【36】DAYBREAK -長い夜の終わり-
「チッ……そんなに俺たちが憎いか!?」
(シャーロットをお姫様抱っこした)キヨマサの前に立ちふさがる、3羽のナイトホーク。
その姿を見た彼は忌々しげに問い詰めるが、黒鳥たちはガァガァ喚くばかりで何を言っているのか分からない。
「バーカッ!(ああ、殺したいほど憎たらしいぜ!)」
「アホーッ!(その小娘諸共ぶっ殺してやろうか!?)」
「ファッ!?(腹減ったなぁ……)」
だが、歓迎ムードと言えないことだけは確かだった。
「(どうするのよ!? このままじゃ私も君も食い殺されるわ!)」
「(俺には頼れる仲間がいます。彼らの援護に期待しましょう)」
アイコンタクトで尋ねてくるシャーロットに対し、力強い眼差しで答えるキヨマサ。
もっとも、「お姫様」を抱えている時点で戦闘力は無きに等しいため、今の彼は仲間の援護を信じて後退りするしかなかった。
「バッカッ!(怯えろ! 竦め! 人間風情が俺たちに敵対したことを後悔させてやる!)」
「お前の相手はこっちだ、鳥頭!」
それを好機と見たナイトホークが攻撃態勢へ移ろうとした時、黒鳥たちの更に後方から女の声が聞こえてくる。
キヨマサはそのデカい声に聞き覚えがあった。
「ハッ――!?(誰だ? この俺をバカにしているのは――!?)」
外野の声に反応し思わず振り返るナイトホーク。
次の瞬間、彼が目の当たりにしたのは自分の方へ飛んで来るトマホークの刃であった。
ボトッ……!
トマホークの刃を受けた黒鳥の首が宙を舞い、キヨマサたちの目の前に落ちる。
「ひッ……!?」
こういった荒事にあまり慣れていないのか、言葉にし難い声を上げるシャーロット。
首を失ったナイトホークの胴体はその場に崩れ落ち、血液と雨が入り混じる気色悪い水溜まりを作りつつあった。
「アホゥ!?(なにィ!? 後ろからだと!?)」
「ヌーン……(例の3人の仕業だろうなぁ……)」
残された黒鳥たちが後ろを振り返ると、そこには3人の人間――うち1人は明らかにか弱そうな子どもが武器を構えて立っていた。
「シャーロット!? よかった……無事だったのね!」
「が、ガートルード先輩!? どうしてここに……?」
「話は後よ! あなたとキヨマサ君は後方へ下がって!」
後輩との奇跡的な再会は大変嬉しかったが、彼女の安全を優先しこの場から離れるよう指示を出すガートルード。
「どうする、マギア使い? 目の前の奴らも殺っていいのか?」
一方、好戦的にそう尋ねてくるマリリンに対し、ガートルードはやむを得ないといった表情で追撃を許可する。
「……相手に戦う意思がある以上、仕方ありません」
それを聞いた斧使いの戦士は待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑い、自慢の両手斧(普及品)をナイトホークたちの方へ向けるのだった。
「アァン!?(クソッ、黙って殺されるわけにはいくかよ!)」
マリリンから発せられる殺気を感じ取ったのか、先制攻撃を仕掛けるべくナイトホークが動き出す。
ぬかるんだ地面を蹴り、屈強な女戦士へと襲い掛かる黒鳥だったが……。
「ガートルードッ!」
「分かってる! 風よ、抗う敵を呑み込め――!」
援護を求められたガートルードはすぐにマギア詠唱を開始し、愛用のマギアロッド「アリアンロッド」へ魔力を集中させる。
鋭い嘴が突き刺さるのが先か、それともマギア詠唱が完了するほうが先か――。
「『タイフーン』!」
先に行動を起こしたのはガートルードのほうであった。
マギアの名前を叫んだ次の瞬間、彼女の周囲から猛烈な勢いの風が巻き起こり、攻撃態勢に入っていたナイトホークをいとも容易く吹き飛ばす。
その風圧はジェレミーが扱う風属性マギアとは比べ物にならない、まるで嵐のような暴風と化していたのだ。
「ガ、ガアアッ!?(ぱ、パワーが違いすぎる!?)」
嵐のような暴風の前にはナイトホークの羽ばたきを以ってしても対抗できず、「タイフーン」に翻弄された黒鳥は泥沼へと為す術無く叩き付けられてしまう。
だが、これだけでは致命傷にはならないため、トドメは次の攻撃で刺す必要がある。
「よーし、あたいに任せておけ!」
当然、その役目を担うのはマリリンだ。
彼女は両手斧を構えながら大地を駆け、泥塗れでもがいているナイトホークとの間合いを一気に詰めていく。
地面は軟らかいが足を取られるほどではなかった。
「どりゃあッ!」
マリリンの掛け声と共に両手斧(普及品)の刃が光る。
「ア……ホーッ――!?(待て……話せば分かる! やめろぉ――!?)」
ナイトホークは今更になって情けなく命乞いをするが、彼の鳴き声は途中から壮絶な断末魔へと変わる。
なぜなら、やけに饒舌な口を煩わしく思ったマリリンが両手斧を突き立て、黒鳥の腹を文字通り真っ二つにしていたからであった。
マリリンが「タイフーン」で吹き飛ばされたナイトホークを追い掛けていた頃、僕は最後まで生き残っていた個体に対し狙いを定めていた。
「ウーン……(どーしたもんかなぁ、こりゃあ……素直に退散しちゃおうかなぁ)」
彼(?)は既に戦意を失っているのか、こちらには目も暮れず何処かへ飛び去ろうとしている。
そういう相手に対し矢を射るのはかなり気が引けるが……。
「ジェレミー君、やめましょう。あのナイトホークにもう戦う気力は残されていないわ」
その時、ショートボウを構えようとしていた僕の後ろにガートルードが近付き、こう諭しながら武器を下げるようジェスチャーで促した。
これ以上の戦いは願い下げだと思っていた僕は、彼女の指示へ素直に従いショートボウの矢を外す。
改めて周囲を見渡すと、たくさんいたはずのナイトホークが今は物言わぬ屍と化していた。
戦っている時は全く気が付かなかったが、黒鳥の死体からは鼻が曲がりそうなほどの腐敗臭が漂っている。
それに加えて雨・泥・血溜まりの3点セットが組み合わさっているのだから、この場の環境は控えめに言っても「クソ」そのものだ。
こんな所に長居したら病気になってもおかしくないため、僕たちは一旦営巣地の外へと退避するのだった。
強行突入前に荷物を置いた所まで戻り、最後の1人――マーセディズの帰還を待つ僕たち。
しかし、先ほど見かけた巨大な氷の剣……あれは一体何だったんだろうか?
「……お! みんな、騎士様のお帰りだぜ!」
そんなことを考えていると、見張り番を担当していたマリリンが笑顔で「騎士の帰還」を告げる。
それから更に数分後、トボトボと歩いていた銀色の騎士がついに僕たちの前へ姿を現す。
氷属性マギアを多用したのか、彼女の鎧には所々氷が付着していた。
「シャルル……!」
泥と氷で汚れた鎧を脱ぎ捨て、妹のところへと駆け寄るマーセディズ。
「姉さん!」
シャーロットがそれを拒む理由など無く、奇跡的な再会を果たした銀髪の姉妹は力強い抱擁で喜びを分かち合う。
「話したいことはたくさんあるが……今は治療と休養が最優先だな。さあ、こんな所はさっさとおさらばしよう」
抱擁を終えたマーセディズの言う通り、ここに居座る必要性は全く無い。
僕たちは荷物を全て纏め、今度は暗い森の外を目指すために歩き始めるのであった。
ガートルードの「スターシェル」を頼りに夜の森を進み続ける僕たち。
普通の炎は土砂降りの雨の中では簡単に消えてしまうため、魔力を消費しない松明は残念ながら使えないのだ。
「うぅ、脚が痛い……!」
「弱音を吐くな、ジェレミー。あっちのほうが苦しいに決まってるだろ」
パンパンに腫れ上がった太ももを摩りながら嘆く僕を窘めつつ、キヨマサは妹を背負いながら歩くマーセディズの方を指し示す。
確かに、2人分の体重を支えているマーセディズの両脚に対する負荷は容易に想像できるが、それは体力の限度を超えた行軍をしてきた僕やキヨマサも同じはずだ。
「そう簡単に脚がちぎれるほど、人間はやわじゃねえよ。だから……頑張って歩くんだ」
「それが君なりの激励かい? ったく、しょうがない――ん?」
そんな遣り取りをしながら森の中を歩き続けていた時、僕たちの進行方向に突如青い火の玉のようなものが現れる。
幽霊……?
まさか、疲れ過ぎて見えちゃいけないものが見えているのだろうか。
「げげっ、お化けとか勘弁してくれよ……」
「落ち着いて、あれはお化けじゃないわ」
例の火の玉を怖がるマリリンを冷静に諭し、何かの合図を送るガートルード。
彼女がコンタクトを取った次の瞬間、青い火の玉は足音を立てながらこちらへと近付いて来る。
幽霊かと思いきや、泥沼を踏みしめるような足音と共にやって来る青い火の玉。
真っ黒な外套に身を包み、足音以外の音を立てずに歩くその姿が恐怖感を醸し出していた。
「やっぱりお化けじゃねえか!」
「待て待て、私たちはまだ死んでないぞ」
マリリンからお化け扱いされたことに驚いたのか、青い火の玉の正体――「スターシェル」を使用していたマギア使いはポンチョのフードを脱ぎ、顔を見せることで「お化けではない」と証明するのだった。
【ポンチョ】
冒険者の間では一般的な雨具。
先住民族が纏っていた衣服が起源だと考えられている。




