターシア人の特徴であることは分かっているが、それを踏まえてもノーマン所長が39歳というのは俄かには信じられなかった。
なにせ、10代後半で小柄な僕よりも少しだけ背が低く、その声はボーイッシュな少女のように綺麗だったのだから。
「まあいい、その椅子にでも座って楽にしてくれたまえ」
ノーマン所長にそう促され、何の変哲も無い木製の椅子へ腰を下ろす僕とキヨマサ。
なるほど、ここからが話の本題というわけか。
僕たちは肩の力を抜きつつも背筋を伸ばし、ノーマン所長の一言一句へ耳を傾ける。
「まず、遭難した遠征隊の捜索に協力し、最大の成果を挙げてくれたことへ感謝したい。君たちがいなかったら遠征隊は間違い無く全滅していただろう」
「私たちが町へ戻って来た後、王都から派遣された特別救難捜索隊が生存者や遺体を見つけているわ。あの営巣地での戦いが無かったら、それさえ不可能だったかもしれない」
所長の言葉へ付け加えるように捜索活動の現況を教えてくれるガートルード。
あの時はシャーロットしか助ける余裕が無かったが、彼女以外にも絶望的な状況を生き延びたツワモノがいたらしい。
「特に、私個人としてはウチが出した捜索隊――ディアドラを救ってくれたことがありがたい」
そういえば、後続の捜索隊へ身柄を託した後のディアドラの容態についてはまだ聞いていなかった。
とはいえ、彼女について語るノーマン所長は屈託の無い笑顔を見せているため、治療経過については問題無いのだろう。
「(この人……よく見るとディアドラさんに少し似ているな)」
だから、僕が最も気になっていたのはノーマン所長がディアドラ個人へ言及する理由だった。
「ノーマン所長、個人の人間関係を追究するのは失礼かもしませんが……ディアドラさんとはどういったご関係で?」
僕と同じ疑問を抱いていたのか、キヨマサは無礼を承知の上でノーマン所長へ問い掛ける。
「ああ、彼女は姪っ子――つまり、私の姉の一人娘なんだ」
しばしの沈黙の後、ノーマン所長は天井を見上げながらそう答えた。
そして、僕たちの方へ視線を戻しつつ彼は机の中から1枚の黒い紙切れを取り出す。
「? 何ですかこれ?」
それを手渡してくれたのはいいが、肝心の使い方が分からない。
「知らないのか? そいつは『マギアキャメラ』というマジックアイテムの一つで、景色を記録するための道具だ。魔力を込めてごらん」
怪訝そうな表情を浮かべつつも使い方を丁寧に教えてくれるノーマン所長。
彼の言った通りに魔力を集中すると、黒い紙切れが徐々に鮮やかな色彩を取り戻していき、やがて人々の集まっている姿が鮮明に浮かび上がる。
その中にはノーマン所長と思わしき白髪の少年が映っており、彼は自身と同じ髪色の小さな女の子を抱っこしていたのだ。
ここまで情報を提示されれば疑問は全て解消される。
「もう20年前ぐらいの話だが、景色の中で私が抱きかかえているのが小さい頃のディアドラだ。んで、後ろに立っている背の高い女がディアドラの母親――私の姉になる。もっとも、姉さんはもうこの世にはいないがね」
在りし日の家族の姿を語るノーマン所長は優しげに微笑んでいるが、帰らざる日々へ言及する姿はどこか愁いを帯びていた。




