【33】CHARGE ASSAULT -闇夜の大立ち回り-
急な岩場を何とか下り、僕たちは巣穴の近くに広がる低木へと身を潜める。
ここから先はいつ戦闘状態になってもおかしくないため、今まで以上に気を引き締めて行動していく。
「(キヨマサ、こっちに来い。マギアを掛けるぞ)」
キヨマサを小声で呼び寄せ、隠密マギア「ステルス」を2人分使用するマーセディズ。
「(はぁ……ガートルードさん、陽動役の指揮は任せる。ジェレミーのこと……頼みます)」
ただでさえ魔力消費が大きいのにそれを2人分掛けたためか、相当のタフネスを持つマーセディズが息切れを見せている。
果たして、この段階で体力を使ってしまって大丈夫なのだろうか。
「(分かったわ。私の防御マギアでジェレミー君とマリーさんを守ってみせる)」
ガートルードが力強く頷いたのを確認し、マーセディズは数羽のナイトホークが集まっている場所を指し示す。
「(可能ならあの連中の排除をお願いします。その間にボクたちが巣穴を調べ回るから)」
「(ええ、できる限りの時間稼ぎはするわ)」
マーセディズの合図と共に僕たちは行動を開始する。
彼女とキヨマサは低木を掻き分けながら巣穴の近くへ。
そして、僕とガートルードとマリリンは最も危険な敵陣中央へと向かうのだった。
僕たちは低木の中を慎重に進み、湧き水を飲んでいるナイトホークたちがハッキリと見えるほどの近距離まで近付く。
「(どうする? これ以上進んだら確実にバレるぜ?)」
取り回しに優れるトマホークへと持ち替え、ガートルードに対しそう耳打ちするマリリン。
「(私に良い考えがあります。ジェレミー君、彼らに対して矢を射ってもらえるかしら?)」
「(え、ええ……分かりました)」
ガートルードの指示を受けた僕はショートボウに矢をセットし、水を啜っている黒鳥の後頭部へ狙いを定める。
雨が降る前兆なのか少し風が吹いてきたが、横風ではないので矢の軌道が極端に逸れる可能性は低いはずだ。
敵はまだこちらに気付いていない。
「(すぅ……ふぅ……!)」
深呼吸で気持ちを整え、僕は弦を押さえる右手を放す。
バシュッという快音と共に放たれた矢は、まるで吸い込まれるかのようにナイトホークの後頭部へ突き刺さっていた。
「!? バ、バーカッ!」
頭に矢が刺さったナイトホークはすぐに鳴き声を上げ、仲間たちと共に周囲をキョロキョロと見回す。
やはり、僕たちが目と鼻の先に潜んでいるとは思っていないようだ。
とはいえ、このまま隠れていても見つかるのは時間の問題である。
逃げも隠れもできない状況を選んだ以上、こちらから打って出るしかないだろう。
「(2人とも、真っ向から突っ込むわよ! 私が後方から援護してあげる!)」
「(分かりました!)」
「(頼むぞ、マギア使い様! 火力も防御もあんたが頼りだ!)」
もうコソコソと動く必要は無い。
僕とマリリンは力強く大地を蹴り、ナイトホークたちの前へとその身を晒す。
彼らは突然の敵襲に鳩が豆鉄砲を食ったような表情をしていたが、僕の姿を確認した途端鬼の形相へと変貌する。
「お前、どんだけ恨まれてんだよ? ありゃ復讐鬼そのものだぜ」
「土下座しても許される雰囲気じゃなさそうですね」
そんな遣り取りを交わしていたその時、僕たちの頭上を蒼い光の球が通り過ぎ、真っ暗闇に包まれた営巣地を昼間のように明るく照らす。
突然の閃光に僕とマリリンは眩惑されそうになるが、夜行性のナイトホークたちはそれ以上に苦しそうであった。
夜空に輝く人工太陽――その正体とは……。
一方その頃、隠密行動を貫くマーセディズとキヨマサは最初の巣穴を調べることに成功していた。
「あいつら……! いくらなんでも目立ち過ぎだ!」
魔力を最大限に注入した「スターシェル」の蒼く眩い光を見たキヨマサは顔をしかめるが、点滅パターンの変化を確認したことで使用者――ガートルードの意図を察する。
「どうした、キヨマサ? 何かあったのか?」
巣穴の奥に入り込んでいるマーセディズは外部の様子が分からないため、見張り役のキヨマサに状況報告を求めた。
「ガートルードさんが大規模な『スターシェル』を唱えたようだ。戦場を照らすついでに他の捜索隊を呼び寄せるつもりらしい」
「本当か? ガートルードさんもなかなかやるな」
一通り調べ終わったのか、感心したように呟きながら巣穴から這い出てくるマーセディズ。
彼女はマギア研究所のマークが描かれた布切れと研究所指定のブーツを両手に持っていた。
布切れには赤黒い染みが付着し、ブーツはボロボロに荒らされた跡が残っている。
その惨状とマーセディズの暗い表情を見たキヨマサは全てを察するのだった。
「マーセディズさん……それの持ち主は……」
「何も言うな……! おそらく……ナイトホークの胃袋の中だろう……クソッ!」
布切れとブーツを力強く握り締め、マーセディズは悔しさを爆発させる。
まるで、自分たちの到着が遅すぎたことを呪うかのように……。
「シャルル……!」
そういえば、行方不明になった遠征隊にはマーセディズの妹であるシャーロットが参加していたらしい。
それを思い出したキヨマサは銀色の騎士へそっと歩み寄り、怒りと悲しみに沈む彼女の背中に優しく触れる。
「諦めるにはまだ早いぜ、マーセディズさん。それがあなたの妹さんの遺品だと決まったわけじゃない。もしかしたら、この営巣地のどこかで助けを待ってるかもしれないんだ」
もちろん、これはキヨマサの希望的観測である。
現実は悲惨で残酷で、最悪の結末を迎えているのかもしれない。
だが……彼もマーセディズも、可能性に縋り付かなければ絶望へ押し潰されそうだったのだ。
「でやぁぁぁッ!」
力強い叫び声と共にトマホークを振りかざし、黒鳥を次々と打ち倒していくマリリン。
その奮闘に負けじと僕も矢を放ち、至近距離の相手にはダガーでトドメを刺す。
「ジェレミー君、後ろ! 気を付けてッ!」
ガートルードの悲鳴に反応して振り返った時、僕の目と鼻の先には嘴を大きく開いたナイトホークの姿があった。
「くッ……!」
少し前までの僕だったら恐怖で足が竦み、適切な対応を取れなかったかもしれない。
だが、今の僕は違う。
冷静且つ迅速に魔力を高め、ガートルードに教えてもらったばかりの防御マギアの詠唱を試みる。
「いけッ、『デモンズロー』!」
次の瞬間、僕の正面へ立ちはだかるように暴風の壁が形成され、啄もうとしてきたナイトホークを圧倒的風圧で吹き飛ばすのだった。
吹き飛ばされた勢いで地面に叩き付けられたナイトホークは何とか立ち上がろうとするが、そこへ飛んできた風の矢に身体を貫かれてしまう。
「バーッカァァァァ……!」
瀕死状態の黒鳥は未練がましく鳴き声を上げた末、その場に崩れ落ちて力尽きる。
彼(?)にトドメを刺した風の矢――風属性マギア「ゲイル」を放ったのはおそらくガートルードだろう。
見かけによらずあの人もなかなか攻撃的だ。
「凄いな今の防御マギア! お前、あんなのも扱えたのか?」
デモンズローの防御力を見たマリリンは驚いたような表情で僕にこう尋ねる。
「まあ……最近覚えたばかりのマギアです」
別に隠す必要も無いのでここは正直に答えておく。
それに、嘘をついたところでマリリンの洞察力の前には見破られるのがオチだ。
「なるほど……それならあたいが壁になるまでも無い。自分の身は自分で守れそうだな」
「ええ、降り掛かる火の粉は自分で払え――ですね」
そうしている間にも新たなナイトホークが現れ、僕たちの前に立ちはだかる。
僕とマリリンは武器を構え直し、ガートルードによる援護攻撃を合図に包囲網の切り崩しを図るのであった。




